第5話小さな復讐者

 全てを捨て去ったオレに、女神は新しい力を与えてくれた。

 底辺レベル1からのスタートであるが、不安はない。

 新たな門出に燃えていた。


「さて。とりあえずは、サザンの街に行くか」


 龍王山脈の麓の転移門に戻ってきた。最初の目標地点を決める。

 サザンはこのから一番近い街である。


 英雄職を得たとはいえ、自分はまだレベル1の弱小。近場の迷宮に潜り、レベルを上げていく必要がある。

 また全ての装備を魔道袋に入れて、泉に捨ててしまっていた。

 無装備の状態なので、また買い揃えていく必要がある。今思うと勢いとは恐ろしいものだ。


「ん……? これは、魔道袋か?」


 全身の状態を確認していたら、腰に新品の魔道袋が下げてあった。

 中身を確認するが空の状態。おそらく前回と同じように女神が、初期アイテムとして与えてくれたのであろう。


「装備はゼロだが、有りがたいな」


 魔道袋はレアアイテムであり、旅では非常に便利である。不愛想な女神の粋なプレゼントに感謝だ。


「さて、行くとするか」


 樹海からサザンの街へと向かう。

 怪盗スキルの快足スキルは失われるが、遅くとも夕方までには到着するであろう。


「ふむ、どうやら身体は上手く動くな? 有りがたい」


 獣道を駆けながら、自分の身体能力を確認していく。

 レベル1に戻ったが、特に大きくステータスダウンした感じはない。


 もしかしたら新しい職業の補正が、大きくかかっているのかもしれない。

 そういえば仲間の六英雄にも、それぞれの職業に合った補正がかかっていた。 


 例えば“聖騎士”の奴は物理防御と精神耐性、物理攻撃に異常に補正が掛かっていた。それ以外のステータスも、普通の冒険職を超える補正があったのを覚えている。


 自分の英雄職は文字化けして解読不能。はたして一体どんな特徴があるのであろうか。


「まあ、そのうち分かるか」


 駆けながら自分に言い聞かせる。

 この世界ではモンスターや敵を倒した時に、経験値を習得できる。経験値が一定になると、レベルが上昇。新たなスキルを習得することができる。


 その時にある程度のスキルの能力も、判明するであろう。自分の英雄職に関しては、手探りで進んでいくしかない。


「素早さは最初の盗賊レベル1の時よりも、二割ほど増か? これは凄いな」


 移動しながら自分の力を解析していく。

 これはステータス的な数字ではなく、戦で発揮できる実際の力である。


 正直なところオレは、ステータスをそれほど信じていない。

 どんなにレベルが高い冒険職でも、油断して死ぬこともある。体調不良や実戦不足で、本来の力を出せない若者も多い。


 特に六人の英雄と冒険をしていた時は、強大なモンスターとの連続であった。

 だから人外なモンスターとの圧倒的なステータス差を、凡人なオレは埋める必要があった。


 その時に習得したのが、この客観的に計測できる力である。

 英雄の補正に頼っていた仲間たちとは違う、自分だけのオリジナルの力。モンスターや敵の力量を計り、危険を回避する感覚である。

 生きるために必死で身につけた直感力ともいえよう。


「ん……これは?」


 そんな直感力が、何かを察知する。

 樹海の中には相応しくない、異音を感知したのだ。

 距離にして一キロほど先。そこで金属がぶつかり合う、甲高い音がしているのだ。


「これは一対複数の戦う音か?」


 金属音のリズムから、そう分析する。戦いの状況を経験的に推測である。

 おそらく一人の方が、無数の何者かに囲まれているのであろう。

 金属音のリズム的に、一人の方は追い込まれた危険状況である。


「さて、どうすか? いや、答えは決まっているな」


 考える前に自分の足は、音の方に向かっていた。

 この異世界は非情な世界である。戦争やモンスターによって、か弱い命は簡単に失われる。


 だからといって一方的な殺戮を見逃すほど、オレは薄情ではない。

 これは理屈ではなく、自分自身の本心。昔から損する性格だと、よく仲間にも言われていた。


 さて間に合えばいいが。

 先ほどよりもペースを上げて、全力で駆けていく。


 ◇


「あれか」


 目的の場所にたどり着く。

 草むらに隠れて、状況を確認する。


 予想通り子どもが一人、賊に囲まれていた。

 賊は全部で五人。粗末な武器を装備した盗賊団である。フードを被った子どもを、逃がさないように取り囲んでいた。

 どうやらギリギリ間に合ったようだ。



「さて、いくか」


 状況を確認したので、行動に移る。

 賊の中心らしい大男に向かって、オレが飛び出していく。こちらの存在が大きな草音でバレスが、それも計算通りである。


「おい。何をしている」

「なんだ、テメェは? まあ、いい。お前たち、殺(や)っちまいな!」


 案の定、相手は予想通りの反応である。

 問答無用に殺戮する悪党の賊なのであろう。いきなり現れたオレに対して、二人の賊が向かってきた。

 こちらは素手なので油断している。剣を大降りに構えて襲ってきた。


「死ねぇえ! なっ……?」

「おい、どうした⁉ なっ……」


 向かってきた二人の賊を同時に仕留める。

 人体の急所の一つを、手刀で打ち抜いたのだ。


 山賊程度なら素手で倒せる格闘術を、オレは会得していた。

 これは冒険職のスキルではなく、修練で身につけた技。六英雄の仲間たちに追いつくために、必死で身につけた裏の技である。


「さて。これ以上無益な殺生はしたくない。立ち去れ」


 残る三人の賊に、降伏勧告をする。

 相手も技量差に気が付いているであろう。ここで退いてくれたら面倒が減って助かる。


「なんだと、テメエ! おい、囲め! やっちまえ!」

「へい、お頭!」


 どうやら相手は技量差も分からない、愚か者であった。

 獲物を子どもから、オレに目標を変更してくる。


 それならば手加減は無用である。

 この世界で賊は打ち首獄門の極刑。こちらも全力で対応させてもらう。


「死ねぇ! あぐっ⁉」

「ぐふっ⁉」

「おい、お前たち? ふげぇ」


 襲ってきた三人の賊を、一瞬で仕留める。

 足元に転がっていた賊の剣を、急所に投擲したのだ。


 この投擲も磨いていた戦闘術。無動作で正確に喉元を狙うなど、オレにとって朝飯前だ。


 未熟な賊たち何が起きたか、理解すら出来なかったであろう。驚愕の顔のまま絶命している。


「さて、あとは森の獣たちが始末してくれるだろう」


 こんな辺境の樹海に好んでくる者はいない。賊の死体も放棄しておく。


 念のために荷物を確認するが、ろくな物はない。落ちぶれた山賊だったのであろう。

 今のオレは無装備なので、ましな剣と短剣だけは貰っておく。


 念のために周囲を索敵するが、賊はおらず安心であろう。

 さて、次は襲われていた子どもの対応。いったい何故こんな樹海の辺境に、子どもがいたのだ。


「おい。こんな辺境で何をしていた? 死にたいのか」


 フードを被った子どもに状況を訪ねる。

 相手はオレに向かって長剣を構えていた。

 いきなり現れて五人の賊を瞬殺した相手を、警戒しているのであろう。その手は小さく震えていた。


「お、お前こそ……な、何者だ?」

「その声は? お前、女だったのか」


 フードの子どもが初めて声を発する。

 声も震えているが、間違いなく少女の声である。


「オレは冒険者だ。偶然通りかかった」

「冒険者?」

「ああ、そうだ。ん? お前は人族ではないな?」


 少女のフードの奥に、大きめな耳が動いている。顔つきは人と同じなので、おそらく獣人なのであろう。

 この世界には人以外の種族も住んでいる。エルフやドワーフ、猫人や犬人など、それほど珍しくはない。


「私は誇りある銀狼(ぎんろう)族だ」

「銀狼族だと? だから賊に追われていたのか」


 獣人の中でも銀狼族は希少な種族である。

 金持ちの好色家にとっては、喉から手が出るほど欲しい種族。はぐれた銀狼族は奴隷として、裏市場でも高額で取引されていた。

 それで賊たちに狙われていたのであろう。


「それなら里に帰れ。この先は危険だ」

「帰れない。里は……滅んだ。だから逃げてきた」

「何だと?」

「たった一人の剣士に滅ぼされた」


 信じられない話であった。 

 銀狼族の普通より高いステータスの種族。身体能力も高く、特殊なスキルも有している。だから銀狼族の里には、誰も手を出せないでいた。


「あの鬼のように強い銀狼族がか……」


 三年前、冒険者をしていた銀狼族の戦士と、オレは剣を交えたことがあった。このオレですら手こずった、かなり腕利きの戦士であった。


 その銀狼族の里が、たった一人の剣士に全滅させられただと? 

 にわかに信じられない話である。


「アイツは、赤く光る恐ろしい剣を持っていた」


 少女が語る、刀身が赤く光る剣。おそらく魔剣の一種であろう。

 多量の魔力を消耗する魔剣は、普通の者は使いこなせない。相手がかなりの使い手であると推測できる。


「だから私は、冒険者になる。強くなって復讐をする。あの剣士に……アイツを絶対に殺す!」


 銀狼族の少女は復讐心にかられていた。

 フードの下の整った顔が、狂気に飲み込まれてようとしている。

 このままでは未熟な精神と身体が、崩壊してしまう危険な状況であった。


「そうか。止めはしない。だが街に着く前に、お前は野たれ死ぬ」

「なんだと⁉」

「里の外は、そういう世界だ」


 見たところ少女はレベル0の無職。これまでの動きで分かる。

 成人前で職業の洗礼を、里で受けていないのであろう。


 そんな未熟な少女が街まで、無事にたどり着くとは思えない。先ほどのように賊に襲われてしまうであろう。


「仕方がない。ここでお前をテストしてやる。それに適ったら、お前を街まで連れていってやる」

「テストだと……?」

「ああ。オレの身体に、剣先を当てることが出来たら合格だ」


 少女の身の上に同情をした訳ではない。

 本来ならオレは寄り道している暇はない。一刻も早く冒険に出かけ、強くなる必要があった。

 それなのに何故かオレは、この子を放っておくことができなかったのだ。


 もしかしたら似ていたのかもしれない。

 負の感情に飲み込まれようとしていた、この少女が。五年前、絶望に飲み込まれた自分の姿と、似ていたのかもしれない。


「安心しろ。オレからは攻撃はしない。本気で斬りかかってこい」

「何だと⁉ 誇りある銀狼族を舐めるの、許さない!」


 少女は全身から負の気を放つ。

 剣を構えて、鋭い殺気をぶつけてきた。今にもオレを殺さんばかりの狂気である。


「さあ、こい。お前の本気を見せてみろ」

「ふざけるな!」


 少女は斬りかかってきた。

 何の策もなく正面から突撃してきた。

 一気に間合いを詰めてくる。とてもレベル0とは思えない鋭い剣筋であった。


「うぉおおお!」


 絶叫する少女の剣を、オレは賊の剣で受け止める。

 たしかに殺気が込められた、危険な剣筋。銀狼族の高い身体能力の、重い攻撃であった。


 だがオレは難なく受け止める。積んできた経験値が明らかに違うのだ。


「どうした? もっとこい! お前の想いはそんなものか⁉」

「ふざけるな! くそっ! くそっ!」


 少女は全力で連撃を繰り出してきた。

 オレにとっては目をつぶっても、回避できる荒い剣筋である。

 だがオレは回避をしなかった。攻撃を受け止めることにしたのだ。


 少女の負の感情を、吐き出させるために。全ての攻撃を、全力で受け止めるつもりだ。

 さあ、全ての感情をぶつけてこい。


「よくもお父さまを! お母さまを! 弟を!」


 少女は半狂乱となっていた。

 殺された家族の名を叫びながら、斬りこんできた。


「返せ! みんなを返して!」


 里で幼馴染の名を絶叫していた。

 目の前で殺された同胞の名を叫びながら、斬撃を繰り出してきた。


 たった一人で溜めこんでいた負の感情。それを剣に乗せて総べてぶつけてくる。


「なんで! こんな私だけが、生き残ったの⁉」


 いつしか大粒の涙を流しながら、少女は剣を振るっていた。

 嗚咽の涙を流しながら、全ての感情をぶつけてきた。オレはそれを全て、剣でしっかりと受け止める。


「なんで……私は……無力なの……」


 ついに少女の剣を落としてしまう。

 重すぎる長剣をもつ握力が、無くなってしまったのだ。足も震え今にも倒れそうである。


「絶対に……生き残る……みんなの分まで……」


 だが剣を握れなくなっても、少女は諦めなかった。

 小さな手を握りしめる。そのまま素手で殴りかかってきた。


 それはもはや攻撃とはいえない稚拙さ。自分の想いだだけを乗せた拳であった。


「えっ……? あ、当たった……?」


 だがその小さな拳が、オレの胸にあたる。初めて攻撃が相手に当たったのだ。

 まさかのことに少女は言葉を失う。


「いい、一撃だ。名は何という?」

「私は……アセナ。銀狼族の族長の娘……だ」

「そうか。オレは冒険者ソウタロウ。約束通り街に連れていこう」

「ソータ……ありがとう……」


 少女アセナはそのまま気絶してしまう。

 里からここまで不眠不休で、逃げてきたのであろう。よく見ると全身スリ傷だらけ。

 オレはその小さな、そして勇敢な身体を受け止める。


「寝たのか? 仕方がないな」

 

 張り詰めた感情がほどけて、少女は静かに眠っている。

 全ての負の感情と狂気を吐き出して、今は安らかな顔をしていた。


「さて、どうしたものか」


 腕の中で静かに眠る少女を見つめながら、困惑する。まさかこんな結末になるとは、予想もしていなかった。

 このまま危険な樹海の中に、捨てておく訳にもいかないであろう。


「約束は、約束だからな」


 日本男児として一度口にした約束は、守らなければいけない。

 例えそれが状況と感情に流された、口約束だとしても。


「さて、いくとするか」


 気絶した少女を抱えたまま、再出発する。行く先は予定通りサザンの街であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る