第16話魔術師ギルド
安息日である日曜日。装備を整えるために、アセナと買い物を続ける。
武具の次は魔術師ギルドに向かう。
「ここが魔術師ギルドだ」
「変わった建物?」
サザンの街に中央に位置する塔の中に、魔術師ギルドはある。
アセナが言うようにたしかに変な形の塔。この世界の魔術師たちは少し変わっていた。
冒険者などの一般の者は、一階の受付で買い物できた。二階より上は研究所や魔道具が置かれているという。
「今日はここで魔術の巻物(スクロール)を買っておく」
「巻物(スクロール)? 初めて聞いた」
「魔法の仕えないオレたちに、便利な品だ」
初めて耳にするアセナに、簡単に説明する。
巻物(スクロール)は魔法が込められた、使い捨ての魔道具である。貴重な魔術師がいないパーティーでは、緊急時に使ったりする。
かなり便利に品なので、オレも何個か購入しておきたい。
欠点としては、初級から中級までの魔術しか込められない。威力も本職の魔導士よりも低くなる。
また魔術師と同じように、古代語のマスターしていないと使えない。
そして結構高額である。
例えるなら一回通話だけの使い捨ての高額なスマホ。そんな感じで高級品である。
「古代語のマスター? 私には無理」
「そうだな、アセナ。普通の前衛職には無理だな」
古代語のマスターには膨大な時間と、努力を要する。筋肉脳の近接職にはマスターすることは難しいであろう。
また魔術師は自分で魔法を唱えることができる。
だから魔術師で巻物(スクロール)を使う者は、滅多にない。自分で唱えた方が、効率がいいからである。
「それなら誰が巻物(スクロール)を買うのだ、ソータ?」
「ほとんどいない」
「魔術師ギルド、変わっている」
「だから変わっていると言っただろう」
魔術師ギルドにとって巻物(スクロール)は、研究の成果でしかないのだ。特にそれで利益を取ろうと思ってもいない。
世間一般の市民に、自分たちの偉業を知らしめる。彼らには承認欲求が何よりの利益なのであろう。
「話は長くなった。さあ、中に行くぞ」
「中は難しそう。私は静かにしておく」
アセナに説明が終わったタイミングで、魔術師ギルドの中に入っていく。
薄暗い受付のある部屋に入っていく。
受付の青年の他に、ギルド職人が数人いた。青年はこちらを、ジロりと見つめてくる。
自分たちの他に、客は誰にもいない。いらっしゃいませもない。
相変わらず閉鎖的なギルドの雰囲気である。
だが空いているのは有りがたい。さっそく目当ての品を買いに行く。
「巻物(スクロール)を何本かくれ。ここに書いてある」
「……分かりました」
じろりと睨まれたのは、オレが明らかに盗賊職だからであろう。普通の盗賊職は巻物(スクロール)など購入しない。
オレの提示した巻物を、受付の青年は裏に取りにいく。
たしか巻物は結界によって厳重に保管されているはずだ。それにこの塔自体も結界が張られていた。
ちなみに今回頼んだ巻物は、
“状態以上の回復”
“怪我の治癒”
“広域の火炎弾(中級)”
の三種類である。
最初の二種は回復職といないパーティーには、必須のアイテムである。
また“広域の火炎弾(中級)”はモンスターの大軍に囲まれ時に使う。巻物を放ってから、隙を見て逃げ出す作戦である。
「……一応、確認を」
「ああ。大丈夫だ。術式も上質だな」
「えっ? 古代語を読めるのですか?」
持ってきた巻物を確認する。オレが古代語を読めると知って、青年は表情を崩す。
明らかに盗賊職であるオレに古代語の知恵があるとは、思っていなかったのであろう。
何しろ普通の盗賊は、迷宮の古代のお宝の価値を知らない。金銀財宝にしか目がないのだ。
青年が上機嫌になったところで、もう一つの巻物を頼んでおこう。金は全部先払いにしておく。
これで龍の鱗を売った金が全て消えてしまった。やはり巻物(スクロール)は高い。
「ちなみにカスタマイズ巻物(スクロール)は注文できるか?」
「はい、三大合計値の範囲でしたら」
「それならこれの配合で頼む」
「こんな極端のを⁉ はい、分かりました」
青年は驚いた顔をする。だが事務的に奥の部屋に下がっていく。
たしか奥の部屋にはサザン魔術師ギルドの所長がいるはずだ。
特別注文であるカスタマイズ巻物(スクロール)は、所長レベルでないと作成できないのだ。
作成に数分かかるはずだ。
アセナと待合室で待機する。
「カスタマイズ巻物(スクロール)とは何だ?」
宣言通り静かにしてアセナが、疑問を口にする。初めて聞く単語が、気になったのであろう。
好奇心があることは、冒険者としていいことである。
「魔術の巻物(スクロール)には、大きく三つの要素がある。威力と射程と効果範囲だ」
アセナに分かりやすく説明をする。
例えば炎系の攻撃魔法。
射程距離が長く、効果範囲が狭く、威力がやや高めなのが“火炎弾(中級)”
効果範囲が広く、射程がやや長く、威力がそこそこなのが“広域の火炎弾(中級)”
魔力の関係で、そんな感じで一長一短になってしまう。
だから“射程がかなり長く、効果範囲がかなり広く、凄まじい攻撃力の爆炎巻物”
こういった全部が優れた魔術は、込められないのである。キャパオーバーで巻物(スクロール)自体が、暴発してしまうのであった。
「なるほど、分かった」
「そうかアセナは賢いな。ちなみにアセナだと、どんな巻物が欲しい?」
「私は剣士だ。だから“広域の火炎弾(中級)”があれば便利だ」
スピードのある剣士は一対一で戦いでは、絶対的に有利である。
だがアセナが心配するように、大人数の相手は不利となる。
そのため巻物(スクロール)を買う多くの者は、“広域の火炎弾(中級)”を購入するであろう。
「ソータはどんな巻物(スクロール)、注文した?」
「それは迷宮に行ってからの、お楽しみだ。おっ? 完成したらしいな」
受付の青年が戻ってきた。
その手には頼んでおいたカスタム巻物(スクロール)が握られている。
どうやら上手くいったようである。
「はい、これです。でも本当にこんな危険な巻物を、使うのですか? 死んでしまいますよ?」
青年は心配していた。
やはり魔術師にとって、この巻物の内容は非常識なのであろう。
おそらく冒険者で頼んだ者も、今までいないであろう。
何しろ自殺行為にも等しい、カスタムの内容なのである。
「大丈夫だ。上手くいったら、また買いにくる」
これで今日の買い物は済んだ。
青年と別れを告げて、魔術師ギルドを後にする。
「さて、これから迷宮に行くぞ」
「安息日なのに? でも楽しみ!」
暇そうにしていたアセナが、笑顔になる。
今日は朝から武具と魔術師ギルド。買い物だけであった。
彼女は買ったばかりの曲刀の威力を、確かめたいのであろう。
それはオレも同じであった。
カスタマイズ巻物(スクロール)の性能を、早く試してみたかった。
こうしてオレたちは新しい武器の試しに、サザン迷宮に潜るのであった。
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