第4話6年目の再出発

『我は“時空の女神”……英雄を見つけ出し、任を与える者なり』


 レベル0の無職に戻ったオレの目の前に、女神が降臨した。

 その姿は六年前と全く同じ。

 大きく違うことは女神の声が、今度は自分にも聞こえることであった。


 だがなぜ女神は突然現れたのであろうか?

 もしかしたら悪魔の悪戯かもしれない。もしくは夢を見ているのかもしれない。

 興奮する心を落ち着かせて、冷静に対処しなければ。


「なぜ現れた?」

『…………』


 試しに問いかけても、答えはなかった。

 これは前回と同じである。

 当時、仲間たちがいくら問いかけても、この女神は同じ台詞しか言わなかった。

 おそらく何かしらの制約があるのではないか。旅をしながら、そう推測していた。


「まあ、いい。一体何の用だ?」

『汝(なんじ)に適した英雄職を与える。これは運命なり』


 これも前回の聞いた話と同じである。

 特別な英雄職は、自分で選ぶことは出来ない。その者の得意や性格などを女神が診断して、自動的に決定されるのだ。

 例えば正義感が熱い仲間は、“聖騎士”の英雄職を決定されていた。


『それでは汝の適正を調べる』


 女神から眩しい光が放たれる。

 こちらの返答には、お構いなしの展開。光はオレの全身をスキャンしていく。

 肉体的な情報や、精神的な思い出。思想や過去の経験など全てが読まれていく。


 ああ、きたか。これでようやく実感する。

 本物の女神が降臨したのだと。選ばれなかったオレは、ついに英雄職を得る時が来たのだ。


 冷静を装っていた心が震えてきた。

 魂と心臓が熱いくらいに鼓動する。オレはやり直すことが出来るのだ。


「オレは今度こそ後悔したくない……どんな職業になろうとも諦めない。この身が朽ち果てようとも、今度こそ必ず成し遂げる!」


 スキャンされながら、自分の想いを口にする。

 機械的な対応の女神の耳には、おそらく届いていないであろう。


 だが口にしたかったのだ。

 これは女神に対する贖罪(しょくざい)であり、自分に対する宣言でもあった。

 今度こそ生まれ変わる、自分に向かって決意であった。


『……そうですか』


 一瞬だけ女神の声が聞こえたような気がする。

 これまでの機械的な声ではない。暖かく優しい少女の声であった。

 だが女神の無表情な顔は、相変わらず変化はなかった。


 もしかしたら幻聴かもしれない。

 新たなる人生を目の前にして、興奮しすぎたのかもしれない。年甲斐もなく熱くなっていた。


『調査終わった。汝に英雄職を与える』


 いよいよ、その時がきた。

 女神からオレの中に、大きな力が流れ込んでくる。

 直感で分かった。これが英雄職の力。ものすごく強大なパワーである。


「これは……?」


 自分の新たなる職業が、頭の中に浮かんできた。おそらくは英雄職であろう。

 だが聞いたこともない謎の職業である。


「ステータス、オープン」


 職業を得た者にだけ使える、秘密の合言葉を唱える。

 新たな自分のステータスを確認する。

 身体的な能力に特に大きな変化はない。

 だが職業欄は聞こえたように謎であった。




 ――――◇――――


 名前:ソウタロウ・ミウラ


 職業:●▲※を盗む者:レベル1


 ――――◇――――





 なんだ、これは?

 職業名が文字化けして読めない。

“盗む者”と書いてあるところ見ると、盗賊職の一種かもしれない。

 念のためにステータスの職業の詳細を、もう一度確認してみる。


 



 ――――◇――――


 名前:ソウタロウ・ミウラ


 職業:●▲※を盗む者:レベル1


 固有スキル1:『盗賊の極み』:レベルアップ時、素早さ値が上昇しやすい。


 固有スキル2:『流星』:素早さプラスのn%を攻撃ダメージに加算(他スキルとの併用可)


 固有スキル3:●▲※


 ――――◇――――





 相変わらず職業名は文字化けしているが、固有スキルまでは確認することができた。

 内容についてはある程度は予測できる。

 英雄職なら複数の固有スキルを持っていてもおかしくない。

 今後試しながら検証していこう。


 だが最後の固有スキルは文字化けしている。職業名と同じなのであろうか?


「これはどういうことだ? と聞いても答えてくれないのであろう」

『…………』


 女神は相変わらず無表情である。

 こちらの問いかけには一切答えない。六年間も仲間たちは困った反応をしていたものだ。


 前回のこの後は、たしか『復活した魔王を討伐して欲しい』それだけを六人に伝えて消えていったはずだ。


「そういえば……?」


 英雄職習得の興奮から冷めて、一つの疑問が浮かびあがる。

 女神はこの世界に破滅の危機が迫った、その時にだけ降臨するはずだ。

 前回は復活した魔王から、世界の滅亡を回避するためであった。


 だが今回は特に何も願いを口にしていない。

 何故オレの目の前に現れたのであろうか?

 何故、今さら自分に英雄職を与えてくれたのであろうか?


「それにお前……羽が?」


 ふと気がつく。女神の天使のような片翼が、灰色に変色していたのだ。

 六年前はこんなことは無かった。両翼とも純白のような天使の羽だったのだ。


『…………』


 やはり女神は何も答えてくれない。

 役目を終えたとばかりに、足元から姿が静かに消えていく。


「前と同じく、全ては自分で探してこいか」


 この世界の召喚された英雄職には、マニュアルなど支給されない。

 自分の足で駆けずり回り、その目で地道に探していくしかないのだ。

 まったく愛想もなければ、気も利かない困った女神様である。


「だが……感謝する。このオレにチャンスを与えてくれて」


 消え去る女神に向かって、深く頭を下げる。

 最大級の敬意を払う。

 こんな中年の男に、再びチャンスを与えてくれたことを。

 生きる希望を与えてくれたことに対して、心から感謝する。


『…………』


 気のせいかもしれない。

 女神は一瞬だけ表情を崩した。

 少しだけ温かい笑みを浮べて。でも少しだけ悲しい表情のまま、姿を消していく。


 最後のその人間らしい表情に、オレは見送られた感じがする。



「じゃあな……」


 消え去った女神に、最後にもう一度だけ別れを告げる。

 おそらくもう二度と会うことはないであろう。


 だがオレは決して忘れない。無表情ながらも、慈愛に満ちた時空の女神のことを。


「さて、行くか」


 転職を終えて、後は出発するだけである。麓(ふもと)に戻る転移門の前に立つ。

 ここから先は厳しい現実世界である。全ての職業スキルとレベルを失っていた。


 信じられるのは身につけた経験と知識。そして不思議な英雄職だけである。本当にどうなるか予想もできない。


「だがオレらしいな」


 転移門に手をかざす。

 後悔も不安もない。あるのは前回以上のワクワクする冒険心。新しい人生への希望の光である。


「今度こそは……表舞台の人生だな」


 自分に誓うように転移の光に包まれていく。

 こうしてオレは新たなる目標に向かって、再出発するのであった。

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