第6話 一陽来復
朝目が覚めると感じる温もりと幸せ。
桜木の一日は、恍惚の表情で始まった。
昨日作ったカレーに手を加えカレーうどんを作ると、その匂いにつられ一人と一匹が目を覚ます。
「おはよ咲耶。ご飯準備出来たから顔を── 」
途中まで言いかけて、桜木は咲耶の手を引っ張った。
言葉と共に、行動で教える。
昨日学んだことだ。
「いい? この青いのが冷たい水ね。赤いほうが温かい。こうして回して……こうやって顔を洗うんだよ」
手取り足取り、丁寧に教える。
その一つ一つが嬉しいのか、咲耶は微笑みながら頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇
机の上に並ぶ二つの皿。
桜木家では長らく見なかった光景。
ぼんやりとする桜木を、咲耶は不思議気な顔で見つめていた。
「ごめんね、なんだか嬉しくて。ご飯食べよっか」
正座をして手を合わせる桜木。
見様見真似で咲耶も続くが、自分の鳴った腹の音に目を丸くさせている。
満たされる何かを感じながら、桜木は優しく微笑んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
「さて、今日なんだけど……どこ行きたい?」
行きたいところは山ほどある咲耶だが、自分の気持ちをどう伝えたらいいのだろうか。
長らく出てこなかった感情。
口がきけたのらば、どれ程楽しいことか……
しかし、咲耶には一つ疑問に思うことがあった。
もしかしたら、桜木には自分の心が通じるのでは?
目で語る、いつものスタイル。
生まれてはじめてこの声を聞いてくれたのは、目の前の彼女だった。
そんな咲耶の瞳をじっと見つめる桜木。
嬉しそうに微笑んで、口を開く。
「ふふっ、いいね。海行こっか」
◇ ◇ ◇ ◇
それは、初めて尽くしの移動劇だった。
電車の速度、駅の人混み。
バスの降車ボタン、なんでも売っているコンビニ。
どれもこれも、目を輝かせてキョロキョロと見回す。こんなにも楽しいのだから、部屋で寛いでいる山イタチも連れてくれば良かったと思う咲耶だった。
そんな興奮気味の咲耶を宥めるように、優しく手を繋ぐ桜木。
広大な海を目の前にアイスクリームを食べていると、そんな海の先を見つめて桜木は呟いた。
「……私ね、あの部屋に一人で住んで三年位経つんだ。父親は誰か分かんないくらい候補がいて、母親は新しく出来た恋人について行ったの。そんな人達の子供だからさ、そんな目で見られてて……おまけにこんな髪の毛しょ? ホント…………生き辛いよね」
他の人間とは違う金色の髪の毛を触り、自傷気味に笑う桜木。
その声色は、悲しみと……寂しさを感じる冷たい色だった。
そんな桜木を見つめ、咲耶は徐ろに指で肩付近を撫で始めた。
それは、カラスが番同士で行う羽づくろい。
その行為の最中は、どのカラスも幸せな色をしていた。
しかし、桜木は不思議そうな顔で見つめるだけで、幸せな色が出てこない。
なにかが間違っているのだろうか……
ふと辺りを見回すと、人間の番同士は唇をつけあって幸せな色を出していた。
人間には人間のやり方がある。それを理解した咲耶は、真似するように優しく唇同士をつけた。
それは昨日した口付けとは違う、人間らしい行為。
波の音、人間たちのざわめき声。桜木から感じられる、幸せな色。
「……ふふっ。ホント、優しい子だね」
その声色と微笑みに、得体の知れない感情が湧き出てくる。
これは一体人間のなんという感情なのか……
「ねぇ、私からもしていい?」
同じように優しく微笑む咲耶。
唇が触れ合うと、より一層溢れてくる。
ただ……その感情は、何よりも心地が良かった。
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