第22話覚悟の力

 魔人像がゆっくりと動き出す。

 四本の手に武器を構えて、カレンを狙っている。


『この魔神像には“真なる神”の力を授かっている。下等な魔法の力など通じない』


 宝玉の中から、先ほどと同じ声が聞こえる。恐らくどこか遠距離で捜査しているのであろう。

 男性とも女性とも分からない声質である。


 だが一つだけ分かることがある。

 こいつは危険な人物。女子どもであるアセナとカレンをも傷つける、最悪のヤローである。

 許すわけにいかない。


「カレン、アセナ。いけるか?」

「はい、ソータさん……この程度なら」

「私も大丈夫。こんなところで負ける訳にいかない」


 女性陣に声をかける。

 彼女たちも、まだ気持ちは死んでいなかった。不気味に魔人像を相手にもひるんだ様子はない。


「カレン。オレたちが時間を稼ぐ。敵の弱点の解析を頼む」

「はい!」


 大魔導士カレンの魔法は吸収されて全く通じない。

 だから相手の弱点の解析を頼む。魔法は通じなくても、彼女ならきっと成功させてくれる。

 そこさえ狙えたら勝機はある。


「アセナ、レベルが上がっているな?」

「うん。一気に14になった」


 先ほど死霊騎士を四体倒した経験値が、オレたちには入っていた。レベルは一気に上昇している。

 それほどまでに死霊騎士は、レベル格差があった強敵だったのだ。


「“見切り”と“一段突き”のスキルを限界まで一気に上げろ。出し惜しみは無しだ。いくぞ!」

「わかった。いこう!」


 オレも“素早さプラス”を極限まで習得する。次のスキルアップの手前まで最大値まで上げる。

 本来の育成計画では、別のスキルを取る予定だったが、出し惜しみをしている時ではない。

  

 今は魔人像を倒すために全てを賭ける。

 後悔はその後にする!


「いくぞ! アセナは左から。オレは右をいく!」


 二人で同時に魔神像に突撃する。

 相手は巨体であり四本の腕を持つ。同時に二方向に攻撃してくる。


「くっ⁉ デカいくせに、早い!」


 魔神像の打撃を寸前のところで回避する。

 “素早さプラス”に全振りしていなかった危険であった。


 アセナの方も何とか回避している。

 彼女も“見切り”を上げたのでギリギリだったのであろう。


「よし! くそっ、固い! 化け物か⁉」


 一方でこちらの攻撃は通じなかった。

 表面に魔法の装甲があるのであろうか。オレの短剣では傷一つ与えることができない。


「アセナ、休むな! 相手に休む暇を与えるな!」

「うん……分かった」


 攻撃が通じないのは想定内であった。

 オレは盗賊職であり、アセナは力が弱い女性。


 だがスピードには二人とも自信があった。

 アセナは“見切り”のスキルを常時は発動させて。オレはこれまで戦いの経験と直感力でフルに使う。


 巨岩のような魔人像の連撃を回避していく。


「アセナ、この巨体に騙されるな。部位の弱点を狙え。動く相手の各部分に必ず急所がある」

「そうか。なるほど。わかった!」


 回避と同時に関節部を攻撃する。

 こういった巨大な的にも弱点が必ずある。

 厄介な手足の部位から、各個撃破していくイメージだ。


 これは強大なモンスターと命懸けで戦ってきた、オレのオリジナルの戦法であった。


「さあ、いくぞ、アセナ!」

「わかった!」


 オレたちは魔人像の攻撃を必死でかわしていく。

 同時に何度もカウンターを繰り出す。命を賭けたギリギリの攻防である。


「よし、やった!」


 そんな中、アセナの一撃が魔人像の腕の一つを破壊する。

 彼女の決死の攻撃が、クリティカルしたのである。

 さすが天賦(てんぶ)の才をもつ銀狼族の幻影剣士である。


「ソータ……レベルが上がった。“二段突き”とやらが習得できるぞ」

「最高のタイミングだ。よし、習得しろ。そして相手の胴体を狙え!」


 腕を破壊したことによってアセナはレベルアップした。同時に新しいスキルが出てきたのだ。


 “一段突き”の上位スキルである“二段突き”。

 突き技の中でも、凄まじい攻撃力を誇る必殺の一撃である。


「よし、こっちもいったぞ!」


 オレの担当していた左腕も破壊に成功する。

 関節部分の同じところを執拗に狙ったのである。

 どんな固い装甲も無敵ではない。強い負荷をかけ続ければ、必ず抜くことが出来るのである。


『この雑魚どもがぁ!』


 魔神像の操る者は焦っていた。

 まさか六英雄のカレン以外の者に手こずるとは、思っていなかったのであろう。


「雑魚はどっちだ? お前は計算が足りなかった」


 オレには勝てる見込みがあった。

 この間人造は明らかに、大魔導士のカレンに対応させたスペックである。

 魔法吸収を装備して頑丈な装甲。

 

 たしかにカレンと魔法騎士たけが相手なら、魔神像は負けないのであろう。


 だがオレとアセナが護衛に付いていたことは、相手にとって想定外だ。

 スピードと攻撃力に特化した幻影剣士のアセナ。

 素早さプラスに極振りして、攻撃力を倍増したオレがいたのである。


「ソータさん、胸の紋章が魔人像の弱点です! 三層の装甲版の下です!」

「そうか、さすがだな、カレン!」


 カレンが敵の解析をしてくれた。

 どんな巨体にも必ず弱点がある。動力源である魔石が存在するのである。


 大魔導士であるカレンは、攻撃魔法を唱えるだけではない。

 一番得意とするのはこういった解析術。どんな相手の弱点も、必ず見つけ出してくれる才女なのだ。


「聞いていたか、アセナ? いくぞ!」

「分かった……いくぞ“二段突き”!」


 アセナの新しい必殺技が炸裂する。

 一瞬で強力な突きが、二発同時に繰り出される。


 受けたものは一撃にしか見えない攻撃。それが寸分の狂いもなく、強烈な突きが繰り出されていた。


 一度目の振動が反射する間のなくの二撃。

 その瞬間だけアセナの突きは音と超える。音撃が魔神像の分厚い表面の装甲を貫く。


「やった……」


 実力以上の力を出し切ったアセナは、その場に倒れ込む。


『うがが……ばかな……』


 魔神像の操縦者は苦しんでいた。

 恐らくは痛覚も、共有していうのであろう。これほどの巨体を動かす傀儡術には、代償として痛みの反動もあるのだ。


「まだだ……これがメインディッシュだ!」


 全てを出し切ったアセナと、オレは場所を入れ替える。

 魔神像の懐に一瞬で入り込む。相手に密着して拳を構える。


『この距離では出せる技など……』

「それがあるんだな……いくぞ……」


 オレは両手にカスタマイズ巻物(スクロール)を握り、意識を高める。

 アセナが空けてくれた装甲の穴に、自分の両手の拳をぶこむ。


「“暴風双拳”!」


 そのキーワードと共に、二つの巻物(スクロール)が発動する。

 魔神像の体内に小型の竜巻が発生した。


 通常では二つの巻物(スクロール)の発動は危険を有する。

 それに、かなり厨二病くさい技名だが仕方がない。技名と技の威力は連動するのである。


『あ……そんな……ばか……な……』


 魔神像の胸部は、完璧に貫かれていた。

 いくらや魔法吸収があったとしても、それは表面上なもの。

 魔石からの魔力(マナ)で動かすので、体内までにはバリアはない。


 その弱点を狙ってオレは必殺の一撃を繰り出したのである。


「ソータさん! 腕が……」

「ああ、年甲斐もなく、オレも無茶したぜ」


 一方でオレも大きなダメージを負っていた。

 “暴風双拳”の反動で両腕が吹きとんでいたのだ。

 あまりの威力に退避が間に合わなかったのである。


 素早さプラスを極振りしても、この有り様である。あと少し遅かったら、命は無かったであろう。


「ソータさん……いま、回復の魔法を……」


 大魔導士であるカレンは、回復魔法にも通じていた。

 本職である僧侶たちよりは力は劣る。だが時間さえかければ、両手も元に戻るであろう。


「ああ、カレン、頼む……」


 オレは彼女に倒れ込むこみ、治療をしてもらう。


「大丈夫か、ソータ。でも、やったな」

「ああ、アセナ。オレたち三人の勝利だ」


 アセナも心配した顔で覗き込んできた。

 そういう彼女も全身ボロボロである。


 全ての技に気力を使い切り、スリキズだらけの満身創痍である。

 せっかくの美しい銀狼の耳や尻尾が汚れていた。


「ソータ、こんな時まで尻尾の心配とは」

「昔から変わりませんね、ソータさん。そういうところは」


 そういえば、オレが一番の大怪我だった。

 両腕の欠損に、身体にもダメージを受けていた。

 技とスキルも全力発動していたために、気力も空っぽである。


 そのためカレンの膝の上に、頭を乗せて倒れ込んでいる。立ち上がることも出来ない。


 柄にもなく頑張りすぎた。

 今日はこれ以上、指一本も動かせないであろう。


 あ、そうか。

 指を動かしたくても、両腕は再生の途中で動かせなかったな。


 頑張ったアセナとカレンを、後で褒めてやらないとな。何かご褒美もあげないと。


「ソータが治ったら、私は頭を撫でてもらう」

「あら、それなら私もお願いしようかな……久しぶりに二人だけで、ディナーをゆっくり食べたいです、ソータさん」

「カレン、それはずるい」


 オレの頭の上で、女性陣はなにやら談笑している。

 突っ込みたくても、今のオレにはその気力すらない。


 痛みで気絶しないだけでも、上出来であろう。それ程までにオレの怪我は、思っていた以上に大きい。

 カレンの膝枕の上で、横を向いて寝ておこう。



「……なっ……!?」


 そんな幸せな時間にある。


 倒れ込んでいたオレは、思わず自分の目を疑う。

 信じられないことが起きていたのだ。

 

 倒れていた魔神像が、まだ生きていたのである。

 内部から何かが出てきたのであった。


 ああ、これは最悪なタイミングだ。

 アセナとカレンは全く気が付いてない。

 声をかけないと。だが間に合わない。


 そんな時。

 オレの身体が自然と動く。全力で立ち上がる。


 満身創痍であるが、構っている場合ではない。

 無防備なカレンを守るように、彼女の上に被さる。

 両手はまだないが、彼女を包むよう全身で守る。


 これは一瞬の出来ごとであった。

 彼女を守るために、最後の力が出てくれたのかもしれない。


「ぐひゅ……」


 その直後。

 現実に呼び戻される。


 背中に激痛が走る。苦悶の声がオレの口から洩れる。


「くっ……“六英雄殺し”を……防がれたか……まあ、いい」


 カレンを攻撃したヤツは、魔人像の死骸の中からであった。

 不気味な仮面の司祭が、魔神像の内部にいたのである。


 魔人像は遠距離からではなく、内部で操縦されていたのである。

 その仮面の司祭が生きていたのであった。



「いや……ソータさん! 死なないでください! 今、回復魔法を!」


オレの頭上でカレンが泣き叫ぶ。

どうやらオレの胴体には大きな穴が空いているのであろう。

彼女は必死の回復魔法で、穴を塞ごうとしている。


「よくも! ソータを!!」


 一方でアセナは半狂乱となっていた。

 初めて出会った時のように、狂人化しようとしていた。銀狼族としての野生の部分で出てきている。


 いけない。このままでは彼女は、怒りの闇に身を落としてしまう。

 止めないといけない。


 だがオレは声を発することができない。両肺を欠損して声を出せないのだ。

 

「だめ……血が止まらない……なんで回復しなの……」


 カレンは泣きながら必死で、オレの治療をしている。

 だが回復魔法は作動していない。


 手遅れなのだ。

 なぜなら回復魔法は死んだ者には通じない。


 つまりオレの死の淵にいるのだ。


「いや……絶対に……死なせない……大事な人……大好きな人を……」


 カレンは全身返り血を浴びながら、オレを助けようとしていた。

 両手で必死に止血をしようとしている。


 だが無駄だ、カレン。

 オレの内臓のほとんどは破損している。


 これが死の淵の感じなのであろう。恐ろしいほどに冷静に感じる。

 時間が止まったように思える。


「キャー!」


 アセナの絶叫が響き渡る。

 彼女は仮面の司祭の攻撃に、吹き飛ばされたのだ。

 明らかにレベル差がある強敵であった。死霊騎士の何倍も強い強敵だ。


 それにアセナは全ての気力を使いっていた。あの状態では勝てるものは無理である。


 またカレンの攻撃魔法も宝玉には通じないであろう。

 “六英雄殺し”

 と先ほど言っていた。


 そうか。

 カレンの魔法が吸収されたのではない。

 六英雄の力が吸収されるのだ。


 でもいったい何故? そしてどうやって? 誰が何の目的で?


「だめだ……」


 オレは最期の渾身の声を漏らす。内臓が欠損しているが構うものか。


 このままではダメだ。

 このままではアセナはあの闇の司祭に殺されてしまう。


 そして正義感の強いカレンは、ここから逃げることはしないであろう。

 だが偉大なる大魔導士とはいえ魔法が封じられたら、カレンは二十一才の普通の乙女である。

 カレンの命もないであろう。


 そうだ……彼女たちを守らないと……


 誰が?


 オレが……


 そうだ、オレが守る


 守らなくてはいけない。


 カレンとアセナを守る。


 どんな手を使っても。

 

 たとえ悪魔に魂を売り渡しても、彼女たちを守るんだ!


『……固有スキル3 神▲※発動されました』

 

 その時。

 

 オレの頭の中に声が響き渡る。

 いや魂に響き渡ったのだ。


 それは機械的な女性の声であった。

 どこかで聞いたことがある悲しい声。

 もしかしたら、これが死神の声であろうか。もしくは地獄の悪魔の声であろうか。

 

 できれば悪魔や死神とは取引はしたくない人生だ。


「だが……そんな贅沢を言っている場合ではない……」


 オレの全身に不思議な力がみなぎる。

 先ほどまで死の淵にいた身体に、例えようのない気力が漲る。


 ふと見ると、いつの間にか吹き飛んだ両手が再生していた。

 胸の風穴も塞がっている。


「バカな……死人が……」

「ああ、地獄から戻ってきたぞ!」


 復活したオレは、闇の司祭の懐に一気に踏み込む。

 相手は宝玉の力で防御壁を張る。


 先ほどの何倍も固い強固な結界であろう。


「スキル“神▲※”!」


 そのスキルが脳裏に浮かんだ。

 魂がオレに使えと叫んでいた。

 闇の司祭の急所を、オレはナイフで貫く。


 相手は瘴気ともに消滅していく。

 モンスターとも違う不気味な消え方だった。


 敵を倒したら、意識が遠のいてきた。

 また涙を流しているカレンの顔が見える。

 正気を取りも出したアセナも、隣で泣いている。


 よかった二人とも無事だったのか。


「ああ……二人とも無事でよかった……」


 そう言い残し、オレは気を失うのであった。

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