第2話はじまりの場所

 次の日の朝。

 オレはライサスの街を出発していた。

 予定していた旅ではない。朝起きてから、思い立ったのである。

 向かう先は、大陸の中央にある巨大な竜王山脈。その頂上である。


「さて、行くとするか」


 竜王山脈に向かうために、ライサスから転移門(てんいもん)を三度乗り換えていく。

 転移門は大陸の各地にある、空間移動の魔道具である。

 本人が一度行ったことがある場所なら、一瞬で行くことができる夢の装置だ。


 管理しているのは、大陸でも最大の勢力を誇る聖教会。使うためには高額のお布施が必要になる。

 そのために庶民や普通の冒険者は使えない。

 感覚としてはファーストクラスの飛行機で、海外旅行に行く金額程度である。

 オレのこれまで貯めていた金を、惜しみなく使うことにした。


 また転移門には人数と重量。その二つに制限がかかっていた。これは軍事目的に使われないための安全装置である。

 今回は自分一人の旅であり、特に問題はない。


 ◇


「懐かしいな」


 転移門を三回乗り継いで、龍王山脈に一番近い辺境の街に到着する。

 名前はたしかサザン。

 オレと六英雄が六年前、異世界で最初に訪れた街。当時はここで一ヶ月ほど過ごした、いわゆる“始まりの街”である。

 時間が止まったように、街の様子は変わっていない。


「さて、ここからは徒歩か」


 サザンの街からすぐに出ていく。

 ここからは徒歩で山の麓(ふもと)までいく。

 結構な距離があるがこの六年間、身体の鍛錬を欠かしたことはない。体力的にも大丈夫であろう。

 また自分の冒険職“怪盗”の特性もあり、この身はかなり軽い。高速移動スキルの“韋駄天”を使えば、昼過ぎには到着するであろう。


 ◇


 サザンの街を出たオレは、ひと気のない道を進んでいく。予定通りに、山脈の麓のとある場所に到着する。


「この転移門はまだあったのか」


 樹海の中に小さな転移門があった。

 石を組み合わせて作っただけの、野良の門である。

 あまりにも森に埋もれているために、普通の者は見つけることもできない場所だ。


 また運のいい冒険者が見つけたとしても、ここは使用できない。

 何故なら転移門は“本人が一度行った先にしか行けない”というルールがある。


 つまり龍王山脈を踏破した者でないと、この門は使えないのだ。

 大陸でも最高難易度に険しい龍王山脈。ここを踏破した者は未だにいないと聞く。


「やっぱり、ここ数年で来た奴はいないな」


 念のために転移門の周囲を調べる。

 踏み固められた地面や、ホコリからある程度の推測はできた。

 これも冒険者として培ってきた技術である。


「オレだけか……寂しいものだな」


 もしかしたら今日、ここに来たら、昔の仲間に再会できるかもしれない?

 運命の偶然の再会。

 そんな甘い考えが自分の中に、少しはあったのかもしれない。


 だがオレ以外の仲間は全員英雄となっていた。

 今さらこんな場所にくる者はいないであろう。オレだけが日の当たらない場所にいるのだ。


「さて、上にいくか」


 転移門に手をかざし念じる。

 眩しい光に包まれたと思うと、一瞬で転移が完了する。


 ◇


 転移した先は薄暗い洞窟の中。目の前には小さな泉がある。

 ここは龍王山脈の頂上にある場所。出入り口の無い密室空間である。


「相変わらず何もない場所だな」


 ここ来たのは六年ぶりである。

 日本から召喚されて降り立った、始まりの場所であった。

 偶然なことに召喚されて今日で、ちょうど六年目の記念日である。

 それもあり足が向いたのかもしれない。


「懐かしいな……」


 変わらない空間に感慨にふける。ここに初めて来た時のことを思い出す……。


 六年前の今日。オレを含めた七人が、女神によってここに召喚された。復活した魔王を倒す六人の英雄として。


「今思い出しても、馬鹿げた話だな。異世界召喚だなんて……」


 あの日、突然のことにオレたち七人は混乱した。

 ランダムに選ばれ、互いのことを全く知らない男女七人。魔王を討伐するまで、日本に戻れる選択肢は無かった。


 だから生き残るために、全員が戦うことを決意した。そこから約一年に渡る魔王軍と戦いが始まるのであった。


「あれは辛い戦いだったな……」


 魔王軍との戦い。通称“魔王大戦”は激しい日々であった。

 こうして言葉にすると陳腐だが、本当に辛い毎日であった。


 召喚されて一年後。

 六人の英雄たちは魔王の本拠地“浮遊城”に到達する。そして遂に魔王を討伐に成功するであった。

 この世界に平和が戻ったのである。


「浮遊城に乗り込んだ“六人”の英雄か……」


 自虐的につぶやく。

 浮遊城は強力な結界に守られていた。

 行けるのは女神から英雄職を与えられた、選ばれた“六人”の者だけ。一般の冒険職の者は選択肢にすら入らない。


 そう……英雄職ではないオレは、行けなかったのだ。

 異世界で苦楽を共にした六人仲間たち。その高みに自分一人だけ、届かなかったのである。


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