第9話 知己朋友
呪いの種類は数あれど、最も人間界に蔓延る呪いとは“言葉”である。
大なり小なり、思いが込められている言葉は一つ一つが呪いとなる。その効果の程も……大なり、小なり──
「ねぇ糞神、この前呪いが二つあるって言ってたけど、あの桜木って人間も何か呪いが掛かってるってことでしょ?」
【あぁ゙? テメェ……誰が糞だって?】
「見たところ普通な感じだけど……いったい何の呪いなの?」
【糞鼠が……まぁいい、一つ教えてやる。あの人間、距離感がおかしいんじゃないか?】
糞神こと姫神にそう言われ考える山イタチ。
そもそも他の動物と人間では尺度が違う。人間同士の距離感など分かる筈もないが、山イタチが見てきた人間たちは皆、桜木と同じ様に見えていた。
「人間ってあんな感じじゃないの?」
【余程の阿婆擦れでもなければ……出会って二、三日の相手に抱擁や接吻なんてしない。鴉を受け入れている領域があの人間の中に入り過ぎている】
「ふーん? で、何の呪いなの?」
【馬鹿め。一つしか教えないと言っただろう】
煽り散らして情報を聞き出そうと考えた山イタチだったが、直感が働き口を閉じた。
それ以上踏み込むと危険だと本能で理解する。前述の距離感や領域も似たようなことなのだろうかと考えながら、桜木を見つめる山イタチ。
当の桜木は、境内の草毟りに汗を流している。
「だいぶ綺麗になった…………ヤバっ、今何時?!」
「りり?」
スマホに表示される時間を確認した桜木は、慌てて立ち上がった。手を洗い咲耶の頭をぽんぽんと叩くと、一度強く抱きしめ早口で咲耶へと喋りだした。
「私学校に行かなくちゃいけないの。そろそろ授業日数がヤバいから……これ鍵ね。私の家分かるよね? 気を付けて戻るんだよ? それからお腹が空いたら冷蔵庫……あの冷たい箱の中に何か入ってるから食べてね? それからえっと……ごめん、行ってくるね! いい子にしてるんだよ──」
訳が分からない咲耶だが、“行ってくる”という言葉に反応し、人間らしく手を振った。桜木に触れられた頭を同じように自身で優しく叩いてみるが、先程のような安心感が訪れず首を傾げている。
「……あっ! あの人間、機械を水場に置きっぱなしだよ!? どの人間もこれを四六時中眺めてるから余程大切な物なんだろう? どうしよう……」
山イタチが腕を組み悩んでいると、薄気味悪い声で笑う姫神。嫌な予感もしたがそれ以上に気味悪いのでドン引きしている山イタチ。
「キモっ……」
【おい鴉! そいつをあの人間のいる場所まで届けてきな】
その言葉に嬉しそうに反応し頷く咲耶。
姫神は続けた。
【ヤマガミの仕業だろうが、その御子神咲耶はあの人間と同じ学校に通っていることになってる筈だ。ちょうどいいからあの人間の側で──】
「な、何言ってんのさ!? 学校ってのは高度なことを学ぶ場所なんだろう?! 人間になったばかりで喋れない咲耶がそんな場所に行ったって……」
【知ったことではない。鴉、アンタは契約上私に逆らえない。これも社の為だ、行ってこい】
相変わらず薄気味悪く笑う姫神。
静止しようとした山イタチに、微笑みながら手を差し出した咲耶。その瞳から、山イタチも彼女の心の声が聞こえた気がした。
「わ、私が一緒にいれば大丈夫……なの?」
「りっ!」
何かで満たされる感覚に山イタチは高揚していた。それがなんと呼ぶのかは分からなかったが……今はただ、彼女の為に尽力したかった。
人間の恐さを理解しているからこそ……恐怖を勇気に変えて、山イタチは咲耶の胸ポケットへ潜り込んだ。
「しょうがないね、行ってやろうじゃないの」
「りっ♪」
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