一緒に行くの?
今の人生でも、前の人生と同じで次の年に弟アンドリューが生まれた。
前の人生と違ったのはその次の年にも弟、カイルが生まれた。私は3歳でふたりの弟持ちとなった。
今の人生は前の人生とは少し違うし、巻き戻ったのではなく似ている違う世界なのかと思ってしまう。
母は年子の弟の世話でバタバタしている。侍女や乳母はいるが、それでも忙しいのだろう。私は家庭教師を招いての勉強が始まった。次期侯爵夫人になるための勉強らしいが、前の人生で一度やっているので簡単にできてしまい、周りから天才3歳児と呼ばれている。
ジークハルト様は8歳になった。相変わらず毎日、剣の稽古の帰りに私のご機嫌伺いに我が家にやってくる。今日もそろそろ来る頃だ。
「ジークハルト様、いらっしゃいませ」
家令のアルバートの声が聞こえる。
「失礼いたします。お嬢様、ジークハルト様がお見えになりました」
アルバートが部屋まで私を呼びにきたので、『はい』と返事をして侍女のリンダと一緒に客間に向かう。
リンダはアルバートの娘で私が生まれた時から私についてくれている。私にとっては優しいお姉さんみたいな感じだ。
「ジークハルト様は本当にお嬢様がお好きなんですね。情熱的なプロポーズの場にいた事は他の使用人達にいつも自慢してるんですよ」
リンダはいつもうれしそうにそれを言う。何度聞いたことか。情熱的というか重さ炸裂だっただけだと思うけど。
リンダはまだまだ喋り続ける。
「本当はヴァンヒューレット次期侯爵様とお呼びしないといけないのに、私達にもお名前で呼ぶことを許して下さるなんて、心も広いし、お嬢様素敵な方を捕まえましたね」
捕まえた訳ではないし、心が広いって言われても前の人生で私は殺されてる。今の人生でもどちらかといえば狭量だと思うけど、私はまだおしゃべりがたどたどしいので、とりあえず微笑んでおいた。
客間に到着すると、ジークハルト様はお茶を飲みながら私を待っていた。
黒い髪と黒い瞳。8歳にしては背が高く、手足が長い。アゼリアおば様は、普段はほとんど笑うこともなく、ほとんど喋らず、妹達とは全く遊ばないと言っていたけど、私と一緒の時はよく笑うし、よく喋る。そしてよく触るし、よくキスをする。別人みたいらしい。
「おまたせいたしました。じーくさまごきげんよう」
私はカーテシーをしながら拙い挨拶をした。
「レティ、上手に挨拶ができるようになったね。今日も可愛いよ。愛してる」
ジークハルト様に今日も誉め殺しにされる。
ソファの隣に座ると、いつものように膝の上に乗せられ、お菓子を食べさせられる。時間が巻き戻った0歳の頃からこんな感じなので、そんなもんかなと思う自分が怖い。
「じーくさま、ひとりですわれます」
言ってみたところでダメだろうが今日も言ってみる。
「だめだよ。落ちたら大変だ」
ジークハルト様はそう言って私をぎゅっと抱きしめる。落ちるわけないが、もうこの人に何を言っても無駄だろう。
私は遠い目をしながら口に持ってこられたお菓子をぱくっと食べた。
「レティ、今年の夏は一緒にうちの領地に行くことになったよ。さっきリチャードおじ様にお願いして、承諾してもらったんだ」
ジークハルト様は私に微笑んだ。ヴァンヒューレット侯爵家の領地に行くの? 私が? 何で?
前の人生では領地になんか行ったことない。夏はいつも我が家の領地に家族で行っていたはず。今年は私は自分ちの領地じゃなく、ヴァンヒューレット家の領地に行くの?
私が首を傾げていると、ジークハルト様は私の頭をぽんぽんと撫でた。
「今まで夏は1ヶ月も離れ離れだったから淋しかったんだ。今年からはレティと一緒に行きたいと父にお願いしたら、リチャードおじ様に話してくれてね。さっき決まったんだ。今年からは夏は1ヶ月ずっと一緒だよ」
はぁ〜。ジーク様と1ヶ月も一緒にいるの?
私はこっそりため息をつく。今年からって何? 毎年ってことですか?
「かぞくでいくのに、わたくしがいっしょでもよろしいのですか?」
拙い言葉で聞いてみる。
「何言ってるの? レティは僕の婚約者だよ。家族じゃないか」
家族と言われても困るわ。
「かとりーぬさまや、さんどらさま、あーさーさまはわたくしがいっしょでもおいやじゃありませんか」
まだジークハルト様の妹さん弟さん達にお会いしたことはない。兄に溺愛されてる子供なんて目障りじゃないだろうか? いじめられたら嫌だな。
前の人生では、数える程しかお会いしたことはないし、ゆっくり話をしたこともない。不安だ。
私の不安がわかったのか、ジークハルト様はまた私をぎゅっと抱きしめる。
「あいつらのことなんか何も気にしなくていいよ。僕はレティだけ側にいてくれればいいから」
それがダメなんじゃない。再び気づかれないように私は小さなため息をついた。
なんとかヴァンヒューレット家の領地に行くのを回避できないかと思ったが3歳児には頑張る術は泣くしかなかったなかった。
泣いてみたものの誰も行くのが嫌だと泣いているとは思ってくれなかったようだ。
夏の日の朝、私は迎えにきたジークハルト様にヴァンヒューレット侯爵家の紋章のついた馬車に乗せられたのだった。
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