第5話 察言観色


 カラスとは非常に綺麗好きな鳥である。

 毎日水で体を洗い、嘴は汚れると擦りつけて磨く。


「全部脱ぐんだよ。これは……こうやって外すの、分かる?」


 服の脱ぎ方、下着の外し方を教わる咲耶。

 人間はカラスと違い汗をかき、さらには服の厚さや量で体温を調整する。

 とりわけ下着の必用性を考える咲耶。

 こんなに薄くて意味はあるのだろうか?


「初めに髪と体を洗って、それからこっちの湯船に入る。今日は私がやってあげるから」


 なすがまま、されるがままに髪や身体を洗われる咲耶。

 それが心地よく、胸の奥まで温かい。

 体験したことのない温水、手の温もり。


 何故桜木がここまでしてくれるのかは分からない。

 しかしそんな難しい事は考えず、只々この時間を胸に刻む。


 狭い浴槽、後ろから桜木が抱きつく形で入浴。

 口を開いた桜木の声に、咲耶は違和感を感じる。


「私、もう三年はこの部屋に一人で住んでるの。だから何って話なんだけどさ…………うん、なんでもないや」


 その声色が、咲耶には見えた。

 誰よりも声に憧れていたからこそ見える、別次元の景色。


 淡く切ないその色は、助けを求める色。


 だから咲耶は顔を近づける。

 それは人間がする最高位の……挨拶?

 カラス時代に見たその行為をする人間達は、幸せな声色を出していた。

 

 両者の口と口が触れ合う。

 咲耶は見てきた人間の真似をするように目を瞑り、桜木は大きな瞳がより大きく見えるほど見開いている。


 どれほどの時間が経っただろうか。

 水滴の垂れる音がすると、桜木はゆっくりと口を離し大きく一息ついた。


「い、意味分かってんの……?」


 言葉の意味は理解できたが、意図が理解出来ないので首を横に振る咲耶。

 大きなため息を吐く桜木。


「…………それ、私以外にしないこと。分かった?」


 声色が、艶やかに色付き始める。


 小さく頷きもう一度しようとした所、笑いながら桜木に止められた。


 ◇  ◇  ◇  ◇


 鴉から人間へ。

 咲耶にとって刺戟的な一日が、間もなく終わる。

 小さなベッド、二人密着しながら眠りにつく。

 身も心も疲れ果てた咲耶は、早々に寝息を立てている。


「……目が覚めても、ここにいてよ。もしこれが夢なら……もう少しだけ見させて欲しいな……」


 消えてしまいそうなほど、小さな声で呟く桜木。

 静かに咲耶を抱きしめて、桜木も眠りについた。



 

【オイオイ、こんな所にいやがったか】




 夜夜中、突然の気配にヤマイタチは体勢を整える。

 何処からともなく、それは目の前に現れた。

 

「この気配……神様……?」


 しかし見慣れた山の神とは真逆、関わってはいけないモノだと即座に判断したヤマイタチ。

 咲耶を叩くがびくともしない。


【これは随分な呪いが二つだなぁ。片方はまだ新しいか……】


「……ア、アンタなんなのさ!!? も、もしかしてアンタがヒメガミ……?」


 山の神が言い残した台詞。


 “ヒメガミに宜しく”


 しかし、こんな禍々しいヤツをどう宜しくと言うのだろうか?

 神にはニ種類いる。

 命有る者の正なる心から生まれる神と、負の心から生まれる神。

 目の前のこれは、圧倒的後者。


【おい小さいの、コイツを連れていきたいがその人間と深い所で繋がって引き離せない。明るくなったらワタシの所へ連れてこい。場所は気配を辿れ。じゃあな】


 そう言い残し、ヒメガミは消えた。

 どうやら面倒な事に巻き込まれた様だが……

 こういう時どうしたらいいのかを、ヤマイタチは知っていた。


「……無視しよ」


 見て見ぬ振りをする。

 人間界で生きていくには、人間のようになればいい。


 専用の寝床を用意してもらったヤマイタチは欠伸を一つして、眠りについた。


 ◇  ◇ 翌日の夕方 ◇  ◇


【来ねぇなぁ……普通来るよなぁ……】

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