第6話 おばあちゃんが笑顔でいられるように

「おばあちゃんの家に行く時のドレス姿と、セーラー服だと印象違うよね、やっぱり」


 先手を取って、自分から言っておいた。


 「首は、出して大丈夫なのかい?」


 首、忘れていた!


 セーラー服で、こんなに首を露出させてたら、喉仏が丸見えだった!

 学ランの方が目立たなかったけど、それはどう考えてもおかしい。


「薫の学校では、首元を隠すのを禁止されていて」


 慌てて、母は自分の首に巻いていたシルクのストールを俺の首元に覆うようにしたが、今さら後の祭りだ。

 いくら、意識が戻ったばかりの祖母でも、通用しないレベルだろう。


「多栄子、もういいよ」


 祖母が母の行動を戒めるように言った。


「えっ」


 母は祖母に言われて青ざめた。


「とっくに気付いていたよ。薫ちゃんは、男の子って」


 恐れていた言葉が祖母の口から出ていたが、それは、決して攻めるような口調では無かった。


「お母さん......」


「おばあちゃん、ごめんなさい!」


 こうなったら、さっさと素直に謝るに限る。


「いいんだよ。こっちこそ、済まなかったね。私が男嫌いなばかりに、薫ちゃんにはずっと辛い目に合わせて、本当に悪かった」


「ううん、おばあちゃんの為なら、全然辛く無かったよ」


 いつもの俺は言葉遣いも乱暴だし、行いの良い類の人間では無いが、女装して、祖母の前に出ると、もう無意識のうちに、品行方正で気遣いの出来る人間に早変わりしている。

 祖母に言われるまでもなく、我ながら、本当によく頑張っていると思う。


「嬉しい事を言うね、薫ちゃんは。多栄子の育て方が良かったんだね、おばあちゃんは、嬉しいよ」


「今まで、薫に女の子のふりをさせて、お母さんを騙していて、ごめんなさい」


 母が心苦しそうに言った。


「いいんだよ。そのおかげで、毎週、可愛い孫に会わせてもらえていたんだから。そうじゃなかったら、私の頑固な男嫌いのせいで、薫ちゃんとは対面する事も叶わなかっただろうね。多栄子の心配りも有り難く思っているよ」


 長年騙して来たというのに、祖母は決して俺や母を責めたりしなかった。


「おばあちゃんさえ良かったら、このまま女の子の姿で、会いに行き続けるからね」


 俺は、祖母の手を握って言った。


「もう十分だよ。薫ちゃんは、薫ちゃんらしい姿で、これからは遊びに来ておくれ」


 もうこの女装からは解放される?

 でも、そうしたら、男嫌いの祖母にガマンさせる事になってしまう。


「女装しないで、おばあちゃんの家に遊びに行ったら、迷惑じゃない?おばあちゃんに無理させない?」


「優しいね、薫ちゃんは。いつも私の心配してくれて。でもね、こんな男嫌いな性格のままで、お迎えが来たら、私は天国に行けそうにないからね。そろそろ男嫌いも返上させるように頑張らないと!」


「そんな、お母さん、まだまだお迎えなんて早いから!」


 祖母の発言に驚きながら否定した母。

 

「おばあちゃん、私は、協力するから!おばあちゃんが、天国に行けるように、少しずつ無理しないで、慣らしていこうね!」


 自分はさておき、常に、祖母を第一に考えなくてはならない。

 女装の時の俺の習性が、祖母には心に沁みるらしい。

 けど、これって、本当に俺のイイ子ちゃん演技ってだけなのだろうか?


「本当に、薫ちゃんは、どうしてこんなにおばあちゃん思いの良い子なんだろうね!おばあちゃんは、薫ちゃんのおばあちゃんでいられて、本当に嬉しいよ!」


「私も、おばあちゃんの孫で、本当に良かった!早く元気になって退院してね!また、お母さんとおばあちゃんの家に遊びに行きたいから!」


「そうだね、いつまでも、こんな病院のベッドにいるなんて、私もイヤだからね」


 しわくちゃだけど無邪気な笑顔を向けた祖母。


 俺は、その時、気付いた。


 俺は、本当に、このしわくちゃな祖母の笑顔が大好きなんだって!


 その祖母の笑顔が見られるなら、何でもしたいって。


 俺の女装なんかで、祖母が元気で笑顔でいられる素になるんだったら、俺はいくらでも女装して会いに行くよ。


 だから、早く退院して、あの超豪華な家に戻って、俺のパーフェクトなお嬢様姿をあの笑顔で向かえてくれよ。


 元気を完全に取り戻してから、祖母の男嫌い返上作戦に少しずつ俺も協力していくからさ。

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