第20話三階層を目指して

 カレンと出会った次の日。

 オレたちはサザン迷宮に潜入する。


「では行きましょう」


 調査団の団長であるカレンの号令で、地下一階の入り口から進んでいく。


 メンバーは大魔導士のカレンと護衛の魔法騎士が四人。

 それに斥候として雇われた名目の、オレとアセナ。全部で七人のパーティーである。

 あまり大人数だと目立ちすぎる。

 今回はあくまでも極秘の調査なのだ。


「そこは罠がある。気を付けろ」


パーティーではオレが先頭を進んでいく。後方の魔法騎士に指示を出す。


「ふん。盗賊風情に言われるまでもない」


 魔法騎士に鼻を鳴らされる。

 彼ら魔術師ギルドの者たちは、オレたち冒険者や盗賊を下に見ていた。


「アセナ、あいつら嫌い」

「気にするな。これも仕事だ」


 隣で怒りを露わにする銀狼族の少女を、静かになだめる。二人の会話は他には聞かれないようにする。


 魔法騎士はたしかに上から目線。

 だが彼の気持ちも分からなくはない。特にカレンと親しくしていた、オレのことが気に食わないのであろう。


 何しろ彼女は大陸でも、最高峰の大魔導士。それに美しい乙女である。

 若い魔法騎士がオレにキツく当ってくるのも、仕方がないであろう。


「たしかにカレンは綺麗。大人の女性。カレンのことは好き」

「そうだな、アセナ。彼女は才色兼備だな」


 六年間に七人で旅していた時も、カレンはこの世界の男性に人気があった。

 黒目黒髪はこの世界でも珍しく、神秘的で美しいとされている。


 そういえばカレンは大貴族に惚れられて、プロポーズされたこともあった。

 結果として彼女は断った。大貴族がそれに激怒して、事件になりかけたことを思い出す。


「懐かしい話ですね。覚えていたのですか、ソータさん?」

「ああ。危うく逮捕される寸前だったからな」

「そうでしたね。私たちも若かったですね」


 当時の旅は本当に、色んなことがあった。

 何しろ異世界から召喚された若者七人。人種も違えば、文化風習も全く違う。

 言葉は通じたが、生きることすら手探りの毎日であった。


「そういえばソータさんは、本当に牢獄に入った事件がありましたね」

「そうだったな、カレン。オレも若気の至りだ」

「今のソータでは考えられない」


 アセナとカレンと雑談しながら、迷宮を進んでいく。

 それでも周囲の警戒の手は緩めない。


 モンスターの接近の感知は、斥候であるオレの役目。銀狼族で鼻の利くアセナも対応していた。

 またカレンの探知魔法も、広範囲に渡り展開している。まさに万全の体勢だ。


「この先にモンスターがいます。ソータさん、下がってください」


 カレンが魔法でモンスターを発見する。

 無機質のモンスターには、気配や匂いが少ない。こんな相手はカレンの探知魔法で見つけ出す。


 また今回は直接戦うのは、彼女の護衛の魔法騎士たちである。

 彼らは剣と盾、更に中級魔法も使える前衛職。またレベル的にも高い水準にあり、かなり頼もしい。

 このサザン迷宮の二階層までの敵なら、難なく倒してくれる。


「あいつらばっかり戦って、アセナつまらない」

「そう言うな。今回は斥候が仕事だ。それに騎士の戦い方を、目で見るのも勉強になる」


 魔法騎士は普通とは違う戦い方をする。

 物理的には相手には、盾を使った守りの剣技を使う。

 また防御魔法で相手の物理攻撃や、魔法攻撃にも対抗できる。相手の弱点の属性を分析して、苦手な魔法で攻撃をすることも可能なのだ。


「たしかに、あいつらは強い。それは認める」

「いいぞ、アセナ。嫌な相手や敵を認める。それも強くなる道だ」


 アセナは強くなるために貪欲に、騎士たちの戦いを見て学んでいく。

 他ジャンルの職業のことも、こうして学ぶ戦士は強く成長する。このことはオレも経験的に知っていた。


「そういえば、カレン。その腕輪は何だ?」


 迷宮を進んでいく内に、一つ気になることがあった。

 カレンの魔法が以前とはまるで違うのである。段違いに弱くなっていたのだ。


 その原因は左腕に装備して、見慣れない腕輪が原因であろう。オレは直感的にそう見ていた。


「さすが、ソータさん。よく気がつきましたね。これは“英雄抑え”の腕輪です」

「“英雄抑え”だと?」

「はい。強大すぎる六英雄の力……それを制御するものです」


 カレンは自分の左腕を触りながら、説明する。


 “英雄抑え”とは四年前に開発された魔道具であると。

 これにより大魔導士である彼女の、高すぎる魔力と術は制限されていた。


 本来なら最大レベルの第五次元まで使える魔法も、今は第三次元までしか使えない。無理に使おうとすると制御装置が作動するのだという。


「そんな、ひどい。カレン、かわいそう」

「アセナ、そうかもしれない。だが六英雄の力は強大すぎる。そのための自衛の工夫なのであろう」


 怒りを露わにするアセナをなだめる。


 “英雄抑え”を開発した、この世界の者たちの気持ちも分かる。

 何故なら六英雄たちの力は強大すぎる。

 世界を滅ぼす魔王。それすら討伐した剣と魔法の力なのだ。その気になれば王国すらも滅亡させる力であろう。


 例えるなら、日本の危機を救ってくれた、宇宙人がいたとする。そんな者に核ミサイルのボタンを持たれた状態である。


 この世界の多くの者が、六英雄に敬意を表している。だが同時に恐れているのだ。別の世界から来た彼らのことを。


「この腕輪がある方が、私たちも気が楽なのです」


 はにかむようにカレンが補足してくる。周りの者を安心させるために、彼女も協力していたのだ。


「なるほど。それなら万が一の時は、カレンの大魔法には期待できないな」

「それは大丈夫です、ソータさん。三次元魔法のままでも、私は強いです。だって『強すぎる魔法の力に頼るな。弱い魔法で強敵を倒せるように、頭を使え』……ですよね、ソータさん?」

「ああ。よく、そんな言葉を覚えていたな」


 そのアドバイスはオレが言ったものである。

 六年前に一緒に旅した時に、悩んでいたカレンにかけた言葉であった。

 強大な力を会得して、道を迷いそうにしていた彼女に、かけた言葉である。


「第五次魔法の“極大魔炎陣”……あの暴走から救ってくれたのも、ソータさんでした。殴ってまで、私を止めてくれました……」

「そうだったな。オレも若かったのかもしれない」


 カレンを含む六英雄は若者が多かった。

 だから危険な時も数々あった。


 強大すぎる魔法の力に溺れる者。

 強すぎる剣の力に闇に堕ちようとする者。

 権力者や金、色仕掛けんに目がくらみ迷う者。


 そんな時、彼らにゲンコツをぶちかます。それは年長者であったオレの役目であった。


 相手は強大な力を持った英雄職。オレは影職の一般人。

 だがそんなのは関係ない。同じ仲間として、オレは全力でぶつかっていった。

 仲間が道を外さないように、あえて正面からいったのである。


 今思うとは本当に若気の至りで、かなり恥ずかしい。

 当時は二十九才なのでギリギリ、若気の至りということにしておく。


「だから私は大丈夫です。心が強くある限り」


 かつて少女だったカレンは、頼もしく成長していた。

 年齢や身体つきだけではない。精神的にも強くなったのだ。


「そうだな。頼りにしているぞ、カレン」


 そんな彼女がいるから、今のオレも斥候に専念できる。

 今回の目的は調査である。

 厄介なモンスターや罠は回避して、二階の最深部を目指していく。



「ここが迷宮の最深部だ」


 オレたちは無事に目的地に到達する。サザン迷宮の二階の一番奥深い空洞。


 ここには特に、何のモンスターやお宝もない。普通の冒険者は行き止まりだと思って、引き返す場所である。


「おい、お前。本当にここに、三階層への入口があるのか?」


 魔法騎士は何もないことに、いら立っていた。

 彼らも調査団の一員と、成果が欲しいのであろう。魔術師ギルドは結果が全ての組織なのである。


「ああ。可能性は高い。少し静かにしてくれ」


 最深部の調査を開始する。

 

 オレが盗賊職として、罠や鍵穴を探す。

 アセナは匂いや違和感などを動物的な勘で。

 カレンは探知魔法を駆使して、三人で調査を開始していく。

 

「探知によると神器の痕跡は、ここから三階層にあります、ソータさん」

「なるほど。つまり、この場所のどこかに、隠し入り口があるのか」


 カレンの探知魔法は一流である。

 一緒に組んでいた時は、その力に何度も助けられていた。

 

 七人で迷宮に潜る時は、いつも二人で先頭を進んでいた気がする。

 何とも言えない懐かしい感じがした。


「カレン、ソータにくっつき過ぎ。離れて」

「そうね。私はあっちを探知してきます」


 アセナの言葉にカレンは退散していく。

 自分の師匠であるオレを離れて、アセナは寂しいのであろう。そういえば昨日から、彼女はよく頬を膨らませている。


「さて、考えろ。自分が三階層への入り口を隠すなら、どうする。厄介な冒険者の目を欺くために……」


 オレは意識を集中させて探索する。

 信じるカレンの情報によると、必ずここに入り口がある。

 

 だが長い間、誰にも発見されなかったのだ。

 その矛盾点に必ずヒントがある。


 後は盗賊職として積んできた、自分の腕を信じる。

 六英雄に追いつくために磨いてきた、自分だけの直観力を全開にする。


「なるほど。そうか。そういうことか……」


 オレの頭の中に、何かが降りてくる。直感が結びついたのだ。


「アセナ、調査を中断だ。カレンも魔法を止めろ」


 調査していた彼女たちに指示をだす。


「魔法騎士も照明魔法を消して、その場から動くな」

「何だと、キサマ⁉」

「皆さん。ここは指示を聞いてください。私からのお願いです」


 魔法騎士たちも、カレンのお蔭で説得ができた。

 オレの予想が当たっていたら、これで上手くいくはずである。


 少ししてから最下層の空洞が、真っ暗闇に包まれる。

 静寂に押し寄せて、無の空間が広がる。


「えっ……あれは……転移の門?」


 カレンが何かに気がつく。

 それは三階層への入り口であった。

 先ほどまで何も無かった場所に、転移門が突然出現したのである。


「でも何故?」

「転移門の出現には“何もしちゃいけないのさ”それが答えだ」


 この転移門は特殊な形式であった。

 出現させるためには、“調査”をしてはいけなかったのだ。

 一切のスキルや魔法を停止しないと、出現の条件が揃わないのである。


 普通なら危険な迷宮の中で、火を消して黙っている。そんなことなど不可能だ。

 その心理をついたのであろう。


 まさに冒険者殺しの罠である。

 たしかに六年前のオレも、まったく気がつかなかった。


 だが今は違う。誰よりも努力して経験を積んだ自分だからこそ、気がついたのだと思う。


「なるほど、さすがソータさんです!」


 大魔導士の彼女ですら気がつかなかった、世紀の大発見。

 迷宮の新階層の発見。

 これは魔術師ギルドでも称賛の嵐となるであろう。


 もちろんオレはそんな物に興味はない。


「さて、いくぞ。これからが本番だ」


 いよいよオレたちは幻のサザン迷宮の第三層に、挑戦するのであった。

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