かんたん
ボクは観光客を降ろして、ラクダと一緒に砂漠を歩く。次の観光客を見つけるまで、ボクはラクダと二人きり。……面白い話をするシジンは、あれから姿を消してしまった。ボクの兄ちゃんは、「ウランバートルに戻ったんだろう」って言っていた。
「シジン、どこに行っちゃったんだろうね」
ボクがそう尋ねても、ラクダは両目をパチパチさせて、首を小さくかしげるだけ。ボクはラクダに聞くのを諦めて、次の客を探すことにした。
「お兄さん、ラクダに乗りませんか?」
ボクが声をかけたのは、長い髪の男の人。彼は黒い上着を着て、皮の袋を背負っていた。
「ラクダか……、面白そうだな」
お客さんはボクにお金を手渡すと、ひょいっとラクダの上に乗った。こうしてボクたちは、大きなおおきな砂漠の中を、ゆっくりゆっくりと歩き出した。
「本当に、大きな砂漠だね。何もかも、ちっぽけに思えてくるよ」
「そうですね」
お客さんはぽつりぽつりと話しながら、しばらくぼうっと景色を眺めていた。……だけどやがて、ボクに向かってこんなことを言った。
「君、一つ聞かせてくれないか? この緑色のボトルは、『胡蝶』からの贈り物かい?」
――ボクはとてもびっくりして、ゆっくりゆっくり歩くのを止めた。このお客さんは、シジンがボクに頼んだ「かんたん」だったのだ。
「……シジンがボクに、渡してくれって頼んだの。ボトルメール、なんだって」
ボクはそう言って、「かんたん」にボトルを渡した。「かんたん」は優しくほほえむと、シジンのボトルメールをじっくりと読んだ。時間が止まってしまうぐらいに、じっくりじっくりと。
「……何だ、これは。変な詩だな」
「うん、ヘンな詩だよ」
ボクたちは顔を見合わせて、一緒にクスクスと笑った。どこにもいない、シジンのことを思い出しながら。
邯鄲の夢 胡蝶の詩 中田もな @Nakata-Mona
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