第9話:初めての迷宮
冒険の準備は整った。
オレたちは街の地下にある古代迷宮に向かう。
「迷宮にはここから行く、アセナ」
「さっきの聖教会から?」
「ああ、そうだ」
街にある迷宮に潜るには、聖教会経由となる。教会が管理する転移門から、真下にある迷宮に潜入するのだ。
ちなみに地下に潜る転移門は無料である。
「さあ、いくぞ」
「おお、光が?」
アセナと二人で転移門を使用する。
眩しい光に包まれた同時に、違う景色の場所に転移する。初めて転移門を体験したアセナは、かなり驚いていた。
「ここが迷宮? 意外と明るい」
「光は発光レンガのお蔭だ。ここは低ランクでも安心だ」
サザン迷宮は瘴気が薄い部類の迷宮になる。その為あまり強いモンスターは湧いていない。
全部で地下二層までの初心者向けの迷宮である。古代からの光源もあり、松明や魔法で照らす必要はない。
「そういえばアセナの夜目は?」
「ばっちりだ。銀狼族は夜目が効く」
発光レンガも万能ではない。死角の物陰にも暗闇も多い。
アセナの両目が暗闇で微かに光っている。なるほど狼の獣人族だけに夜行性なのであろう。
「それは助かる」
オレもある程度の夜目は利く。だが獣人族である彼女には、敵わないであろう。
基本的に獣人族の方が、人族より筋力や感知力などは優れている。人族は野生の多くを失っていた。
そんな人族が勝っていることいえば器用さと魔力の高さ。あと繁殖力ぐらいであろう。
「さて、準備はいいな? まずはコボルト退治に向かう」
「コボルト? あいつら、嫌い」
コボルトは犬の顔をした、二足歩行のモンスターである。人より小柄でナイフや盾で武装しているが、力や技術はない。
迷宮以外でも荒野や樹海の生息している。
眉をひそめたアセナたち銀狼族にとっても、嫌な相手なのであろう。
「そう言うな。低ランクの冒険者にとって、コボルトは有りがたい存在だ。たしかこの先に、湧き出し易い場所があったはずだ」
六年前の記憶を頼りに、迷宮を進んで行く。
この大陸の迷宮は基本的に形が変わらない。それに瘴気の密度によって、湧き出すモンスターの強さが決まっていた。
地下に深く行くほど瘴気は濃くなる。つまり強いモンスターが湧いているのだ。
「いた、あそこだ」
しばらく進み、遠目にコボルトの集団を見つける。
数は三匹ほど。どこか向かおうとしている。
「コボルト、嫌な顔」
「そうだな、アセナ。それがモンスターというものだ」
コボルトも獣人と同じ獣顔の二足歩行である。だが存在自体が全く違う。
何故ならモンスターは瘴気によって生み出される。奴らに自我はあるが、生まれながらの悪意をもった存在なのだ。
「どうする、ソータ? 正面から突っ込むのか?」
「それも悪くない。だが冒険者は騎士ではない。冒険とは言わば狩りだ。」
初めての戦いを前に、アセナに心がけをレクチャーする。
彼女には銀狼族としての強い誇りもある。
だが大事なのは勝つことよりも、仲間が生き残ること。そのために常に頭を働かせろ。
数の多い相手の裏をかき、嫌がることを常に考えろと教える。
「相手の裏をかく。なるほど。私に足りないもの」
「そうだな。アセナは素直すぎる。戦いの時だけは非情になれ」
「わかった、ソータ」
レクチャーの時間は終わった。いよいよ狩りの時間のスタートだ。
「いくぞ、アセナ。迷宮内の風向きにも気を付けろ」
「わかった」
迷宮内には独特の風の流れが存在する。それに気を付けて、獲物に接近していく。
狙う獲物は三匹のコボルトの集団。背後に二人で回り込むように移動する。
オレは怪盗のスキルを失ってはいたが、この程度なら問題はない。六年間、必死で鍛錬してきた技が身体に染みつている。
アセナの方も見事な忍び足で付いてきている。この辺りの種族補正があるのであろう。人族から見たら羨(うらや)ましい限りである。
「攻撃を仕掛ける。まずはオレが奇襲をかけて囮(おとり)に。アセナは後方に回り込んで挟撃だ」
「分かった」
初戦ということもあり、シンプルな作戦でいく。
背後からの奇襲と挟撃の二段構えの策だ。
今回は勝つというよりも、実戦的な訓練に近い。
オレとアセナの職業の適正の確認。あとパーティーとしての課題、それを探すための実戦テストだ。
「さて、そろそろいくか」
腰の魔道袋の中から、弓と矢を取り出す。
これは冒険者ギルドの隣の商店で、買っておいたもの。名もない初心者用の弓である。
今のオレには弓射撃スキルはない。だが、今まで弓の鍛錬も積んできた。この距離では外すことはないであろう。
ただし本職のように連射はできない。数発放ったら接近戦に移行する予定だ。
どうやらアセナが無事に回り込んだようだ。さて、作戦を開始するとするか。
「はっ!」
気合の声と共に、矢を放つ。
矢は軽く放物線を描いて、コボルトに突き刺さる。攻撃を受けたコボルトは、絶叫しながら振り返ってきた。
致命傷は与えられなかった。だが今のオレのレベルなら、当てただけでも上出来である。
「ブギャァアア!」
三匹のコボルトは咆哮を上げながら、こちらに斬り込んでくる。
知能の低い奴らは、相手が一人で格下だと、見下しているのであろう。なんの工夫もなく突進してくる。
「撃てたのは、三発か」
合計で三回の弓矢で攻撃できた。
一応は全弾命中したが、コボルトはひるんだ様子はない。接近戦に持ち込めば数の差で、勝てると見込んでいるのであろう。
「さて、次に移るとするか」
オレは弓を投げ捨て、短剣を構える。
ここからは接近戦の間合い。三匹のコボルトは咆哮を上げながら、同時に襲いかかってきた。
「相変わらず元気な連中だな。だが、遅い!」
三匹の初撃を、全て短剣で受け流す。
一見すると三方向からの同時攻撃。だが、よく見ると雑すぎる。連携も技も何も無い。
「ふむ……オレの身体は悪くはないな」
戦いながら自分の状況を確認する。今までの戦闘データが、頭と身体に染み付いていた。
「ブギャァアア!」
初撃を余裕で回避され、コボルトたちは逆上する。
こちらを取り囲むように、連撃を繰り出してきた。オレはまた寸前で見切って回避していく。
あえて反撃はせずに、回避に専念する。
「なるほど。やはり素早さ特化型か? 戦い向きだな」
回避に専念しているのは、新しい英雄職の補正を確認していくためだ。そのお蔭もあり戦闘タイプであることが実感できた。
「さて、そろそろいいか」
時間稼ぎと初戦のデータの収集は終わった。
ここまでくればコボルトに用はない。
隠れているアセナに、指笛で合図をだす。コボルトは彼女の経験値になってもらおう。
「待たせすぎだ、ソータ!」
「悪いな。まずは好きなように戦ってみろ」
これはアセナの初の実戦である。コボルト相手に好きなように暴れてもらう。
「ブギャァアア!」
一匹のコボルトが背後からの奇襲に気づき、アセナに向かっていく。
「はぁあ!」
彼女はコボルトを一撃で斬り倒した。
初めて出会った時とは違い、見事な剣筋の一撃である。
これが彼女の選んだ幻影剣士の力なのであろう。
小手先技ではなく、突進力と攻撃力に特化した冒険職なのかもしれない。
「さてオレも、一匹だけもらうとするか」
彼女に影響を受けて、自分の新しい英雄職の攻撃力を調べたくなった。
混乱するコボルトに狙いをつける。悪いがオレの経験値になってもらおう。
「ここだ!」
コボルトの攻撃を寸前で回避。同時にカウンターの応用で一撃を食らわす。
急所を貫かれたコボルトは絶命する。
ふむ、なかなかの攻撃力だ
固有スキル2の『流星』に『素早さプラスのn%を攻撃ダメージに加算』と書いてあった。
おそらく素早さプラスされる度に、攻撃力も加算されていくのであろう。
『n%』という数字は不明だが、これもレベルアップしていけば推測はできる。
「ソータ、私は二匹、倒した。私の勝ちだ」
アセナは満面の笑みを浮べている。いつの間にか二匹目のコボルトも仕留めていた。
初戦とは思えない見事な戦果である。
「ソータ、見ろ。コボルト、消えていく?」
「それは浄化だ。これがモンスターと野生の獣の大きな違いだ」
死んだコボルトは時間と共にチリとなっていく。この世界のモンスターに共通した死に方である。
瘴気によって湧き出したモンスターは、死んでも死体が残らない。一方で野生の獣は普通に死体が残る。
「なんだ、肉は食えないのか?」
アセナが少しがっかりしていた。
銀狼族は肉を好む種族。森で狩られた獣肉を、彼女も好んでいたという。もちろん食べる時は、ちゃんと調理していたらしい。
「安心しろ、アセナ。モンスターは肉は無いが、コレを残す」
「それは石?」
「ああ。これは魔石(ませき)だ」
モンスターは倒すと、必ず魔石をドロップする。これは瘴気の結晶であり、モンスターの生命の源であった。
強さによって魔石にもランクがある。最低ランクのコボルトは小さな魔石をドロップしていた。
「でも石は食えない。アセナでも知っている」
「魔石は冒険者ギルドが買い取ってくれる。つまり飯に変わる」
魔石は魔力(マナ)を含んだ貴重な素材。人工的には作れないので、冒険者ギルドが金と交換してくれる。
魔石は魔法の媒体に使われる。また生活魔法の電池的なものとしても、使用されていた。
「そうか。この石が飯に……ごくり」
「二個はアセナが持っておけ。止めを刺した者が、貰う権利がある。冒険者ルールだ」
冒険者ルールというものが存在していた。
『魔石は止めを刺した者が貰うべし』
前衛は常に危険に晒され、死亡率がかなり高い。それ故に生み出されたローカル・ルールである。
一方で冒険者ギルドから受け取るクエスト金は、全員で山分けなのだ。
「なるほど。それならドンドン倒して、ドンドン飯をだ。ん? 何か頭の中に、声が聞こえるぞ、ソータ?」
「おそらくレベルアップの啓示だ。聖教会で職業を選択した時と、同じ声だろう?」
「そうだ。幻影剣士のレベル2になった……そう、言っている」
先ほどのコボルト戦で、アセナはレベルが1上がっていた。続いてオレにもレベルの声が聞こえた。
ずいぶんと簡単に感じるが、最初はこんなものである。
普通の冒険職の上限はレベル60。頑張ればレベル10までは、一ヶ月ほど上げることも可能だ。
特に最初の方は上がりやすいシステム。だが徐々に上げるのが厳しくなっていくのだ。
「なんか、力と足……それが強くなった気がする」
「なるほど。それはアセナの攻撃力と素早さ、それが上昇したのであろう」
この世界の冒険者レベルとスキルの概念は、ちゃんと数値化している。だが一方で筋力や素早さなどのテータス数字は、数値化していない。
そこで分かるのが、この上昇時の感覚である。
例えばステータスが1~2上昇したら「少し強くなったような気がする」
5上昇したら「急激に強くなった気がする」
そんな感じで本人だけが体感できるのだ。
この辺の数字的なシステムを、この世界の現地人たちは把握していない。
六年前にオレたちがレベルアップを体験した時に、勝手に数字化していったものだ。ゲームを体験したことがある、地球人ゆえの感覚なのであろう。
「レベルが上がったら、スキルが習得できるはずだ」
「いろいろ見える。どれがいい?」
レベルが上がれば、スキルポイントを習得できる。
スキルは一般スキルから奥義スキルまで、いろいろある。強いスキルほど、ポイントが多く必要になる。
「その中に“見切り”はあるか?」
「レベル1があったぞ」
「幻影剣士であるアセナなら、それがオススメだ」
見切りは回避系のスキルである。
幻影剣士は重装備に向かない職業。だからスキルで回避力を上げていくのが、必須となる。
獣人であるアセナは、視力や動物的な勘が鋭い。彼女にぴったりなスキルであろう。
「でも攻撃的なスキルの方がいい」
「“見切り”を極めると、強力な攻撃スキルと連結するぞ」
“見切り”を極めていくと、カウンター系の上位スキルを習得できる。
カウンター系は相手の攻撃力を、そのまま倍返しにする技。つまり筋力が高くない者でも、強力な攻撃を繰り出せるのだ。
「強そう! “見切り”をとる」
アセナは喜んでスキルを習得する。
少しオレの誘導尋問のようだったが、最初は仕方がない。初心者はどうしても、攻撃的なスキルばかりを重視してしまう。
だが、初心の冒険者の死亡率は高い。こうした補助的なスキルを伸ばすことで、生存率がぐっとあがるのだ。
これはオレが六年の経験で学んだ、冒険者の育成法則である。
「ソータは何のスキルにした?」
「オレは“素早さプラス”だ」
「随分と地味に聞こえる」
「塵もつめれば山となる。オレに相応しいスキルだ」
前回の盗賊系のオレには、致命的な欠点があった。それは攻撃力が絶対的に低いということである。
六年間はそのお蔭でだいぶ苦労していた。
何しろ魔王軍の中には、鉄よりも固い強敵が沢山いた。そのため盗賊職であるオレは、後半の戦いでは役に立たなかったのである。
だが今回は固有スキル2の『流星』がある。
『素早さプラスのn%を攻撃ダメージに加算』というあり得ない強力な内容。だから“素早さプラス”を選択したのだ。
レベルの低いうちは、攻撃力の上昇効果は低いであろう。だが素早さが上昇するにつれて、攻撃力が倍増していくはずだ。
素早さに特化していけば、回避力も増大する。将来的には回避力と攻撃力に特化するはずだ。
「私には難しい話。私の育成はソータに任せる」
「そうだな。人にはそれぞれの戦闘スタイルがあるからな」
誰でも自分の育成には、どうしても私情が入ってしまう。その時の迷いから、悪手とも思える選択をする危険性もある。
だが今回のオレは二回目の冒険職の選択である。一番効率のいい特化型で、極みを目指していこうと思う。
「さて、そろそろ残りのコボルトを狩りにいくぞ」
「うん。飯……魔石集めだな!」
◇
その後、オレたちはコボルトを狩りに向かう。
レベル2に上達したこともあり、最初よりも目順調であった。すぐに目標の五匹に到達する。
その後は一階層の探索を進めて、経験値と魔石稼ぎ。体力的に余力を残したとこで、転移門で街に戻ることにした。
こうしてオレとアセナの冒険の初日は、無事に終わるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます