第2話 桜花爛漫


「ちょっと……この人間、信用出来るの?」


 動物たちは警戒心が強い。

 それは、生きていく上で当たり前の心得。

 勿論、唖の鴉も例外ではない。


 しかし……目を輝かせ嬉しそうに人間に付いて行く唖の鴉を見て、ヤマイタチはそっと、胸ポケットに潜り込んだ。


 ヤマイタチも孤独であったが故に、唖の鴉の温もりが心地よかった。


 とある路地裏で、人間は立ち止まった。

 周囲を見渡し、何かを探している。


「今日もいないか……ま、きっと元気にやってるよね」


 少し落胆しながら空を見上げる人間。

 それを真似する唖の鴉。

 ふと、腹が鳴る。


「そっか、アンタ腹減ってたんだっけ。はい、どうぞ」


 握るという動作に馴れていない唖の鴉は、渡されたフランスパンを落としてしまった。

 その光景を見た人間は一瞬驚いた顔をしたが、パンを拾うと優しく微笑み、小さく千切って唖の鴉へ渡した。


「アンタ、名前は?」


 当然喋る事が出来ない唖の鴉。

 沈黙が続いた後、人間は違う問をした。


「言葉は分かる?」


 その問いに、唖の鴉は首を縦に振る。

 胸ポケットの隙間からコッソリと見ていたヤマイタチは驚いた。


 首を振ると言う事は、人間の言葉を理解しているという事だ。

 長らく人間社会に溶け込んでいたヤマイタチは、簡単な言葉ならば理解していた。

 それは唖の鴉も同じ事だったのだろう。


 自分を唖の鴉と共に行動させているのには、神の特別な意向があるのでは?

 そう思いながら、ヤマイタチは唖の鴉を注視した。


 さて、その神がいる山ではと言うと……


「見て、空気清浄機落ちてたよ」

「これってアレじゃね? プラズマなクラスターが出るヤツ」

「すげぇ、プラズマなクラスター出てるよ」

「さぁ!! プラズマなクラスターがここで── 」

「神様も見てみなよ」


【電源入ってませんからっッッ!!!】


 ◇  ◇  ◇  ◇


 などと騒いでいる山奥とは正反対に、街の路地裏では森閑と時が流れている。


 唖の鴉、人間として初めての食事。

 千切られたフランスパンを一齧りすると、カラスであった時とは比べ物にならない程の感覚が、唖の鴉を襲った。

 食感、香り、味わい……

 得も言えぬその感覚に、思わず頬が緩む。


「……私の名前、 “桜木璃々さくらぎりり” って言うの。その制服、ウチの学校のだよね? 転校生が一週間経っても来ないって騒いでたけど……もしかして、アンタその転校生?」


 端々でしか理解できぬその言葉に、唖の鴉は首を傾げた。

 彼女の名前、学校、その程度の情報しか入ってこなかったが……それで十分だった。


 桜木璃々、桜木璃々──


 唖の鴉は、何度も何度も心の中で繰り返した。

 

「…………ねぇ、アンタ自分の家分かる?」


 その問いに、首を横に振る唖の鴉。

 それを見た桜木は、幼子を扱うかのように優しく手を握り、「おいで」という一言をかけその場を後にした。

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