不遇だった影職の青年、〈レベルリセット〉で第二の人生は最適で最強へと至る
ハーーナ殿下
第1話さえない冒険者
オレは冒険者である。
大陸各地に点在する迷宮や遺跡に潜り、モンスターや宝箱から宝を得る。
またギルドから依頼を受けて対価を頂く。
そうして生計を立てる冒険者の一人であった。
初めて迷宮に潜ってから、数年の年月が経っている。
訳あってこなした迷宮の経験の数は、ベテランの域に立っている。
そんなオレは今日も依頼を遂行していた。
「さて。今日はビッグラビットが二十匹か」
仕留めたモンスターの数を確認する。
ビッグラビットはその名の通り大型のウサギ。口元には鋭い牙があり、家畜を襲う危険がある。
今回は冒険者ギルドの依頼で、とある牧場に住み着いたビッグラビットを討伐していた。
「思っていたよりも、数が多かったな」
ビッグラビットの魔石(ませき)を数え直す。
魔石とはモンスターを倒した時に、ドロップする宝石である。
当初、冒険者ギルドから受けた依頼の数は十匹であった。
ビッグラビットの巣穴は壊滅させたので、これ以上はいないであろう。
「さて、戻るとするか」
もうすぐ夕日が沈んでしまう。この牧場から冒険者ギルドのある街までは、普通なら数時間はかかる。
自分の冒険職である“怪盗(かいとう)”。スキルの一つである快足移動の“韋駄天(いだてん)”を使い、風のように駆けだす。
それから一時間も経たない内に、オレはライサスの街に帰還するのであった。
◇
ライサスは大陸の端の小さな街である。
大きな特徴もなく何の産業もない。しいて言えば、麦種から作ったエール酒が美味いくらいか。
牧場から街に帰ったオレは、真っ直ぐ冒険者ギルドへ向かう。
陽も落ちてきたのだ、早くしないと受付時間が終わってしまう。
「依頼の品を持ってきたぞ」
「たしか……ソータさんでしたか? はい、そちらのカウンターで確認します」
オレはこの街に来たばかりである。
ギルドの受付人にも、まだ名前は覚えられていない。特に盗賊系の影職であるオレは、フードを深く被り顔を隠していた。
冒険者カードと魔石を提出して、身分と依頼を確認してもらう。
「はい、依頼通りビッグラビット十匹ですね。では報酬を確認してください」
受付人から冒険者カードを返してもらう。
記入された金額と依頼料を確認する。依頼書通りに振り込まれており、特に異常はない。
「それにしても、この短時間でビッグラビットを十匹も……Fランクなのに随分と手際がいいですね?」
「運が良かっただけだ。またくる」
来たばかりの街で、余計な勘繰りはされたくなかった。
そのためにビッグラビットの魔石も、依頼の十個しか提出していない。
目立ちたくなかった。
適当な返事をして、ギルドを立ち去っていく。
◇
そのまま宿屋に戻り、装備を外す。
有料のお湯を注文して、布で身体を拭く。同時に柔軟で身体もほぐす。
中年となり固くなった身体では、昔のように無理はできない。
毎日のアフターケアが生き延びるために必須である。
「さて、飯を食いに行くか。その前に用心を」
ここは格安の宿なので、金品の保管も万全ではない。
弓矢や鎧などの装備は、腰の魔道袋に収納する。中には数十キロまでの荷物を収納できる。
生物は入れる事はできないが、それ以外なら収容可能だ。
「相変わらず、コイツがあって助かるな」
この魔道袋(中)はレアアイテムの部類に入る。
普通の冒険者は持っていない代物。オレがこの世界に来た時に、支給された数少ないアイテムの一つである。
「さて、行くとするか」
宿屋を出て近くの酒場に向かう。
護身用のナイフは差したままである。街中といえども何が起こるか予想もできない。
顔を隠すフードを被り直し、酒場に入っていく。
◇
「一人だ」
店員に人数を告げて、カウンター席の端に座る。
まだ時間が早いこともあり、店内は空いていた。
一番安い日替わり定食と、麦酒のエールを注文する。
「はい、エールだよ。定食はもうちょっと待ってね」
元気のいいウエイトレスが、先にエールの大ジョッキを運んでくる。
生ビールと違ってキンキンには冷えていない。この世界ではこれが常識なのである。
「なかなか美味いな」
エールを喉に流し込む。中々の味であった。
そういえばこのライサスはエールの産地。何とも言えない苦みが、疲れた自分の喉を刺激する。
ツマミを食べて、またエールを飲む。
エール酒は最初は微妙だったが、慣れてくると病みつきになる美味さがある。
定食が来るまで、エールとツマミを交互に味わう。
「そう言えば、聞いたか?」
「ん。なんの話だ?」
ふと後ろテーブルの会話が耳に入ってくる。
無意識的に“盗み耳”のスキルで、会話を聞く。同時にフードの隙間から、相手を確認する。
影職のフードは顔を隠すだけはない。こうして視線を隠す時にも便利なのだ。
無意識の盗み聞きはもはや職業病である。
話しているのは若い冒険者のグループであろうか。
この街の地下には古代迷宮があり、こうした若い冒険者は多い。
一攫千金を夢見た若者たちが集まってくるのだ。
そんな駆け出しの冒険者たちが、料理をほお張りながら雑談していた。
「王都迷宮の最下層で、最高ランクのモンスターが討伐された……その話を知らないのか⁉」
「なんだと、本当か?」
若者たちは盛り上がっていた。
各都市の冒険者ギルドには、貴重な通信の魔道具が設置されている。
ギルドの連絡網は掲示板として、即座に張り出される。
その掲示板の情報を見てきたのであろう。話は牧場に行っていたオレが、知らない内容である。
「なんと討伐したのは、あの“六英雄(ろくえいゆう)”の一人らしいぞ!」
「マジか⁉ すげえな……」
「あー、オレもいずれは六英雄様みたいになるぜ!」
「お前はまだFランクだろうが」
「それを言うならお前もな!」
六英雄とは五年前に、この大陸の危機を救った六人の異世界人のことである。
若者たちは目を輝かせながら、六英雄の逸話について盛り上がっていた。
この者たちは駆け出しの冒険者なのであろう。
誰もが自分の将来に対して、何の迷いもない真っ直ぐな瞳をしている。
「はい、日替わり定食。パンはお替わりも出来るから」
そんな話を聞いていると、ウエイトレスが料理を運んできた。
洋風な盛り合わせのプレート定食。この中世風な世界では一般的な料理である。
「それならエールをもう一杯」
「はいよ!」
空になったジョッキを差し出し、お替りを注文する。
こんなフードを被った怪しい客に対しても、元気な対応なウエイトレスだと感心する。
腹が減っていたので定食を口にしながら、若者たちの会話の続きを聞く。
「それにしても王都のモンスターを討伐したのは、六英雄の中の誰だろうな?」
「さあな。そこまでは掲示板には書いてなかったからな」
若者たちは首を傾げながら、あれこれと推測の談義で盛り上がる。
『今、王都にいるとしたら“聖騎士”だ。ヤツしかいない』
オレは心の中でそう答える。
声には決して出さない。
六英雄の他の五人は、別の街を拠点にしていたはずだ。
それなら消去法で“聖騎士”しかいない。
あの男ならどんな高ランクのモンスターにも、負けないであろう。
正義感に熱い青年の顔が、脳裏に思い浮かぶ。
同時に胸の奥から、どす黒い感情が湧きがってきた。思わず顔をしかめる。
「はい、お替りのエールだよ。あれ? お客さん、どうしたの?」
「何でもない。年だから腰が痛んだだけだ」
声をかけてきたウエイトレスに適当に答える。
自分としたことが、どうやら態度にも出ていたらしい。フードを被っていても、感情を隠しきれなかったのだ。
オレもまだまだ修行が足りないということか。
「六英雄か……」
深呼吸をして、心を落ち着かせる。
そして誰にも聞かれないように、小さくつぶやく
かつての仲間たちの異名を。
◇
オレの本当の名前はソウタロウ・ミウラ。
今から六年前に魔王討伐のために、女神によって異世界に召喚された六英雄。
それに巻き込まれた悲劇な七人目の男である。
六英雄たちには魔王討伐のために、強力な“英雄職”を女神から与えられていた。
そしてオレだけは何も与えられなかった凡人である。
だが当時のオレはヘコタレなかった。異世界の夢と希望に満ちあふれていた。
だから六英雄たちと魔王討伐の旅に出ることにした。
今のようにフードを深く被り、影職してサポートしていくことを決意したのだ。
魔王軍との戦いは一年の歳月を費やした。本当に激しい戦いの毎日であった。
苦難の甲斐もあり、六英雄はついに魔王を倒すことに成功する。
彼らは本当の意味で、大陸を救った英雄になったのだ。
最後まで影職だったオレを除いて……。
「おかしいな……酒が不味くなったな」
また思わず声が漏れてしまう。
先ほどまで美味かったエール酒の味がしない。
忘れようとしていた辛い過去を、思い出したせいかもしれない。
「さて、戻るとするか。そういえば、明日は記念日だったな……」
残っていた料理をエールで一気に流し込み、オレは静かに宿に戻るであった。
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