間話 青龍

 あいも変わらず退屈な戦闘訓練だ。

 いくら第一クラスとは言っても、相手になるような者がいないのでは仕方がない。

 唯一訓練らしきものになりそうなセアノスが相手だが、それもすぐに終わるだろう。


 一撃の威力が重いセアノスの攻撃をいなしながら大きく使える空で距離を取って蒼氷を撒く。それもすぐさま反応して躱してくるが、さて今日はどこまで耐えられるだろうか?

 一つでも接触すれば落ちるだろうが、回避行動だけは本能なのか飛び抜けているからな。


「お前またそれかよー!」


 まだ文句を言う余裕があるか。


「あ! 増やすなよ! 面白くないだろ!」

「訓練が面白くてどうする」

「あーくそ! 面倒くさい!」


 悪態をついているが声は子供のように弾んでいる。ギリギリで避けているくせにこれだから根っからの戦闘狂は面倒だ。

 普通の者なら強化していても凍らせる蒼氷をギリギリで避けたりはしない。私だとてさすがにこれを多用するのはこいつだけだ。普通なら威力の弱い氷礫にするところだが、こいつの場合迷わず突っ込んでくる馬鹿だから牽制にならないのだ。


「ウィルフ、ちょいたんま!」

「戦闘中に何をほざいている。それと何度も言うが変なところで区切るな」


 宙返りしながらこちらに手を突き出すセアノスにため息が出る。

 戦闘停止は勝敗がついた時だ。

 油断を誘うような手をセアノスが使うのはいささか違和感ではあったが手を緩める理由にはならない。


「アホ! 俺じゃないんだよ!

 ——っ避けろ!!」


 私にではなく、誰かに向かって叫ぶセアノス。

 その時風を切る音を耳が広い、白い色合いの何かが見えた。

 何が? と思った瞬間には、牽制で放っていた蒼氷が弾かれ目前に何者かが迫っていた。

 蒼氷を弾かれた事に一瞬頭が停止したが、寸前で身体強化を強める事は出来た。


「ゔぁ」

「くっ」


 衝撃と何かが折れるような音がしたものの痛みはさほど無く、頬を撫でる柔らかな感触に、細めた目を開けば羽だった。


 いや、羽……?


 鳥族奴らの羽は金属のように固く冷たい筈だ。だが、頬を擽るそれはひどく柔らかい。

 羽に意識を奪われていると受け止める形になっていた身体がずるりとずれ落ち、咄嗟に抱える。見れば十五、六の少女が顔を苦しげに歪めていた。

 明らかに負傷したと思われる状況なのに、なぜかどくりと心臓が妙な鼓動を打った。

 

 なんだ? この感覚。


 救護室に連れていくべき、いやそれよりも近くにいる兎族のジャカルに見せた方が早い。そうわかっているのに、身体がざわつくような感覚に目が離せない。


「ニーナ!」


 いつ来たのか、輝くような羽を広げた鳥族が引ったくるように少女を奪った。

 途端、すっとざわつくような感覚が引き、代わりのように重みを失った腕が物足りなさを訴えていた。


「なんで強化を解いたんだ……!」


 焦燥を滲ませる男の声に一度小さく咳き込んだきりピクリとも動かない鳥族の少女。その羽はだらりと不自然な角度で垂れ——いや観察している場合では無い。

 ジャカルはと地上を見れば木陰で本を読んでいる姿が見えた。

 

「おい、治療をするから——」


 こちらに来いと言おうとした矢先、微かに男から青銀色の光が放たれた。

 途端、顔色の悪かった少女の頬に血の色が戻り、ごほっと口から血を吐き出した。


 これは……治癒? 鳥族が治癒の能力とは珍しいが。


「おい、お前——」

「救護室は……いやさっきのとこに戻ればいいか」


 こちらの言葉が耳に入ってない様子で、大きな羽を動かし飛んでいってしまった。


 鳥族はそもそも人の話を聞かないから仕方がないが……


 無意識に伸ばした手を下ろす。


「……休戦」


 セアノスの呟きが聞こえたかと思えば、険しい顔をして勝手に下に降りて行った。

 仕方なく私も下に降りる。

 乱入者の存在にヘイズは気づかなかったのか? と考えて、そういえば馬鹿を森に置いてくるために席を外していたのだと思い出す。

 先に降りたセアノスは何やら珍しく腕を組んで考え込んでいた。


「セアノス」

「……ヒナ? あの大きさでヒナ? 俺より早くてヒナ? そんなのあるか?」

「セアノス」

「だとしたらとんでもねぇぞ。マジかよ。すごいのが居たもんだな。後から来たあいつ、狙ってるのか? だとしたら」

「セアノス」

「とりあえず確認が先か」

「どこへ行く気だ。まだ授業中だぞ」


 飛び立とうとするのを捕まえれば、鬱陶しそうな顔を向けられた。


「聞け。まだ授業中だ」

「あ。あー……ったりなぁ」


 渋々地面に足をつけるセアノスにため息が出る。


「さっきの鳥族は知り合いか?」

「新顔。男の方は寮で見たけど子供の方は知らないな」

「……一つ聞くが、お前たちの羽は常に強化しているのでは無いのか?」

「してるに決まってるだろ」

「だが柔らかかったぞ」

「柔らかかった……ってお前! そうだよ! 何触ってんだよ! 女の子の羽触るとか!」


 胸元を掴もうと伸びてきた手を払いのける。


「不可抗力だろうあれは」

「うっわ、お前ラッキースケベとかないわー。顔完全に埋めてたもんな。子供相手にないわーひくわー」


 蔑むような目をしてくるセアノスに、こういう軽い言動をする奴だとわかっていてもいらつく。


「巫山戯るな。こちらも強化が間に合わなかったら負傷していたんだぞ」

「蒼氷弾かれて間抜け面してたもんなー」

「っお前でも避けるだろうが! この学園で突っ込んで来るような奴がいると思うか!」

「ッハハ! 天下の青龍が驚くなんてやるねーあの子」

「おまえ……!」

「意外だな……強化解くなんて番相手でもそう無い筈なんだけどな……」


 こちらを見ながら呟くセアノス。そのゆるい視線と内容からして、また自分の思考に入ったのだろう。相変わらず話の切り替わりが唐突過ぎる。

 それにしても、あの少女……


「かなり痛めたようだが……」


 折れた羽など初めて見た。

 基本的に鳥族は好きでは無い――むしろ厭わしいのだが……あの姿は見ていて気分の良いものではなかった。


「平気だろ」


 聞いてないかと思えば聞いているのもいつも通りだ。反応しづらくて面倒くさい。


「平気?」

「あの歳までヒナなんだからな」

「ひな?」

「え、知らないのか? ヒナ」

「……」

「まじで? ええ? 天下の龍族様が?」


 目を丸くしてこちらを馬鹿にするように驚くセアノス。

 こいつは……


「いいから教えろ」

「ヒナはヒナだろ?」

「だからそのひなとは何だ」

「ヒナだよ」

「……別の言葉で説明しろ」

「別? ………子供? ちっちゃい子?」

「そこまで小さくは無かったと思うが」

「色が子供なんだよ、大人の色じゃない」

「色?」

「白で光って無かっただろ。あれ子供なんだよ。色が変わったら大人の仲間入り」


 ほら、とセアノスは自分の羽を広げて見せた。

 たしかにこれの羽は黒と灰色と白のまだらだが……


「珍しいんだぞ、あれでヒナってのは。絶対あれは幻獣種になる」


 幻獣種?


「あ、駄目だぞ。ウィルフは無し。お前選び放題だろ? キャンキャンもいるし」


 キャンキャンとは誰だ。まさかキッカディアのことか。


「あれは勝手に――」

「だからなし」

「人がしゃべろうとし――」

「あの子は俺が欲しい」


 しゃべらせろ!


「あれは幻獣種じゃ無いだろ。気配匂いが違う」


 無理やりセアノスの口を塞いでこちらの質問をするが、すぐさま塞いだ手を剥ぎ取られて蹴りが飛んできたので避ける。 


「だから、まだ子供だっていってるだろうが!」


 何を言っているんだこいつは?

 子供も何も獣人は生まれた時点で幻獣種かどうか決まるだろうが。


「なしだぞ、なしだからな!」


 本気の様子で続けざまに蹴りを放ってくるセアノスに呆れる。馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、何を勘違いしているのか。


「わかったわかった。そもそも鳥族など相手にしたくもない」

「よっし、それ忘れんなよ!」

「お前に一番言われたくない言葉だな……」


 なんでもかんでもすぐ忘れる奴が。まったく。

 相手にする気はないが……ただ、あの羽がどうなったかだけは確認しておきたい気もする……


 もう一人の男が治癒の力を持っているようだが、折れた羽根までは治っていなかった。

 救護室には腕のいい兎族の治癒者がいた筈だから大丈夫だろうが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る