第6話一人目の仲間
銀狼族の少女アセナを、賊から救いだした。
「やれやれ。ようやく街に着いたか」
疲れ果てて寝てしまった彼女を抱えて、サザンの街に無事に到着する。
予定よりも時間が遅くなり、夕方過ぎになっていた。
とりあえず下街にある安宿に、チェックインすることにした。お世辞にも治安は決してよくない。
だがここなら、熟睡した少女を抱えたままでも、誰にも詮索はされない。下町はそういう場所なのだ。
そういえば冒険者カードだけは持っていた。泉に捨てるのを忘れていたのだ。
装備や道具は失ったが、カードの中の金だけは残っていた。今回はそれに助けられた形になる。
「さて。とりあえず、明日にするか」
少女をベッドに寝せて、オレは椅子の上で仮眠することにした。
これは盗賊職として六年続いた習慣。危険が近づいたら、すぐに対応できる冒険者スタイルである。
入り口と窓にも、音が鳴る細工をしておく。下町の安宿は治安も悪く、室内でも油断はできない。
「ああ。充実したが、本当に疲れた一日だったな……」
椅子に座った瞬間に睡魔が襲ってくる。意識は半分だけ残して、オレは夢の中に落ちるのであった。
◇
「朝か……」
次の日の朝になる。
昨夜は何事もなく、静かな夜であった。
宿屋の店主に多めに金を渡したのが、功を奏したのであろう。チップの一種であり、こうした格安の宿でよく使っていた、防衛策の一つであった。
「まだ寝ているか?」
銀狼族の少女は、まだ眠っていた。
よほど疲れていたのであろう。深い寝息を立てている。
とりあえずは彼女が目を覚ますのを待ことにする。
「さて、レベル1の無装備からの再スタートか。これからどうするか」
待ちながら今後の行動について計画を立てる。
装備の全て女神の泉の中に捨ててきた。
持っているのは冒険者カードと魔道袋(中)。あとは賊から巻き上げた剣と短剣が二本。
それにこの少女が持っていた長剣だけである。
「とりあえずは六年前と同じように、このサザンの街での迷宮でレベルを上げるとするか」
この街の地下にはサザン迷宮がある。それほどレベルの高いモンスターは出ない筈だ。
まずは自分の英雄職レベル1を上げていこう。
ついでに武器や防具、アイテムも揃えていきたい。
今のオレは謎の英雄職。前回の盗賊職とは違う戦い方になるであろう。
英雄職のスキルや特徴を、早めに掴んでおきたい。
「それから最後は、浮遊城に挑戦……だな」
オレの最終目的地は浮遊城である。
六年前は叶うことが出来なかった場所。今回こそは必ず到達してみせる。
「だが、その前に“四神の証”だな」
浮遊城に行くためには、“四神の証”が必須だ。魔王消滅後、大陸の各地の迷宮や遺跡に、散らばったはずである。
前回は六英雄とオレの力を合わせても、収集にかなり手こずった記憶がある。
「まずは自分のレベルを上げながら、五人の仲間を探すか……」
浮遊城に同時に行けるのは、転移門の関係で六人だけ。だから同じ志の仲間を、五人も探す必要ある。
「よく考えたら困ったな」
前回の六英雄に引けを取らない頼もしい仲間。彼と同等の冒険者を見つけるのは、かなり難しいであろう。
この五年間で出会った者で、二人ほどアテはある。果たして彼らが、この話に乗ってくれるか? いや微妙であり、難しいかもしれない。
仲間探しには前途多難になるかもしれない。
「五人の仲間、必要? それなら私が最初の一人になる」
突然、少女の声がする。
いつの間にかアセナが目を覚ましていたのだ。
途中からオレの独り言を聞いていたのであろう。浮遊城を目指す仲間の一人に名乗りでる。
ぐっすり寝ていたお蔭で、彼女の顔色はだいぶ良くなっていた。
「有りがたい提案だが、お前は浮遊城の恐ろしさを知らない」
「私の兄は冒険者。だから聞いたことがある。浮遊城の恐ろしさを」
彼女の兄は冒険者として、今も大陸のどこかに旅をしているという。
数年に一度だけ里に帰ってくる。その時に六英雄の活躍も聞いていたのだ。
「知っているなら、なおさらだ。お前には無理だ。あそこは普通じゃない」
「そうか。では聞きたい。里を滅ぼした魔剣使いに勝つこと、浮遊城に行くこと。どっちが難しい?」
アセナは真剣な表情で問いかけてきた。本気で同族の敵を討とうとしているのだ。
「情報から推測する。浮遊城に到達できるレベルでなければ、その魔剣使いには勝てない」
これは客観的な推測である。
優れた銀狼族をたった一人で滅ぼした、魔剣使いは普通ではない。怪盗の最大レベル60だった時のオレでも、そいつには敵わないだろう。
そいつに復讐するためには、大陸でも有数の剣士なることが必須。六英雄並に強くなる必要があるであろう。
「それなら私はソータの仲間になる。そして強くなる。心も強くなる」
話を聞き終えてアセナは覚悟を決めていた。
昨日の復讐に燃えた狂気は、すでに消えている。代わりに確固たる意志が漲っていた。
彼女は自分の進むべき道を見つけていたのだ。
「オレが断ったらどうする?」
「断られても、ついて行く。銀狼族は諦めが悪い」
少女の目は真剣であった。
純粋な瞳で、真っ直ぐに見つめてくる。
困ったことに、オレはこういった瞳は弱い。断り続けていく自信が全くない。
「それなら弟子からスタートだ」
「弟子でもいい。私は諦めない。絶対に強くなる。ありがとう」
アセナは満面の笑みで喜ぶ。オレのことを心の底から信じてくれていた。
「いい覚悟だ。だが冒険を始める前に、その汚い恰好を何とかしよう」
「そんなに汚いか?」
アセナの全身はかなり薄汚れていた。
里から必死で逃げて、樹海をさ迷っていたのであろう。怪我がないのが幸いである。
「ああ。せっかくの美人が台無しだ」
「び、美人……そんなことを言われたの、初めて……」
アセナは急にしおらしくなる。顔を赤めて、狼耳をシュンとさせる。
まだ幼い彼女は褒め言葉に、免疫がなかったのであろう。
「まずはサザンの公共浴場に行くぞ。その後は服や装備を整えよう」
「公共浴場? よく分からないが、分かった」
山奥の銀狼族の里で育った彼女は、常識を知らないところがある。この辺りは徐々に教えていくしかない。
この六年間で組んだパーティーの中に、若い女性も何人かいた。その時の記憶を思い出して、対応していくしかないであろう。
◇
下町の宿から浴場に直行した。
サウナを主体にした公共の使節である。
「この子をキレイに頼んだ」
「あいよ!」
「ちょ、ちょっと待て⁉ なんだ、その痛そうな布は? 助けろ、ソータ!」
元気のいい女性洗い師に、アセナの洗浄を頼んでおく。
嫌がるアセナの悲鳴が聞こえてきた気がする。
だが聞こえないふりをして、オレは次の場所に移動する。
◇
次に洋服屋にきた。
アセナの冒険者用の服を買うためだ。
「このぐらい身長の獣人族の女の子ね? すぐ出来るよ!」
服のサイズとデザインは、女店主に一任した。
冒険者御用達の看板も出ていたので、かなり手慣れている。銀狼族であるアセナのために、尻尾の穴も加工してもらう。
◇
浴場に戻ると、ちょうどアセナの洗いも終わっていた。
女洗い師に服を一式渡して、着せてもらう。流石に裸の少女に、オレは下着を着せられない。
「ソータ、待たせたな」
「んっ? その声はアセナなのか?」
少女の着替えた姿を見て、自分の目を疑う。
綺麗になったアセナは激変していた。透き通るような銀髪を輝かせた、美少女になっていたのだ。
「まさかここまでの器量だったとは……」
思わず見とれてしまう。
まだ幼さもあるが、数年したら間違いなく絶世の美女になるであろう。
人族ではあり得ない、神々しさも放っている。
「この服も動きやすくて、可愛い」
服屋の女店主が選んだ服を、アセナは気にいっていた。
くるりと何度も回り、スカートがヒラヒラするのを楽しんでいる。ふわふわになった狼尻尾も宙に舞っていた。
このあたりの反応は、まだ子どもだ。
それにしても随分と可愛らしい服だな。素足を見せすぎではないか? 心配になる。冒険者としても機能は十分なので、問題はないが。
「よし。まずは聖教会に行って、アセナの冒険者の職業を決めよう」
未成年である彼女は、無職レベル0であった。
だが聖教会ではそこまで厳密に年齢は問わない。献金さえ積めば、誰でも冒険職を与えてくれる。
「さあ、行くぞ」
「まて、ソータ」
いよいよ出発を前にして、アセナが急に立ち止まる。
何かやり残したことでも、あるのであろうか?
「私の名前はアセナだ。名前で呼んでくれ。ソータはまだ呼んでくれてない。仲間なのに」
「ああ。そうだったな……さあ、いくぞ、アセナ」
「うん、行こう!」
相手を名前で呼んでやる。年頃の少女にとっては、重要なことなのであろう。
満面の笑みでアセナは喜んでいた。
こうしてオレは一人目の仲間を得たのだ。
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