第11話一段飛ばし
サザンの街に来てから、二日目の朝がやってくる。
窓から差し込む朝日で、オレは目を覚ます。
「ん……熟睡していたのか?」
ベッドの上にいた自分の状況を確認する。
不覚にも爆睡していた。昨夜の記憶が途中からない。いつもなら危険を感知するために、意識は半分だけ起こしているのに。
念のために窓と入口の鳴子(なるこ)を確認するが、異常はない。
「この二日間で、オレも疲れていたのかもしれないな……」
龍王山脈でのレベル0への決意。時空の女神との再会と英雄職。
銀狼族の少女アセナとの出会い。冒険者登録とパーティー編成。再スタートして初めての迷宮への挑戦。
本当に目まぐるしく、色んなことがあった二日間であった。
オレも精神的にも疲れていたのかもしれない。そして五年間の心の負の重りが外れて、気が緩んでいたのかもしれない。
「さて、身体は大丈夫そうだな」
ベッドから上半身を起こして、寝起きの自己検診をする。
おや、いつもの腰の痛みは全くないぞ?
もしかしたら、これも新しい英雄職の補正のお蔭か? 身体能力の上昇と共に、肉体年齢も若くなったのかもしれない。
これはかなり有りがたい。
「ん? それにしても、この柔らかいのは何だ?」
左手の調子を調べていたら違和感があった。手のひらに、妙に柔らかい感触がある。
それはマシュマロのようでもあり、絹のような滑らかさもある。
もしかしたら、これも英雄職を得た影響なのか?
……いや、そんな、ハズは無い。
「おい、アセナ。起きろ」
もちろん英雄職にそんな力はない。
シーツの下に隠れていた人物を起こす。
「ん……ソータ。おはよう。朝か?」
「おはようじゃない。何でオレのベッドで寝ている? それに何で裸なんだ⁉」
マシュマロの正体はアセナであった。
一糸まとわぬ姿の、胸の感触である。しかも意外と大きかった。
おかしいぞ。昨夜は隣のベッドで寝ていたはずなのに、いつの間にか侵入していたのだ。
もちろん昨夜は淫らな行為などしていない。
就寝の時、アセナは寝間着を着ていたはずだ。
「銀狼族は裸で寝る。当たり前。それに昨夜、少し寂しかった……」
彼女は里の同胞を、数日前に皆殺しにされていた。両親をはじめ、仲のいい友達も全て。
その時の悪夢でも見たのであろう。アセナの頬(ほお)には涙の跡があった。
強い銀狼族とはいえ、まだ成人前の少女。夜は不安になってしまうのであろう。
これは仕方がないな。ベッド移動も、しばらくは許してやるか。
「その代わり服は着てくれ、アセナ」
「分かった。服は着る。ありがとう、ソータ!」
アセナは満面の笑みで抱きついてくる。
まだ全裸のままなので、オレは視線を上にそらしておく。
三十五歳の中年とはいえオレも男。朝から刺激的なことは非情に困る。
「とにかく朝の準備だ。早く服を着ろ」
全裸のままでは冒険には行けない。冒険の服や日用品は、昨日の内に一通りは買ってある。
「準備、終わった。今日はどこに行く、ソータ?」
二人とも着替えと準備が完了した。朝食は宿の軽食を、無限袋に詰め込んでおく。
「今日はサザン迷宮の、地下二階層に行く」
「二階層? ギルドの警告を無視? 大丈夫なのか」
アセナが疑問に思うのも無理はない。
公的な機関である冒険者ギルドは、ある程度の指示を冒険者に出している。
その一つが迷宮の推奨レベルの公開。冒険者レベルとパーティーランクに合わせて、階層を推奨がいるのだ。
例えば、昨日コボルト狩りをした場所は推奨レベル1~3。オレたちFランクでも適正である。
だが、これから行こうとする二階層は、最低でも全員のレベルが5以上。人数も四人以上。ランクもE以上が推奨されている。
まだレベル2のオレたちには危険なことを、アセナは心配していたのだ。
「それは大丈夫。オレを信じろ」
「分かった。ソータを信じる」
アセナは素直に従ってくれる。今朝の裸体のように、少し変わったところがあるが、基本的にはいい子である。
「よし、行くか」
「うん、いくぞ!」
宿屋から聖教会経由で迷宮に向かう。
まだアセナには言っていないが、今日から一段飛ばしでレベルを上げていく。
昨日の戦で、互いの戦闘スタイルと能力は把握できた。
予想以上にアセナの戦闘能力が高かった。そのため当初の育成計画を変更したのだ。
今日の戦いはかなり危険である。
だが上手くいけば、一気にレベルを上げていくことができる。あとはアセナの頑張り次第といったところだ。
さて、どうなることか。
少しの不安と期待を胸に、サザン迷宮へと潜っていくのであった。
◇
昨日と同じように、サザン迷宮の一階に転移する。
基本的に転移する場所は、毎回同じである。
転移門の周辺だけは、聖教会による結界がある。いわゆる安全地帯であり、いきなりモンスターの襲撃を受ける心配はない。
また地上の街にモンスターが転移する心配もない。
安全地帯からアセナと移動を開始する。
モンスターに警戒しならが、昨日とは逆の方向に進んでいく。
「あった、ここだ。懐かしいな。ここから地下二階層の、とある部屋に転移できる」
たどり着いた先は、一階層のひと気のない行き止まりであった。
「ここか? 何もないぞ、ソータ?」
アセナが首をかしげるのも無理はない。
ここは周りには全く何もない袋小路。どう見ても間違ったルートである。
「たしかに一見すると行き止まり。オレしか知らない転移門だ」
ここは普通の冒険者では、見つけることが出来ない転移門が存在している。
六年前、オレがここを見つけたのも偶然であった。強くなりたいために、一人で鍛錬していた時。サザン迷宮を探索していた時に、偶然発見したのである。
「さあ、アセナ、転移するぞ。オレに掴まれ」
「分かった」
「いくぞ……“林檎(りんご)”」
オレが秘密のキーワードを唱えた次の瞬間。
自分たちは眩しい光に包まれて、別の場所に転移していた。ここが目的の二階層の秘密の部屋である。
「すごい……でも、なんで?」
「ここは合言葉で起動する、隠し転移門だ」
この秘密の転移門は、キーワードで作動する仕組みである。
合言葉は“林檎”
この異世界には無い果物の名前だったのだ。
六年前、さっきの場所で喉が渇いてオレは、思わず林檎と呟いた。それで偶然、転移門が作動したのである。
なぜ林檎がキーワードは謎である。もしかしたら迷宮を作った古代には、林檎が生息していたのであろうか?
「イ、インゴ……発音、難しい。いつか私も食べてみたい」
食べ盛りであるアセナは、ゴクリと唾を飲み込む。
林檎という日本語の発音は、この世界の者にはかなり難しい。だから転移門を誰も見つけられなかったのであろう。
「さて、目的のモンスターが来たぞ。アセナ、気を引き締めていけ!」
「分かった!」
モンスターの接近を感知した。オレたちは短剣を構えて、戦闘態勢にはいる。
こちらにゆっくりと近づいてくる、大きな人影があった。
「あれは戦士のモンスターか、ソータ?」
「そうだな。龍鱗(りゅうりん)戦士だ。中身はない。生きた鎧だ」
龍鱗戦士は武器を持った人型のモンスターである。
ドラゴンが大地に落とした一枚の鱗。それが戦士の怨念と融合した存在だと言われていた。
「気を付けろ。推奨冒険者レベルは10だ」
「10……だと?」
アセナが言葉を失うのも無理はない。オレたちは二人ともレベル2。
龍鱗戦士は有りあえない強さのモンスターである。
このサザン迷宮の地下二階層。そこにボス級と同じ推奨レベルなのだ。
「レアキャラというか、隠しモンスターだな」
唖然とするアセナに説明する。
龍鱗戦士はサザン迷宮でも、この部屋にしか出現していない。
つまり先ほどの“林檎の転移門”。あれを使える者しか出会えないレアモンスターなのだ。
「今日からこいつを倒して、一気にレベルを上げていく」
この世界ではモンスターによって経験値が違う。
だが必ず大きいな経験値を得る裏技が存在していた。
それはレベル差を利用したレベリング。レベル差が大きいモンスターを倒すと、大きな経験値を習得できる法則を利用するのだ。
オレたちはまだレベル2になったばかり。レベル10の龍鱗戦士を倒せたなら、かなりの経験値が手に入る。
「だが、危険の方が大きい。このレベル差だ。一撃で食らうと即死だ。どうする、アセナ?止めるか?」
オレは龍鱗戦士を倒すことが出来る。
だが問題はアセナである。誰よりも強くなりたい! そんな彼女の意思に問いかける。
「ソーマを信じる。あの魔剣使いを倒すために、死ぬ気で頑張る」
アセナは今回の育成方法を信じてくれた。
これはかなり有りがたい。
何故なら龍鱗戦士を倒す上で、一番邪魔なのは恐怖心である。恐怖心は動きを鈍らせて、注意力を散漫にする。
彼女のオレへの思いは、信仰心にも近い。これは今後も大きな武器となるであろう。
「でもアレ、どう倒す? かなり強そう」
「龍鱗戦士の特徴は、極度に高い防御力と攻撃力だ。レベル2程度の攻撃は通じない」
龍鱗戦士は頑丈で強い。さすがは龍の鱗から誕生した戦士である。
「だから作戦はこうだ。相手の攻撃をギリギリで回避して、反撃する。それだけだ。それを何度も繰り返して、クリティカルを狙う」
クリティカルとは急所攻撃である
人間相手なら喉や心臓などの臓器。モンスターでも重要な内臓器官や魔石のある核。そこに当たると強力な攻撃となる。
「たしかに龍鱗戦士の攻撃は激しい。だがオレとアセナの回避力なら何とかなる。オレを信じろ」
「分かった。ソータを信じる」
アセナから恐怖心が消えていく。
近くまで迫ってきた龍鱗戦士に、その意識を集中させていた。
これは素晴らしい集中力である。生き残ればアセナは必ず強い剣士に育っていくであろう。
「さて、まずは師匠であるオレが、手本を見せる」
ゆっくりと接近してきた龍鱗戦士の前に進みである。
ここからは奴の間合い入る。いきなり素早い攻撃が来るはずだ。
「ソータ、上だ!」
後ろで見ていたアセナが、思わず叫ぶ。それほどまでに急で激しい攻撃がきた。
こうして命を賭けたレベリングが始まったのである。
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