第10話 猪突豨勇


【さて、アンタ達の頭の中にあの人間が通う学校を刷り込んでやる。歩いて四半刻もすれば着くだろう】

「ばばの割にはやけに親切じゃない。こういう時は裏があるんだろうね。咲耶、話半分に聞いておきな」

【テメェ……祟り殺すぞ】

「はいはい。崇めてますよ、アーメン。じゃあ咲耶、行こっか」

「……りり!」


 咲耶は何かを思い出したかのように目を見開き、拝殿へと向かった。桜木から貰った百円玉を二枚財布から取り出し、賽銭箱へと投げる。

 鴉時代によく見た景色。神が住まう場所で人間が行う行為。即ち、神への祈りであると考え、手を合わせ頭を下げた。二枚の硬貨は、己と山イタチの分。

 想いに言葉は不要である。桜木の真似をし、ピースサインを作り姫神へと見せると、咲耶は社を後にした。


【馬鹿な動物達は嫌いだが……まぁ、今までの奴等とは毛色が違うようだな】 


 久方ぶりに崇拝されたことによりソワソワとする姫神。振り向きながらその始終を見ていた北叟笑む山イタチと目が合い、憤怒した。


 ◇  ◇  ◇  ◇ 


「やけに人間たちの視線が多いね……人間は人間に無関心な筈じゃなかったのかい……?」

「りりり……」


 往来する人間から降り注ぐ視線にたじろぐ咲耶と山イタチ。自然界ならば身を隠し息を潜めなければならないが、ここは人間界。頼りになる桜木という存在が居なければ、己の力で進むしか無い。


「それにしても嫌な感じ……咲耶、走っていこうか」

「り!」


 その視線の原因は咲耶の容姿である。

 美しいと言われる人間たちの容姿を掛け合わせて山の神が創り出したそれは、人であれば二度見せずにはいられない。

 体験したことのない歪んだ視線に嫌気が差し、足早に目的地へ一人と一匹は向かった。


 ◇  ◇  ◇  ◇


「この辺りじゃないかね……あっ?! この模様、咲耶の服に画かれたものと一緒じゃない?」


 道路標識の看板と共に空高く設置された『葦原高等学校』の文字。

 平仮名はそれなりに理解出来る山イタチだが、漢字や英語になると複雑な模様に見えてしまう。

 咲耶の制服の内側に書かれた文字と照らし合わせ、半開きになった鉄の門を通り抜けた。


 咲耶達を出迎える桜吹雪。

 大切な人を想い、スマホを握りしめた咲耶。


「おーい、こっちこっち」 


 低く野太い声で叫ぶ人間が手招きしながら咲耶の下へ向かってきた。


「呼んでおいて近付いてくるなんて可笑しな人間だね。咲耶、注意深く行くんだよ」

「りっ!」


「御子神咲耶さんだね? いやぁ、遅いから心配したよ。海外から来るのに迷ったのかとね──」


 熊のような体系をした無精髭の大男が鼻息を荒くして咲耶を出迎えた。

 人間、特に雄特有の視線に警戒する咲耶達。


「授業中だからその間校舎の案内を──」


「悪意は無いみたいだけど……なんだろうね、雄猪の発情臭みたいな感じ」

「りっ……」


 鼻を押さえながら距離をとる咲耶達。

 猪太郎と名付け警戒しながら校内を散策する(雄は太郎、雌は花子が人の世の常だと山の狸が言っていた為)。

 中庭を案内されている途中、咲耶は周囲を見回し始めた。猪太郎は鼻息荒く建学の講釈を垂らしながら大分先へと進んでいる。


「咲耶、どうしたんだい?」

「りり!!!」

 

 靴を履いたまま、校舎内へ入り階段を駆け上がる咲耶。その突発的な動きに振り落とされないようしがみつく山イタチ。


「咲耶、落ち着いて!」

「りり! りり!! りりっ!!!」

「アンタまで猪になってどうすんのさ!!? 一回止まって──」


 ◇  ◇  ◇  ◇


「──つまり、この時起こした行動は猪突猛進ではなく、猪突豨勇であると「りりっ!!!!」

   

 三年一組、現代文の授業中。特別進学クラスと書かれた教室へと雪崩込む一人と一匹に、ある者は驚きある者は戸惑い……ある者は、その名を呼ばれ胸を高鳴らせた。

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唖の鴉 @pu8

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