第6話一人目の仲間

 銀狼族の少女アセナを、賊から救いだした。


「やれやれ。ようやく街に着いたか」


 疲れ果てて寝てしまった彼女を抱えて、サザンの街に無事に到着する。

 予定よりも時間が遅くなり、夕方過ぎになっていた。


 とりあえず下街にある安宿に、チェックインすることにした。お世辞にも治安は決してよくない。

 だがここなら、熟睡した少女を抱えたままでも、誰にも詮索はされない。下町はそういう場所なのだ。


 そういえば冒険者カードだけは持っていた。泉に捨てるのを忘れていたのだ。

 装備や道具は失ったが、カードの中の金だけは残っていた。今回はそれに助けられた形になる。


「さて。とりあえず、明日にするか」


 少女をベッドに寝せて、オレは椅子の上で仮眠することにした。

 これは盗賊職として六年続いた習慣。危険が近づいたら、すぐに対応できる冒険者スタイルである。

 入り口と窓にも、音が鳴る細工をしておく。下町の安宿は治安も悪く、室内でも油断はできない。


「ああ。充実したが、本当に疲れた一日だったな……」


 椅子に座った瞬間に睡魔が襲ってくる。意識は半分だけ残して、オレは夢の中に落ちるのであった。



「朝か……」


 次の日の朝になる。

 昨夜は何事もなく、静かな夜であった。

 宿屋の店主に多めに金を渡したのが、功を奏したのであろう。チップの一種であり、こうした格安の宿でよく使っていた、防衛策の一つであった。


「まだ寝ているか?」


 銀狼族の少女は、まだ眠っていた。

 よほど疲れていたのであろう。深い寝息を立てている。

 とりあえずは彼女が目を覚ますのを待ことにする。


「さて、レベル1の無装備からの再スタートか。これからどうするか」


 待ちながら今後の行動について計画を立てる。

 装備の全て女神の泉の中に捨ててきた。

 持っているのは冒険者カードと魔道袋(中)。あとは賊から巻き上げた剣と短剣が二本。

 それにこの少女が持っていた長剣だけである。


「とりあえずは六年前と同じように、このサザンの街での迷宮でレベルを上げるとするか」


 この街の地下にはサザン迷宮がある。それほどレベルの高いモンスターは出ない筈だ。

 まずは自分の英雄職レベル1を上げていこう。

 ついでに武器や防具、アイテムも揃えていきたい。


 今のオレは謎の英雄職。前回の盗賊職とは違う戦い方になるであろう。

 英雄職のスキルや特徴を、早めに掴んでおきたい。


「それから最後は、浮遊城に挑戦……だな」


 オレの最終目的地は浮遊城である。

 六年前は叶うことが出来なかった場所。今回こそは必ず到達してみせる。


「だが、その前に“四神の証”だな」


 浮遊城に行くためには、“四神の証”が必須だ。魔王消滅後、大陸の各地の迷宮や遺跡に、散らばったはずである。

 前回は六英雄とオレの力を合わせても、収集にかなり手こずった記憶がある。


「まずは自分のレベルを上げながら、五人の仲間を探すか……」


 浮遊城に同時に行けるのは、転移門の関係で六人だけ。だから同じ志の仲間を、五人も探す必要ある。


「よく考えたら困ったな」


 前回の六英雄に引けを取らない頼もしい仲間。彼と同等の冒険者を見つけるのは、かなり難しいであろう。

 この五年間で出会った者で、二人ほどアテはある。果たして彼らが、この話に乗ってくれるか? いや微妙であり、難しいかもしれない。

 仲間探しには前途多難になるかもしれない。


「五人の仲間、必要? それなら私が最初の一人になる」

 

突然、少女の声がする。

 いつの間にかアセナが目を覚ましていたのだ。

 途中からオレの独り言を聞いていたのであろう。浮遊城を目指す仲間の一人に名乗りでる。

 ぐっすり寝ていたお蔭で、彼女の顔色はだいぶ良くなっていた。


「有りがたい提案だが、お前は浮遊城の恐ろしさを知らない」

「私の兄は冒険者。だから聞いたことがある。浮遊城の恐ろしさを」


 彼女の兄は冒険者として、今も大陸のどこかに旅をしているという。

 数年に一度だけ里に帰ってくる。その時に六英雄の活躍も聞いていたのだ。


「知っているなら、なおさらだ。お前には無理だ。あそこは普通じゃない」

「そうか。では聞きたい。里を滅ぼした魔剣使いに勝つこと、浮遊城に行くこと。どっちが難しい?」


 アセナは真剣な表情で問いかけてきた。本気で同族の敵を討とうとしているのだ。


「情報から推測する。浮遊城に到達できるレベルでなければ、その魔剣使いには勝てない」


 これは客観的な推測である。

 優れた銀狼族をたった一人で滅ぼした、魔剣使いは普通ではない。怪盗の最大レベル60だった時のオレでも、そいつには敵わないだろう。

 そいつに復讐するためには、大陸でも有数の剣士なることが必須。六英雄並に強くなる必要があるであろう。


「それなら私はソータの仲間になる。そして強くなる。心も強くなる」


 話を聞き終えてアセナは覚悟を決めていた。

 昨日の復讐に燃えた狂気は、すでに消えている。代わりに確固たる意志が漲っていた。

 彼女は自分の進むべき道を見つけていたのだ。


「オレが断ったらどうする?」

「断られても、ついて行く。銀狼族は諦めが悪い」


 少女の目は真剣であった。

 純粋な瞳で、真っ直ぐに見つめてくる。

 困ったことに、オレはこういった瞳は弱い。断り続けていく自信が全くない。


「それなら弟子からスタートだ」

「弟子でもいい。私は諦めない。絶対に強くなる。ありがとう」


 アセナは満面の笑みで喜ぶ。オレのことを心の底から信じてくれていた。


「いい覚悟だ。だが冒険を始める前に、その汚い恰好を何とかしよう」

「そんなに汚いか?」


 アセナの全身はかなり薄汚れていた。

 里から必死で逃げて、樹海をさ迷っていたのであろう。怪我がないのが幸いである。


「ああ。せっかくの美人が台無しだ」

「び、美人……そんなことを言われたの、初めて……」


 アセナは急にしおらしくなる。顔を赤めて、狼耳をシュンとさせる。

 まだ幼い彼女は褒め言葉に、免疫がなかったのであろう。


「まずはサザンの公共浴場に行くぞ。その後は服や装備を整えよう」

「公共浴場? よく分からないが、分かった」


 山奥の銀狼族の里で育った彼女は、常識を知らないところがある。この辺りは徐々に教えていくしかない。

 この六年間で組んだパーティーの中に、若い女性も何人かいた。その時の記憶を思い出して、対応していくしかないであろう。



 下町の宿から浴場に直行した。

 サウナを主体にした公共の使節である。


「この子をキレイに頼んだ」

「あいよ!」

「ちょ、ちょっと待て⁉ なんだ、その痛そうな布は? 助けろ、ソータ!」


 元気のいい女性洗い師に、アセナの洗浄を頼んでおく。

 嫌がるアセナの悲鳴が聞こえてきた気がする。

 だが聞こえないふりをして、オレは次の場所に移動する。



 次に洋服屋にきた。

 アセナの冒険者用の服を買うためだ。


「このぐらい身長の獣人族の女の子ね? すぐ出来るよ!」


 服のサイズとデザインは、女店主に一任した。

 冒険者御用達の看板も出ていたので、かなり手慣れている。銀狼族であるアセナのために、尻尾の穴も加工してもらう。



 浴場に戻ると、ちょうどアセナの洗いも終わっていた。

 女洗い師に服を一式渡して、着せてもらう。流石に裸の少女に、オレは下着を着せられない。


「ソータ、待たせたな」

「んっ? その声はアセナなのか?」


 少女の着替えた姿を見て、自分の目を疑う。

 綺麗になったアセナは激変していた。透き通るような銀髪を輝かせた、美少女になっていたのだ。


「まさかここまでの器量だったとは……」


 思わず見とれてしまう。

 まだ幼さもあるが、数年したら間違いなく絶世の美女になるであろう。

 人族ではあり得ない、神々しさも放っている。


「この服も動きやすくて、可愛い」


 服屋の女店主が選んだ服を、アセナは気にいっていた。

 くるりと何度も回り、スカートがヒラヒラするのを楽しんでいる。ふわふわになった狼尻尾も宙に舞っていた。


 このあたりの反応は、まだ子どもだ。

 それにしても随分と可愛らしい服だな。素足を見せすぎではないか? 心配になる。冒険者としても機能は十分なので、問題はないが。


「よし。まずは聖教会に行って、アセナの冒険者の職業を決めよう」


 未成年である彼女は、無職レベル0であった。

 だが聖教会ではそこまで厳密に年齢は問わない。献金さえ積めば、誰でも冒険職を与えてくれる。


「さあ、行くぞ」

「まて、ソータ」


 いよいよ出発を前にして、アセナが急に立ち止まる。

 何かやり残したことでも、あるのであろうか?


「私の名前はアセナだ。名前で呼んでくれ。ソータはまだ呼んでくれてない。仲間なのに」

「ああ。そうだったな……さあ、いくぞ、アセナ」

「うん、行こう!」


 相手を名前で呼んでやる。年頃の少女にとっては、重要なことなのであろう。

 満面の笑みでアセナは喜んでいた。


 こうしてオレは一人目の仲間を得たのだ。

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