第8話冒険者ギルド

 銀狼族の少女アセナは冒険職を手に入れた。

 次にオレたちは冒険者ギルドへとやってきた。


「ここが、冒険者ギルド? 怪しい建物だ」

「そうだな。だが、ちゃんと公的な機関が運営している」


 冒険者ギルドは国から援助を受けた公的な機関である。


 大陸の各地には迷宮が点在している。その奥底には負の瘴気が累積して、モンスターが発生してしまう。

 危険な迷宮に結界で蓋(ふた)をするのが、先ほどの聖教会の役目。そして定期的にモンスターを駆除するのが、冒険者ギルドの役割である。

 そんな聖教会と冒険者ギルドは、国王も簡単に介入できない独立した組織なのだ。


「公的な機関。なんか、すごそう!」

「そうだな。だが中は普通だ。さあ、行くぞ」


 たしかに冒険者ギルドの建物は、一般人は入りにくい雰囲気がある。

何しろ武装した荒くれ共が、常にたむろしているのだ。オレが一般人なら絶対に近づきたくない。


 だが躊躇(ちゅうちょ)している暇はない。アセナと共に正面口から入っていく。


「さて、中も変わらずか。懐かしいな」


 冒険者ギルドの内部は、六年前とあまり変わっていなかった。

 正面に受付カウンターがあり、横には依頼の掲示板がある。奥には待機場でもある酒場があった。

 冒険者として初めて世話になったギルド。本当に懐かしい光景である。


「相変わらず若い連中が多いな」


 危険な冒険者の職業的な寿命は、それほど長くはない。

 元気のいい十代後半から二十代がメイン。オレのように三十代半ばになれば引退して、安定した職に就く者がほとんどだ。


「どうやら知った顔はいないな」


 ギルドにいた冒険者は知らない顔ばかりで、受付嬢も新顔である。

 少し寂しいが、個人的にはむしろ有りがたい状況だ。


 何しろオレが六英雄の仲間だったことは、あまり知られたくない。新たなる英雄職を得たことは秘密にしておきたい。


「この様子だと、バレてないな」


 六年前から顔は常にフードで隠していた。それを脱ぎ捨てた今のオレに、気が付いている者は誰もいない。

 これなら大丈夫そうだ。

初心者を装って、受付嬢のところに登録にいく。


「この子の冒険者カードの登録を。それから二人でパーティーを組む登録も」

「はい、分かりました。冒険者カードの説明は受けますか?」

「いや、いらない。オレから説明しておく」


 受付嬢の指示でアセナの登録を進めておく。彼女への詳しい説明を省いてもらった。

 何しろ受付嬢の説明はかなり難しい。

 いきなり冒険者のランクはF~Aまであります。とか言われても、アセナには意味不明であろう。


「では、登録する方は、この魔石に手を当ててください」

「こんな感じか?」

「はい、ありがとうございます。カードの登録は終わりました。では次にパーティーの登録をします。名前はどうしますか?」


 受付嬢の事務的で素早い対応で、アセナのカードが出来た。

 次は二人のパーティーの登録である。

 そういえばパーティーの名前が必要だったな。いつもは人に任せていたから、何も考えてもいなかった。

 よし、いい名前が浮かんだ。


「そうか。それなら“天下無双(てんかむそう)”だ」

「てんか……むそう? ソータ?」

「ああ。この世に相手になる者がいないほど強い。という意味だ」

「素敵。それにしよう!」


 アセナの了承もとれたので、パーティー名が決まった。少し中二病くさい名前であるが、目指すなら頂点がいい。

 最高難易度の浮遊城を目指すには、大陸一の冒険者を目指す必要があるのだ。


「はい、パーティー名も登録しました。すぐに依頼を受けて行きますか?」

「ああ。簡単な依頼を受けてから、サザン迷宮に肩慣らしに行ってくる」

「では、お気をつけて」


 受付嬢に事務的に見送られて、手続きは終了する。ついでに依頼の掲示板にも寄っていく。

 “コボルト五匹の討伐”

 その依頼に申し込んでおく。初心者向けであり、レベル1からの再スタートにはちょうどいい。


「もう、行けるのか、ソータ?」

「ああ。隣の冒険者用の商店で準備品を買って、迷宮に行くぞ」

「やったー。ついに!」


 ここまで来たら、あとはコツコツ依頼をこなしていくしかない。

 最初の数日は、アセナの実習期間にしよう。まずは簡単な一階層を回って、スキルや連携の講習がいいであろう。

 その後は、ある裏技を使ってドンドン進めていく予定だ。再スタートを迎えて、本当に心が踊ってきた。



「さて、行くか」


 アセナを連れて迷宮に向かおうとした。

 その時である。


「おい、おっさん! 待ちな!」


 出口を塞ぐように、四人の冒険者が邪魔をしてきた。

 年齢は二十代の前半であろう。

 たしかに彼らから見たら、三十五歳のオレはおっさん。否定はしない。

だが、一体何の用であろう。


「急いでいる。そこをどいてくれ」

「見たところFランクの新人だよな? それなのに、オレ様たちに挨拶がないぜ!」

「だよなー。礼儀作法も習ってないのか?」

「その歳でEランクの新人だぜ。育ちも知れているぜ!」


 どうやら新人に対する儀礼なのであろう。明らかに一方的に絡まれている。


 そういえば六年前、ここに初めてきた時もこんなことがあった。

 異世界から来て右も左も分からない、オレたち七人。同じように、若い冒険者に絡まれた思い出がある。

 六年経ってもこういった地域の風習は、変わらないのであろう。何とも懐かしくなる。


「おい、おっさん! なに笑ってやがる? ふざけているのか⁉」


 懐かしさにオレの口元が緩んでいたのだろう。

 リーダー格の若者が、オレの胸倉をつかんできた。

 見たところ冒険職は戦士系であろう。腕力や握力のステータスも悪くはない。レベル5といったところであろう。


 若者の腕章を見るとEランクとなっていた。このレベルならFから昇格したばかりで、イキがっているのであろう。

 オレから見れば可愛いものである。相手にしないのが吉だ。


「おい。後ろの子を、見てみろ!」

「ヒュー! すげー可愛いじゃん!」

「しかもフードの奥の耳……銀狼族だぞ、こいつ」


 だがフードで狼耳を隠していたアセナまで、もめ事に巻き込まれる。

 銀狼族は大陸でも珍しい種族。若者たちにフードを取られて、絶世の美少女の顔がさらされる。

 もちろん誇り高い銀狼族のアセナはカチンとする。


「私に触るな、下郎」

「何だと、テメエ! 可愛いからって、調子にのるな!」


 アセナの挑発的な言葉に、若者の一人が激怒する。

 拳を握りしめて威嚇する。

 その大降り動きは隙だらけ。彼女なら問題なく躱(かわ)せるであろう。


 だが怒るアセナの手が、短剣にかかっている。これはマズイ。

 ギルド内の喧嘩ならまだしも、流石に流血騒ぎはマズイのだ。


「おい。その辺にしておけ」

「何だと、おっさん⁉ うぐぅうう、いでてて……」


 殴りかかろうとした若者の、動きをオレは制する。腕にあるツボの一つを、指で強く押さえつけたのだ。

 これは異世界で習得した裏の技。数年前にとある少数部族の達人に、弟子入りして習得した秘術であった。


「おい、おっさん! 仲間を離しやがれ! さもないと……」

「おっと。それは抜かない方がいい。冒険者ギルドに睨まれた者は、長くはないぞ」

「なっ……」


 仲間を助けるために、剣を抜こうとする若者。それを言葉だけで制する。

 だが、その警告に嘘はない。

 ギルド内での殺生は、いつの時代もご法度。要注意人物として、闇に消されてしまう時もあるのだ。


「たしかにオレはオッサンだ。もしも気に食わないのなら、いつでも相手になる。サザン迷宮の中で襲ってくるのも自由だ。だが、その時は手加減しないぞ。今度は警告も無しに、全力で相手する」


 そう警告して、更に殺気を強める。直に殺気を受けた若者は、恐怖に震えていた。


 さて、お仕置きもこの辺でいいであろう。

 抑えていた若者も解放してやる。

 あまりやり過ごしてしまうと、今度はオレがギルドから警告を食らってしまう。

 さて、怖いギルド長に見つかる前に、立ち去るとするか。


「お、おっさん何者だ……?」

「オレのことか? オレは普通のFランクの冒険者のおっさんだ。ちょっとだけ遠回りしただけさ」


 唖然とする若者たちを残し、立ち去っていく。

 こんな所で時間を食っている暇はない。急いで迷宮に行って、経験値を稼ぐ必要がある。


「いいのか、ソータ? あいつら、また襲ってくるぞ」

「若者にはよくあることだ。また来たら、強いお灸をすえてやるだけだ」


 ふと六年前のことを思い出す。

 あの時も同じように、若い冒険者たちに絡まれた。

 こちらは異世界に来たばかりの、若い男女七人。英雄職を授かってはいたが、実戦経験の少ない少年少女が中心であった。


 当時二十九歳で、ギリギリ青年だったオレも若かった。

 仲間の少女たちの黒髪を揶揄(からか)われて熱くなった。

 他の若い仲間たちも同様。売られた喧嘩を買って、このギルド内で大乱闘を起こしてまった。

 英雄職やスキルも関係ない、ただの殴り合い。全員が顔に青タンを作った。


 その後は大変だった。

 屈強なギルド長がやって来て、全員が大目玉を食らった。あの岩のようなゲンコツは本当に痛かった。


 そんな懐かしい思い出が甦ってきた。


 その後も、他の街でもよくケンカを売られたものだった。何しろ英雄職を妬む者も多い。

 だがオレたちは売られたケンカは、絶対に買っていた。本当にあの頃は、全員が元気で若かった。


 そんな忘れかけていたが記憶。それを先ほどの若者たちとのやり取りで、思い出し感慨にふける。


「どうした、ソータ? 今度はニヤニヤして、気持ち悪い」


 どうやら感情が顔に出ていたらしい。

 だが気持ち悪い、は言い過ぎではないか? これもオッサンの悲しい業(サガ)なのであろうか。


「何でもない。さあ、準備をしてサザン迷宮に行くぞ」

「おお。いよいよだ!」


 こうしてオレたちは最初の冒険。サザン迷宮に向かうのであった。

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