第10話:冒険を終えて

 冒険者として再スタートした初日が、無事に終わる。

 迷宮から脱出したオレたちは、冒険者ギルドへ向かうことにした。


「コボルト狩が終わったぞ」

「えっ? あなたたちは先ほどの? 随分と早いですね」


 コボルト狩りのクエストを受けたのは、今日の昼頃である。

 今回の依頼はFランクの初心者なら、数日かかる内容。それをたった半日で終わらせたことで、受付嬢は驚いている。


「それでは、魔石を確認します」


 コボルから採取した魔石を鑑定してもらう。

 魔石にはモンスターの情報が残っている。それを専用の魔道具で確認できるのだ。

 一緒に二人の冒険者カードも提出しておく。


「はい、本当にコボルト5匹でしたね。では報酬を確認してください」


 驚いている受付嬢から、冒険者カードを返してもらう。

 記入された金額を確認する。きちんと振り込まれており異常はない。


「それにしても、たった二人でコボルトを五匹も? 随分と手際がいいですね?」


 受付嬢は不思議そうに尋ねてきた。

 この世界の冒険者のパーティーは、四人~六人くらいが一般的。

 あまり人数が少ないと、モンスターの群れに囲まれた時に、全滅の危険性がある。

 

 また人数が多すぎると、狭い迷宮の中では戦いにくい。それに依頼料と経験値の一人当たりの分け前の減ってしまう。

 だから四人~六人の適正人は、自然と決まったものなのであろう。


「運が良かっただけだ」

「そうですか。せめてパーティーの人数を、あと二人くらい増やしてみませんか? 危険回避のために?」

「今のところは大丈夫だ。何かあったら世話になる」


 受付嬢の提案をやんわりと断る。

 あまり言葉を強く拒絶するのは、今後の関係のためによくない。


 だが受付嬢のアドバイスも一理ある。

 初心者の冒険者が迷宮で死亡するは、ギルドとしても好ましくない。死亡率が高くなるだけ、ギルド支部の評判が悪くなるからだ。


 だがオレは今のところ、急いでメンバーを増やす考えはない。まずはアセナと連携して、レベルアップに精を出すのが先決である。

 急増のパーティーの連携が採れずに、全滅した話など何度も聞いてきた。

 もしも今後の冒険で困ったのであれば、新しいメンバーを探す。それが良策であろう。


「おっさんたち、もう依頼を完了したのか?」


 用が済んだので、ギルドを出て行こうとした時である。

 聞いたことのある声に、呼び止められた。


「お前たちは、さっきの……」


 話しかけてきたのは、昼に絡んできた四人の若者たちである。

 アセナは狼耳を立てて警戒しているが、今度は相手に悪意は無い。純粋に仕事の早すぎるオレたちに、驚いているようだ。


「運が良かっただけだ。そうだ。これを換金して、お前たちも酒でも飲め」

「これは……魔石? いいのか、おっさん?」

「ああ。『汝(なんじ)の幸運を、隣人に分け合うべし』だろう?」

「それは運命神ラダック言葉……こっちこそ、さっきは悪かったな、おっさん」


 六柱神の一人“運命神ラダック”の教えに例えて、若者たちを納得させる。

 相手がラダックの護符を身につけていたのを、オレは見逃さなかった。信じる神の教えだからこそ、彼らも素直に魔石を受け取ったのだ。


「おっさん、ありがとな!」

「ああ」


 そのまま適当に返事をして、ギルドを立ち去っていく。


「ソータ。せっかくの魔石、あんな奴らに、なぜ渡す?」


 黙って付いてきていたアセナは、少し不機嫌であった。

 昼間喧嘩を売られた相手に、魔石を渡したこと。それが納得いかないのであろう。

 ほおを膨らませて怒っていた。


「冒険者は危険な職業だ。だから、あれは保険だ」

「保険?」

「ああ。味方は多い方がいい。あえて敵をつくることはない」


 冒険者とは孤独で、危険な職業である。

 何しろ凶暴なモンスターの救う迷宮の中に、たった数人で挑まなくてはいけない。


 時には、罠にかかり数日間、抜け出せなくなることもある。

 時には、予想外のモンスターの群れに囲まれ、絶体絶命になることもある。


 そんな時こそ、こうした保険は大事なのだ。

“同じ冒険者仲間を助ける”

 パーティー以外の冒険者にも、そう思わせることが必須。いわゆる先行投資というヤツだ。


「なるほど。保険か。分かった」

「それにアイツらは血気盛んで、なんか似ていたからな……」


 あえて口にしないが、彼らのような直情的な若者は嫌いではない。

 六年前の自分たちを見ているようで、どこか懐かしもある。

 今の自分は中年となり、挑戦心が枯れ果てる寸前。

 だから若者たちと接しているだけで元気が出てくる。忘れかけていた冒険心が、こうして甦ってくるのだ。


「似ていた? 誰に?」

「さあな。宿を探しにいくぞ」

「まて、置いていくな!」


 しつこく聞いてくるアセナを流しながら、今宵の宿を探しにいくのであった。



「今日の宿はここにしよう」

「なんか、普通」

「普通が一番だ」


 今日の寝床を決めた。

 価格的は安くも高くもない、冒険者向けの宿である。

 昨夜のように、あまり安すぎる宿に泊まるのは危険。宿自体が賊の仲間である危険もあるのだ。


 今日の宿は、その辺は大丈夫であろう。受付嬢から事前にお墨付きをもらっていた。

 オレたちは宿に入り、宿泊の手続きをする。


「いらっしゃい。部屋は一つでいいのか?」

「そうか。部屋か……」


 宿屋の女将の問いかけで、大きな問題に直面した。

『アセナの泊まる部屋を、今後どうするか?』

 これはかなり難問である。

 何しろ彼女は未成年の少女。中年である自分とは、親子ほどの年の差がある。


 そういえば、この六年間で、女性と二人きりでパーティーを組んだことはない。必ず男女数人のパーティーとなっていた。

 だからこんな問題が起きるとは、想定していなかったのだ。


「二部屋だと高くなるのか、ソータ?」

「もちろん。そうだ」


 一人部屋が二つとなると、単純で二倍近い金額にある。今後のことを考えたら、どうするべきか悩みところだ。

 さて、いったい、どうしたものか。


「それなら相部屋で」

「あいよ、お嬢ちゃん。鍵はこれ。部屋は二階だよ」

「おい、アセナ。待て⁉」


 オレが悩んでいる間に、アセナが勝手に決めてしまう。

 女将に鍵を貰って、一人で二階の部屋に進んでいく。


「おい、待て、アセナ」


 宿の廊下で、もめるのは迷惑なる。

 部屋に入ったところで。アセナに問い詰める。

 いくら親子ほどの年の差があるとはいえ、自分たちは未婚の男女。一緒の部屋に泊まるのはまずい。


「ソータは尊敬する師匠。部屋でも冒険者の心得、教えて欲しい」

「そうか。それなら仕方がない」


 アセナは色々と覚えることがある。

 人族の風習や、冒険者として知識など。それらは座学として部屋で学ぶ方が、たしかに効率がいい。


「それにソータに、この命を救ってもらった。大きな恩がある。ソータが望むなら、私の乙女の全て……それを捧げる覚悟はある」


 乙女の純潔を捧げるだと?

 ちょっと、待ってくれ。オレにそんな下心は全くない。

 もしかしたら今どきの女の子は、こんな風に軽く言ってくるのであろうか?


 いや……違った。


 アセナの両手は震えていた。

 その震えを必死で止めようとしている。


 彼女は本気なのだ。

 自分の命を救ってくれた相手に、精一杯で恩返しがしたい。

 勇気を振り絞って、口にした言葉なのであろう。


 軽くと思った、オレの方が浅はかだった。

 申し訳ない気持ちになる。同時にアセナの一生懸命さに感動した。


「その気持ちだけで、今は十分だ。アセナが成人した後に、また考えておく」


 一生懸命に尽くすと言ってくれた、アセナの髪を撫でてやる。

 彼女は銀狼族の絶世の美少女。中年だがオレも健康的な一人の男である。

 だが今は彼女の気持ちだけでも嬉しかった。


「成人するまでか。わかった。頑張って、大人になる」


 頭を撫でられアセナは、ほっとした表情になる。手の震えも止まっていた。

 もしかしたら彼女なりに、本気の覚悟だったのかもしれない。


ぐー。


 その時。

 何かの音が、部屋中に響き渡る。


 これは腹の虫の音。だが自分のでない。

 つまり犯人は他に一人しかいない。


 そう。赤い顔で恥ずかしがっている銀狼族の少女である。


「部屋代も節約できたし、今宵の飯は肉でも食いにいくか?」

「肉か? 本当か? 肉は大好きだ!」


 アセナは飛んで喜ぶ。

 本当にコロコロ表情が変わる少女である。


 先ほどは乙女の覚悟を決めた顔。

 迷宮では復讐心を剣に秘めた幻影剣士。

 今は子どものように大喜びする笑顔。


 きっと、その全てが彼女の本当の表情なのであろう。


「肉、楽しみ。そうだ。節約のため。明日からベッドも一つにしよう。その分だけ、肉が多くなる!」


 訂正する。どうやら純粋無垢な、ただの食いしん坊だったかもしれない。


「ダメだ。ベッドは別々じゃないと、オレは寝られない主義だ」


 もちろんベッドは毎回別々のツインルームにする。ちゃんと睡眠を取らないと、疲労回復に大きな差が出てしまう。


 それにこんな美少女が隣で寝ていたら、オレの理性の方が大変だ。

 間違いなく寝不足になってしまうであろう。


「分かった。さあ、肉に行くぞ、ソータ」

「あまり走るな。転ぶぞ」


 こうして冒険者として再スタートした初日。その夜が無事に終わるのであった。

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