第21話強敵

 サザン迷宮への三階層への入り口を発見した。

 オレたちは周囲を警戒しながら転移する。


「ここが三階層ですか」

「気を付けろ、カレン。これまでとは別世界だ」


 世紀の発見に喜んでいたカレンに、警戒を促す。まだ探知魔法で敵影はない。

 だがオレの直感力が警鐘を鳴らしている。この先に危険な存在の空気を感じるのだ。


「隊列を変更する。後方や上にも注意を怠るな」


 ここは危険すぎる。

 悪いがここから先は、オレが主導権を握らせてもらう。

 魔法騎士たちも空気を察して、指示に従ってくれる。

 彼らも感じていたのだ。異様なまでの魔力(マナ)の乱れを。


「ソータ……気持ち悪い……」


 アセナは体調を悪そうにしていた。

 銀狼族である彼女は、五感が人より優れている。

 そのお陰で瘴気の悪影響を、モロに受けているのであろう。


「これは気付けの実だ。噛んでおけ」


 味は最高に苦い木の実。それ彼女に渡しておく。

 六年前、ある部族から持った木の実である。悪霊を払うと言われていた。

 魔術師ギルドでの調査では、何の効果もない実。だが、これまでのオレは何度も助けられた。


「私も久しぶりに食べますが、最高に苦いですね、ソータさん」

「そうだな」


 異変を察知したカレンも、木の実を口に含む。彼女も一緒に旅をして以来だという。

 迷信を信じない魔法騎士たちは、遠慮して口にしない。


 とにかくオレたちは警戒する。一本道の通路をゆっくり進んでいく。


「今のうちに確認しておく、カレン。この先にヤバイのがいたら、どうする?」

「今回は調査です。でも魔術師ギルドとして、邪悪な存在は許せません。排除します」

「そう言うと思った」


 大人しい外見とは裏腹に、カレンは正義感の塊である。昔から人助けのために危険を顧みない。

 だからこそ多くの人を救いたい。その想いで今も、魔術師ギルドの研究機関で頑張っているのであろう。


「この先に広い空間がある。気を付けろ」


 一本道の先に、広い空間が確認できた。全員に注意を促す。


 感覚的に天上が高くなっており、半円形をしている空間だ。おそらく人工的に作られた空間であろう。


「皆さんに防御魔法を複合かけします、ソータさん」

「ああ。助かる」


 大魔導士カレンの魔法が展開される。

 オレたちの物理防御と魔法防御が向上していく。同時に精神耐性や状態異常への抵抗力も上がる。


 今は“英雄抑え”の制約で実力の半分も出せずにいた。

 だがカレンは状況に合わせて的確に魔法を選択している。

 さすが数々の試練を乗り越えた六英雄の一人。いつも以上に頼もしく感じる。


「さあ、広場に出るぞ! 中央に巨大な人影が一つ。今のところそれ以外になし」

「ありがとうございます、ソータさん。魔法騎士の皆さん、前衛に!」


 広場に出た。

 ここからは隠密をしている必要はない。

 オレは後方と入れ替わる。魔法で付与された大盾の騎士に前衛を任せる。


 今日は彼ら調査団が主役である。斥候として雇われたオレは、ここから後衛のサポートに回る。

 直接的な戦闘なら彼らに任せた方が無難である。


「光よ!」


 カレンの呪文で広場の上空に、明かりが灯される。

 モンスターの多くは夜目が利く。冒険者が暗闇で戦うには絶対的に不利である。

 迷宮の探索慣れしたカレンのナイスな判断だ。


「あれは……石像か?」


 中央にあったのは大きな石像だった。

 高さは人の倍ぐらいであろうか。腕が四本あり背中に羽が生えている。

 古代の魔神を形どった偶像かもしれない。

 モンスターではなく、動かない魔神像である。


「右手を見てください、ソータさん!」

「ああ。あれは宝玉か?」

「鑑定! ……あれは神器かもしれません」


 魔神像の左手に不思議な宝玉が握られていた。

 カレンは即座に鑑定魔法を発動させる。結界が張られており正式名称までは分からない。

 だが神器に近いアイテムだと、鑑定は教えてくれたのだ。


「カレンさま。我々が取ってきます」


 魔法騎士たちが魔神像に近づいていく。

 鑑定で像はモンスターではないと判定されていた。危険はないと認識していたのであろう。


「お待ち下さい!」

「大丈夫です、カレンさま」


 騎士たちは無防備に魔神像の側まで行ってしまう。

 上司であるカレンに、いいところを見せようとしていたのかもしれない。


 これはオレの失策かもしれない。この迷宮では自分は手柄を立てすぎていた。

 それに彼らは対抗意識を燃やしたのかもしれない。


「ほら、大丈夫ですよ、カレンさま?」

「おい、待て。その宝玉に触るな!」


 騎士の一人が宝玉に手をかけようとする。

 オレの警告にも耳を貸していない。


 いや、騎士は聞こえていないのだ。騎士の一人の目の色がおかしい。


 明らかに何かに取り付けているのだ。

 しまった気がつかなかった。


「どうしました、ソータさん?」

「魔神像はフェイクだ。あの宝玉が本体だ!」

「えっ……」


 よくある罠だった。

 異形な魔神像で相手の目をひく。

 だが本当の罠は小さな宝玉にあったのだ。


 そう気がついた時には、遅かった。

 騎士の一人に異変が起きる。

 ケケケと笑い声を上げながら、首がありない方向に曲がっていた。


「アラン⁉ うわー!」


 変貌した騎士アランが、他の三人の騎士に襲いかかる。

 まさかの味方からの奇襲を受けて、三人は絶命する。


「ケケケ……」

「ケケケ……」

「ケケケ……」


 絶命したはずの三人も、奇妙な声を上げる。

 おそらく死霊の騎士に、なり下がってしまっていたのあろう。


「下がっていろ、カレン。アセナ」


 女性二人を後方にかばう。

 相手はこれまで見たこともない存在である。

 モンスターや罠とも全く違う。魔王討伐の時ですら、感じたことのない瘴気を感じる。


「カレン、アレが何か分かるか?」

「ソータさん、ごめんなさい。先ほどから全ての解析術が通じません」

「やはりな」


 相手は腕利きの魔法騎士すら、欺く存在である。

 カレンが施していた多重の防御壁も、いつの間にか消えていた。


 おそらくは魔法を無効化する機能が、この空間にあるのかもしれない。そうだとしたら、制限された大魔導士カレンが危険である。


『六英雄が……網にかかったか……』


 憑依された死霊の騎士が、静かに口を開く。

 声は生前のものではない。地獄の底から噴き出るような、恐ろしい声であった。


「お前は何者だ?」


 カレンたちを庇うように、オレは前に踏み出す。本当ならこの場から退避したい。

 だが相手の瘴気は普通ではない。背中を見せて逃げるのは、危険が大きすぎる。


 ここは会話で時間を稼いで、形勢を逆転する必要がある。状況から死霊騎士を操っている術者がいるはずだ。


『我は……教導団の者……この世界を自由に導く者……』


 よし、相手が挑発にのってくれた。

 これである程度の情報を得ること。同時に体勢を整える時間を、稼ぐことができる。


 それにしても教導団……初めて耳にする組織の名である。


「カレン、知っているか?」

「すみません。私も初めて耳にします」


 大魔導士のカレンが知らないのなら仕方がない。

 表向きではない組織なのであろう。つまり裏の闇組織。


「その教導団さまが、こんな薄暗い迷宮で何の用だ?」

『薄暗い迷宮だと……? これだから盗賊風情は困るのだ……ここは聖なる祠(ほこら)だ……』


 オレはあえて相手を挑発するように尋ねる。これは敵から情報を仕入れる時の常套手段。

 今回も相手は引っかかってくれた。自分たちの存在を誇るように語っている。


『六英雄が魔王を倒してくれたお蔭で、もうすぐ成就する……我々の真なる神が復活するのだ……』

「何だと……真の神だと?」


 それは聞き捨てならない言葉であった。

 真なる神という言葉か……。


 オレの直感力が告げている。

 この教導団は危険であると。その真なる神の復活が危険だと発していた。


『おしゃべりの時間は終わりだ……六英雄の力を……血を貰おうとするか……』

「ちっ……罠だったのか!」


 ここにきて自分の失態に気がつく。

 教導団の狙いはカレンだった。六英雄の彼女を三階層に誘い込むのが、敵の策であったのだ。


「ソータさん……転移門の光が⁉」

「ああ。今は目の前の敵に集中しろ!」


 後方で転移門の消えていくのが、背中に感じられる。

 敵はオレたちを逃がさないつもりなのであろう。


 転移門が消えても、カレンの魔法で地上に戻ることもできる。

 だがその前に四匹の死霊の騎士団を倒す必要ある。


「アセナは左の一匹の足止めを。カレンは援護魔法を頼む」

「わかった、ソータ」

「はい、ソータさん」


 オレたちは戦闘態勢に入り、陣形を組む。

 カレンを後方にして、オレとアセナの前衛で彼女を守る。それに対する敵は、四体の死霊騎士だ。


「アセナ、あの死霊騎士は強い。おそらく龍鱗戦士よりも」

「龍鱗騎士よりも? それは辛い」

「だから無理に倒そうと思うな。死を恐れずに、オレとカレンの援護を信じろ」

「分かった。ソータとカレンを信じる」


 この中でアセナだけが、戦いの経験が絶対的に少ない。踏んで来た場数が足りない。だから彼女のことが心配である。


 だがアセナは臆した様子はない。そんな彼女のために戦いのアドバイスをする。

 才能あるアセナは、こんな所で死んで欲しくない逸材である。

 もちろんオレは彼女もカレンも死なせるつもりはない。



「さあ、いくぞ!」


 オレの掛け声で、戦いが始まる。

 アセナは一体の死霊騎士と剣を交える。


 カレンは防御魔法と補助を、新たに複合でかけている。オレとアセナの身体が光り、頼もしい力が溢れてきた。


「お前たちの相手はこっちだ!」


 オレは残りの三体の死霊騎士に、短剣で攻撃していく。

 モンスターレベルの高い相手も、こちらに反応して迎撃してくる。


 死体とは思えない素早い反応である。

 ただのアンデットではない。騎士の剣技も身につけていた。


 おそらくは元の魔法騎士の力を、ある程度は使いえるのだろう。予想以上に手強い相手である。やはり龍鱗戦士以上の強敵である。


「だが、弱点も残っているな!」


 身体を低くして戦い、三体の死霊騎士を足止めする。


 オレには策があった。

 このモンスターは元の魔法騎士の強さも加算されている。つまり同時に、騎士たちの戦うクセが残っているのだ。


「お前は足元からの防御が甘い! こっちは左からの連携が遅い!」


 ここまでの道中で戦い。そこで魔法騎士たちの動きのクセは見切っていた。

 その一瞬のクセをついて、相手を斬りつける。


 迷宮探索では何が起こるか予想もできない。味方が急に敵になることもある。

 だからオレは魔法騎士たちのクセを見抜いていた。どんな不測の事態に対応できてこそ冒険者と言えるのだ。


『ウガガ……』


 死霊騎士の片脚と左腕を、短剣で吹き飛ばす。渾身の一撃で、クリティカルが炸裂したのだ。

 不死のモンスターが体勢を崩す。これはチャンスだ。


「カレン、今だ!」

「はい、ソータさん……“光の槍撃よ……敵を貫け”!」


 カレンの杖から、光の三つの粒子が放たれる。

 これは貫通力に特化した光の攻撃魔法。狭い迷宮でも有効な、カレンの得意魔法の一つである。


 死霊騎士は急所を、その魔法で吹き飛ばされる。

 かなりの防御力があった敵だが、一撃で勝負がつく。相変わらず凄まじい威力。


 三体の死霊騎士は塵となって消えていく。


「ナイスタイミングだ、カレン」

「ソータさんが足止めをしておいてくれた、お蔭です」


 オレは三体の死霊騎士を足止めしていたのだ。

 止めがカレンの魔法だと、彼女と連携をしていた。

 六年前と寸分違わぬタイミング。オレたち二人の阿吽の呼吸の勝利であった。


 さて次はアセナの援護にいく。


「アセナ、待たせたな!」

「ソータ!」

「連携で一気に仕留める!」


 カレンの次の魔法までは、少しタイムラグがある。

 残る死霊騎士は一体だけ。オレとアセナの連携技で一気に仕留める。


「いくぞ、アセナ!」

「わかった……“一段突き”!」


 互いの最強スキルを全力で発動させる。

 相手はレベル格差のあるモンスター。一撃では倒すことはできないであろう。


 だが諦めずに果敢に攻めこむ。相手の騎士剣を寸前で回避して、何度も攻撃を繰り出す。


『ウググ……』


 そして遂に、会心に一撃がヒットする。

 最後の死霊騎士は怨念にも似た声で、塵となって消えていく。


 跡には魔石とアイテムがドロップしていた。やはり魔法騎士たちはモンスター化していたのだ。

 こうなったら回復魔法でも復活は無理である。倒して成仏させてやるしかないのだ。


「大丈夫ですか、ソータさん⁉」

「ああ。カレンも大丈夫か?」

「はい」


 どうやら三人とも大きな怪我はない。

 オレとアセナが斬り傷を負っているが、そこまで深くはない。


 死霊騎士の攻撃は半端ではなかった。まさに防御すらも出来ないレベル差の暴力。

 一撃でもまとも食らったら、今の二人では即死だったであろう。

 二人とも素早さ重視な職業だったのが、幸いしていたのだ。


「さて、これからどうする、カレン?」

「はい。この迷宮は封鎖しましょう。それから魔術師ギルドの本部に戻って、報告します。至急調査が必要です」

「そうだな」


 この魔人像は異様である。

 触れた者を死霊騎士化してしまう恐ろしさがある。


 サザン迷宮を拠点にする初心者レベルの冒険者では、まるで歯が立たないであろう。今回はカレンとオレたちだったから、何とかなったのである。


「んっ?」


 その時である。

 オレは何かを感じた。


「これは……カレン、アセナ、退避だ!」

「はい! キャー!」

「うぐぐ……ソータ」


 それは一瞬の出来ごとであった。

 魔神像から漆黒の光が放たれたのである。


 オレは寸前のところで回避できた。

 だが遅れたカレンとアセナが吹き飛ぶ。受け身は取れていたのでダメージは大きくない。


 よし、これなら反撃ができる。


「カレン、攻撃だ!」

「はい、ソータさん……“光の槍撃よ……敵を貫け”!」


 カレンの光の魔法が再び炸裂する。

 今の彼女の状態では、最大級の威力を誇る必殺の一撃だ。


「そんな……魔法が……」


 だがカレンの魔法は、魔人像には通じなかった。


 これは防御をされたのとも違う。

 左手の宝玉が、魔力自体を吸いとってしまったのだ。


「ちっ。“魔法吸収”か」


 想定もしていなかった相手が出現した。大魔導士のカレンの攻撃すらも、通じない強敵。


 巨大な魔神像はゆっくり動き出すのであった。

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