セディマンの戦い

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お待たせしました。ラップ登場です

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 タムタムと、奇妙な太鼓の音が聞こえる。赤や金、色鮮やかな異国の衣装に身を包んだ兵士らが、馬に跨り、こちらの様子を窺っている。丘の上は、さながら、豪華な絨毯を敷き詰めたように見えた。

 敵の数は、少なく見積もって、我々の6倍はあった。


 すぐに、我々は、二つの方陣を組んだ。

 方陣の有効性は、ピラミッドの戦いで、実証済みだ。

 ぎりぎりまで敵を近づいておいて、撃つ。

 これが、方陣のやり方だ。


 言うまでもなく、火薬や銃弾は欠乏し、そして、エジプトでも、補給は滞っている。俺たちの前の赴任地、ライン河方面と同じように。政府もボナパルト将軍も、そこだけは同じだ。

 一発でも、無駄にはできない。銃撃は、敵が至近距離に近づくまで待たねばならない。


 ピラミッドの戦いでは、砲撃が始まると、騎兵が出動して、敵に切りつけた。だが、ここでは、騎兵の数は限られている。というより、馬の数が。

 なにもかも、不足していた。

 余りあるのは、兵士の勇気だけだ。




 奇妙な調べの、太鼓の音が止んだ。

 乾いた空気を揺るがせて、雄叫びが上がる。

 華やかな衣装を翻し、丘の上から、敵の騎兵軍が駆け下りてきた。


 「馬鹿者! さっさと撃たんか!」

叫んだのは、師団長のドゼだった。

「ヴァレット! なぜ発砲命令を出さない!」

 彼は、左の方陣の司令官、ヴァレット大尉を叱りつけた。


 敵の先頭は、すでに目と鼻の先まで迫っている。若いマムルークが、浅黒い肌に白い歯を剥き出して、にやりと笑った。馬の吐く息が届きそうな距離だ。


「もう少し。もう少し待つんです、将軍! 」

 応えたのは、方陣の外側で身を屈めていた歩兵だった。彼は、後列の猟兵が構える銃を、その肩に担っている。安定して、照準を定め、狙撃できるように。

「一発だって、無駄にはできねえ。敵が、20歩の距離に近づくまで、待たにゃ!」


「感心できんぞ。全く、感心できん!」


 ドゼは、戦場で、麾下の兵を死なせないことで有名だった。彼の指揮下で出撃する兵士は、仲間に、「またなオルヴォワール」と言える。「さようならアデュー」ではなく。


 そんな風に、言われていた。



 蛮族の切り込みは大変なスピードと迫力だった。大きな半月刀が、強い日の光を受けて、ぎらりと輝く。馬に乗った敵が、襲い掛かってきた。

 右の方陣で、一斉に射撃が始まった。


 マムルークは、砂塵を上げて、左右両方の方陣の間に突進してきた。

 

「撃て!」

 ドゼに叱責された故か。ヴァレット大尉の命令は、いささか、元気がなかった。

 激しい銃撃が始まった。


 先頭を走っていたマムルーク兵が、理解できない、という顔をした。一瞬の後、彼は落馬した。至近距離から発射された銃弾が命中したのだ。


 続く騎兵が、剣を振り上げ、方陣の人垣目掛けて振り下ろした。乾いた空気に、ぱっと血しぶきが上がる。


 方陣は、崩れなかった。前列の兵士がやられると、すぐに、陣の中央に引きずり込まれる。代わって、後列の兵士が前へ出て、隣の戦友と肩を組む。

 大勢の怪我人を出しつつ、左右両方の方陣は、なんとかもちこたえた。




 だが敵は、欧米から学んでいた。1時間ほどの戦闘の後、突然、それは現れた。丘の上に、それまで隠されていた大砲が、姿を現したのだ。

 恐らく、いや、間違いなく、イギリス軍から供された大砲だ。


 同時に、右の小さな方陣が、崩れそうになった。


 敵の大砲が火を噴いたら、大変なことになる。

 左の大きな方陣も、いつまで保つかわからない。丘の上からの砲撃に晒されたら、ひとたまりもなかろう。

 敵の大砲目掛けて突撃し、発射する前にこれを抑えなければならない。


「しかし、負傷者がいる」

ドゥゼ将軍がためらっている。


フランス軍は、今までさんざん、マムルーク兵らの残虐な行為を見てきた。

今、動けない負傷兵らを残して軍が移動したら、敵は彼らに襲い掛かり、残虐に切り刻むことは目に見えている。



「なによりも軍の救済を考えるべきです!」

フリアン将軍が叫んだ。エジプトへ来て初めて、ドゥゼ将軍の下に入った将軍だ。


 倒れていた負傷兵の一人が、ハンカチで自分の顔を覆い、うつ伏せになった。死を覚悟したのだ。

 大砲の筒が、ゆっくりと、こちらに向けられる。



「敵に砲撃させてはならない。来い、ラップ!」


 何かを吹っ切るような上官の声。


 ドゥゼ将軍が呼んでいる。

 俺の出番だ。

 武者震いを感じた。



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