第17話新しい必殺技
安息日の日曜日。新しい武器と巻物(スクロール)を購入した。
さっそく試すために宿に寄り、冒険の準備をする。
オレたちはそのままサザン迷宮に潜る。
「今日も龍鱗戦士のところか、ソータ?」
「そうだ。気を引き締めていけ、アセナ」
鍛錬の場となっていた龍鱗戦士の部屋に、二人で転移する。
転移する前はいつも、周囲に誰もないのを確認していた。
見つかっても“林檎(りんご)”の正式な発音が出来ないので、問題はない。だが見られたら色々と面倒くさい。
秘密の部屋に転移も無事に完了する。
「さあ、いくぞ!」
最初はアセナの版である。出現した龍鱗戦士に向かっていく。一騎打ちの始まりである。
彼女はレベルが8に上昇して、動きが明らかに前とは違う。
剣士として動きが、さまになってきている。
『グガガ……』
だが龍鱗戦士も普通のモンスターではない。
レベルは10。
このサザン迷宮の中でも、最高位な特別モンスターである。
魔法は使ってこないが、竜の防御力と大剣の攻撃力は凄まじい。
竜巻のような乱舞で、アセナに攻撃してくる。
「はっ! ここだ! くっ⁉ 次だ!」
アセナも成長していた。
スキルレベルを上げた“見切り”で、ギリギリの回避。そのまま攻撃スキル“一段突き”で、相手の急所を狙う。
何度も弾かれても、何度も果敢に攻め込んでいく。
高い剣技を持つ龍鱗戦士との一騎打ちは、彼女にとって勉強になる。こうした本気の命のやり取りをすることで、経験値以上に成長が出来るのだ。
オレも彼女には、剣技を教えることはできる。
だが殺気を込めた殺し合い。龍鱗戦士は今や、アセナの第二の教官となっていた。
「はっあ! よし!」
アセナの必殺の一撃が決まった。
スキルレベルの上げた“一段突き”を食らって、龍鱗戦士は塵となっていく。
これは驚いた。
彼女は最初のころよりも、かなり腕を上げていた。オレの予想以上での成長速度である。
「ソータ、飯が……“龍の鱗”がドロップしている」
「本当だな。これで四階連続か……」
また“龍の鱗”がドロップしていた。相変わらず異常なまでの、レアドロップ率である。
やはりオレの新しい英雄職が関係あるのであろうか?
もしくは銀狼族であるアセナの可能性もある。
この辺に関しては、いつか検証してみたい。
例えばアセナとのパーティーを一度解約。ソロでオレが龍鱗戦士に挑んでみる。次はアセナがソロで挑戦を。
その結果によって謎が解明するかもしれない。
だが今日はその前に、新しい装備と巻物(スクロール)のテストだ。
「さて、次はオレだ。最潜入するぞ」
龍鱗戦士は潜入するたびに、毎回湧き出るパターンのモンスター。この珍しい性質を利用して、次はオレも一騎打ちをする。
◇
迷宮を一度出て、また秘密の部屋に潜入する。
「さて、いくか」
今度はオレの番だ。気を引き締めて、湧き直した龍鱗戦士に挑む。
英雄職を得たとはいえ、オレはレベルリセットしている。
以前のレベル60に比べたら、初級者に近いレベル8。
スピード特化型で成長させているとはいえ、まだ攻撃力がもとない。
だからこそ今回の実験が必要なのである。
さて、龍鱗戦士には実験台になってもらうとするか。
「危ないぞ、ソータ⁉」
戦いは始まっていた。見守っていたアセナが、思わず叫ぶ。
無理もない。
オレは短剣も構えずに、突っ立っていたのだ。
龍鱗戦士はお構いないに、すぐ目の前に迫ってきていた。オレの頭上に、鋭い大剣が降り下される。
「助ける、ソータ!」
「アセナ、待て。大丈夫だ」
飛び出してきたアセナを、声で制する。
短剣を抜かないのは、オレの作戦。新しい戦い方を試す策である。
『グウウ!』
「ここ……だ!」
素手のまま、龍鱗戦士に殴りかかる。
だが実は素手ではない。手には買ったばかりの巻物(スクロール)を握っていた。
「“風よ、爆ぜよ”!」
拳が到達した瞬間。巻物(スクロール)の起動の合言葉を唱える。
同時に左手から光が放たれる。
カスタマイズ巻物(スクロール)が作動したのだ。
その直後。
龍鱗戦士は跡形もなく、轟音と共に吹き飛ぶ。
オレが勝ったのである。
「凄い……ソータ。あの龍鱗戦士を一撃で……」
アセナは目を丸くして驚いていた。
これまで手こずっていた強敵を、一瞬で倒したことを信じられずにいた。
「えっ……ソータ、左腕が⁉」
オレは左腕を損傷していた。
肘から先の骨は砕け、皮膚は寸断され骨が見えていた。
カスタマイズ巻物(スクロール)の爆風に、左手が巻き込まれてしまったのだ。かなりの高速で退避したつもりが、オレの動きが遅かった。
「大丈夫だ、アセナ……“治癒”」
魔術師ギルドで買っておいた、治癒の巻物(スクロール)を使用する。
温かい光に包まれて、オレの左手がゆっくりと復元していく。
この世界の魔法はかなり優れていた。
身体の部位を欠損しても、ある程度なら回復してくれる。
だが脳や心臓など、重要な無理器官の復元は無理である。また死人を生きかえさせる魔法もない。
「よかった、ソータ。でも、その巻物(スクロール)は? おかしい。凄すぎる」
消し飛んだ龍鱗戦士を見つめなら、アセナは不思議そうにしていた。
このモンスターの防御力は普通ではない。
最初の話では中級の攻撃魔法では、ダメージを与えられないはずだ。それなのに一撃で粉砕していた。
アセナから見たら、奇術でも使ったよう思えたのであろう。
「この巻物(スクロール)は極端に、カスタマイズしていた」
アセナに分かりやすく説明する。
彼女とはパーティーの仲間である。今後の戦いのために魔法についても、勉強してもらう必要があった。
「簡単に言うと、中級の風の魔法。それを暴発させた」
「暴発? 失敗だったのか、ソータ?」
「ああ。だが、威力はこの通りだ」
このカスタマイズ巻物(スクロール)は魔術師ギルドで、次のように注文していた。
『風の中級攻撃魔法。魔力安定性ゼロ。射程ゼロ。範囲ゼロ。発動時間もゼロ。それ以外の魔力を全て攻撃力に』
こんな感じである。
あえて安定性を無くして、暴発を誘導した。そのお蔭で普通は倒せない龍鱗戦士を、一撃で粉砕できたのである。
「でも、これは危険すぎる」
「そうだな。普通の者は使えない。今のオレでもこの通りだからな」
速度に特化したオレですら回避できず、左腕をもっていかれた。普通の者なら頭を吹き飛ばされて、即死であろう。
この暴発魔法の危険を、簡単に説明するなら。
“すぐに爆発する地雷を手に持って、戦車に体当たりする”
そんな感じだ。
普通の者は考えることすらしない作戦であろう。
「だが、これを極めたら、強力な技になる」
何度も挑戦してタイミングを測れば、もう少し上手くいくであろう。
最終的にはダメージを受けずに発動したい。
そうなれば圧倒的な攻撃力と、速度を両立が可能。この先の難易度の高い迷宮でも、強敵にも立ち向かえる。
龍鱗戦士以上に防御力が高いモンスターは、この大陸には沢山いるのだ。
「ソータ、少し変わっている」
「そうか? 前のオレは凡人だった。だから頭を使う。他の誰も考えない策を使う」
このゼロ距離からの暴発巻物(スクロール)は、六年前に編み出した技である。英雄の仲間に負けないように、必死で編み出した隠しワザ。
当時でも完璧に成功したことはない。レベル60の怪盗でも難しいのであった。
だが今度は出来そうな気がする。今回の新しい英雄職なら可能だと直感していたのだ。
「ソータ、誰よりも貪欲。ちなみに私は、どうすればいい?」
「アセナはそのまま剣を極めてくれ。才能がある者は、変則技を覚える必要はない」
この一週間で分かったことである。
アセナには天賦の剣の才能がある。そしてレア職業である幻影剣士も習得できた。
悔しいが彼女は本物である。更にアセナは強さに対して貪欲であり、真剣であった。
だからこそ彼女は、正規の剣を極めていって欲しい。こんな変化球を使うのは、オレだけで十分だ。
「分かった。でもソータ、その技は危ない。心配」
「そうだな。もう少し鍛えてから再挑戦する。何しろ一回で、金も吹き飛ぶからな」
カスタマイズ巻物(スクロール)は非常に高価な品である。
今は運よく“龍の鱗”がドロップしているので何とかなる。だがドロップしない時は、どんどん赤字なっていくのだ。
「赤字⁉ それは、まずい。ご飯が食べられなくなる! 私、強くなる」
食いしん坊のアセナは、更に強くなることを誓う。一応はオレの身体のことも心配してくれているのであろう。
オレもこの暴発技を多用する考えはない。
どうしても勝てない強敵に対峙した時。その時の必殺技にしておく。
本来なら勝てない相手に、立ち向かうのは愚策である。
だが迷宮ではどんなアクシデントが起こるか想像もできない。ありとあらゆる策を用意しておく必要があるのだ。
「さあ、ソータ。迷宮の探索をしよう。ご飯のために」
「そうだな。少し稼ぐとするか」
左手は病み上がりだが、簡単な探索くらいなら出来る。
今日は回復するまでは、アセナの新しい剣に頼ることにした。
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