第16話
埒も無い事を考えてないで準備をしよう。
川辺の石は小さく、積むには心許ないので竈は無しで風を避けられそうな場所を選んで普通に枝を集めて火をつける。と言っても火をつける道具なんて持ってないので、地味に手で木の棒を擦るきりもみ式だが。獣人としての馬鹿みたいな体力でキリキリやれば煙が立つのはすぐだ。乾いた樹皮を裂いたものに火の粉を移して火を膨らませ、細い枯れ枝にそれをうつす。徐々に枝を太くして火を大きくしてから、目星をつけていた川辺のハーブをぷちぷちと摘んでいく。川魚は川自体大きくないから大きそうなのはいない。沢蟹は油で揚げればおやつ感覚でいただけるが油も鍋もないので無しだな。あとは処理用の穴を二つ、木の下と水深がないので川の中に作っておく。
しばらくしてフェリクが戻ってくると四本の牙が特徴の
フェリクの鞄の中には日持ちする調味料が揃っており、いつの間にこんなもの揃えたんだろうと思いつつ洗った岩の上で肉に揉み込んで木の枝に刺し、焚き火の周りにざすっと力強く突き立てていく。
パチパチと木が爆ぜる音をBGMに残りのお肉どうするかなーと考えていると、焚き火を見ていたフェリクがいきなり石を投げた。
「だっ!」
茂みの中に吸い込まれた先で呻き声。
どうやら誰かいたらしい。茂みを大きく揺らしながら飛び出てきた。
「何すんだお前!」
もさもさした茶色い髪と三角の耳、先っぽだけふさふさの尻尾をした大柄な人物だった。
白い服なので学生なのだろうが、二メートルを超えていると思われる身長と、私の太腿以上ありそうな太い首に太い腕と、とにかく全部が規格外の大きさで学生という名詞がこれでもかという程似合わない。プロレスラーと言われた方がまだしっくりくるし、冒険者だと言われても成る程と頷ける。
というか、冒険者で思い出したがヒト族だった頃に営んでいた宿に時々泊まっていた獅子獣人のおじさんに似ている気がする。
「様子を伺っていた奴が言えることか。失せろ」
「ぁあ!? こっちはサバイバルの補講中なんだよ! なのにそんないい匂い撒き散らしやがって! こっちは昼飯も抜かれてるんだぞ!」
敵意は無いと判断したのかフェリクは無反応になり、対して石を投げつけられた獅子族らしき人の方はボルテージが上がっていく。
フェリクの反応からして大丈夫なのだろうとひとまず牽制用にと拾った石を手放して、切り分けたお肉を獅子族らしき人の目の前に出す。
「あの、これどうぞ」
「ニーナ」
「だって持っていってもらった方が早そうだし全部食べきれないでしょ。干し肉にする時間なんてないしさ」
「獲物ぐらい俺様も狩ってる! 火が無いだけだ!」
「なら生で食え」
「旨くないだろうが!」
フェリクの言葉に間髪入れず吠えるもさもささん。
不味いからダメなんだ。お腹を壊すからじゃないところに獣人らしさを感じる。
でも本当においしいお肉って生でおいしいと前世の記憶にあったような気も。自分で試す気は全くないけれども。そもそもジビエの場合は臭みが強くて無理か。
「火を起こしたらいいじゃないですか」
「やれたらやってる!」
……なるほど。そりゃそうか。あればやってるか。
「ほっとけ」
フェリクの言葉に同意したいけど、さっきからこの人焚き火の肉に釘付けなんだよ。
「サバイバルの補講って何をしているんです?」
「あ?」
「ニーナ」
「だって見られてるのも嫌でしょ。で、何をしてるんです? 補講というからには課題があるのでは?」
獅子族らしき人は、あー?と空を見上げた。
まさか把握してないとか言わないだろうな。
「何かここで食えと言われた。か?」
疑問符を顔に浮かべて応える姿に、この人、うちの父並みの記憶力では?という疑惑が生まれる。
「サバイバルという事からして、自分で獲物を狩るか植物を採取して食べれるように処理する事を求められたのではないですか?」
「……そうなのか?」
コテンと首を傾げる姿は小さければ可愛いが、こうも大きな人だと、おいおい……と突っ込みたくなってくる。
「……監督している先生はどこですか?」
とにかく状況を理解していないのに放置はまずかろう。教師はどこにいるのか。
「いないぞ」
「いない?」
「明日の昼までここにいろって言って帰ったからな」
「え……」
学生を一人に?
フェリクを見ると首を振られた。少なくともフェリクが知覚出来る範囲には居ないのか。
さすがに放置という事ではないと思うのだが……
どうしようかと少し悩んだが、焼けた肉に視線を奪われている姿を見て悩む事を諦めた。そんな様子を見せられては放っておけないじゃないか。
「火の起こし方は知ってます?」
「そのぐらい知ってる!」
「ではここでやってみてもらえますか?」
「お、おう! いいぞ!」
挙動不審で自信が無いのがバレバレだが、大きな身体でせっせと木の枝を集めてきて分厚い手で木の棒を挟み擦り合わせ始めた。
だがすぐに手のひらで回している方の木が圧壊して使い物にならなくなった。
なるほど。それでか。
「ああくそっ!」
「待ってください。刃物はお持ちですか?」
猛獣っぽい人は自慢げに手を翳してジャキンと爪を出して見せてくれた。どうなってるんだその爪。出し入れ可能なの?いやいや、追及は止そう。火をつける事が優先だ。
「では枝をこういう形に出来ますか?」
立ち枯れていた木の枝をナイフで板状に削り出して溝を作ると、ガリガリと爪で真似てくれた。意外と素直だ。っていうかすごい切れ味だなその爪。
「そうそう、そんな感じです」
「こ、これぐらい簡単だ!」
意外と器用に削るので手を叩けばごつい顔を赤くされた。もしや褒められ慣れてない?そんなあからさまに嬉しそうにされるとは思わなかった。
「ではそこに、こういう風に木の棒を当ててみてもらえますか?」
溝に嵌めるように木の棒を当てて見せると、それもまた素直に真似た。
一旦手に持っていた見本を置いて、大きな手を掴み一緒に木の棒を両手に挟ませる。
「いいですか? さっきは軸、この木の棒があちこちにずれて安定していなかったので押さえるために力を入れていました。でも今は安定しているのでその力はそこまで必要ありません。このぐらいの力で大丈夫です」
「お、おう……」
「そのまま、下に向かって少しだけ力を入れながら素早く動かす事に意識を向けてみてください」
「わ、わかった」
手を離すと、真面目に木の棒を回し始めた。
さほど時間は必要とせず、煙が立ち始めたので乾いた樹皮を裂いたものの上で擦るように誘導し火の粉が出来たところで弱く息を吹きかけるように言えば無事に炎へと膨らんだ。そこへ枯れ枝を投入して完成だ。
「で……出来た………」
感動しているところ悪いが、やる事はまだまだある。
「あなたの獲物はどこですか?」
「え?」
「火がないならまだ捌いてないのかと。捌かないと食べれませんよ?」
「あ。ちょ、ちょっと待っててくれ!」
慌てた様子で森に消えたが、行く前にもう少し火を気にした方が。まだ枝入れたばっかりだから様子見てないと消えるんだけど……
「ニーナ」
「ありがと」
焚き火の番をしてくれていたフェリクがいい感じに焼けた串を寄越してくれたので、火を安定させつつ頬張る。塩とハーブだけだが肉の旨みをいい感じに引き出していて美味しい。ちょっと焦げてカリッとしているところもいいし、中のジュワッとジューシーな感じもいい。
フェリクは無言で食べて用意していた次の串を焚き火のそばに刺している。焚き火が二重に肉で取り囲まれて、お肉祭りになっているのがなんとも笑いそうになってしまう。お気に召したようでなによりだ。
「持ってきたぞ!」
幾ばくもしないうちに再び猛獣っぽい人が現れた。片手で三メートルぐらいありそうな
剣鹿はその名の通り額から一本伸びるツノがブレードのように鋭く、それ自体が固くてなかなか折れないのだが……無残に途中から折れていた。そこそこで買い取ってもらえるのにもったいない。自信満々に見せてくれるが、お金を稼ぐ意味で狩りをした事が無いのかもしれないな。
「どうだ? お前たちのよりでかいだろ」
「そうですね。大きいです。血抜きも出来てるようですし」
「血抜き?」
木にくくりつけようと思ったが、この重さに耐えられる蔦が無い。手間だが撚って強度を出して後ろ足を太い枝に括り付ける。
致命傷と思われる半分切れている首筋から血が流れた後があり、多少時間が経っているようだ。それほど気温は高くないから大丈夫だろうが、早めに内臓を抜かないと。
「首を切ってますから、太い動脈から血が抜けるんです。心臓の動きで押し出されますからね。あとは早めに内臓を抜いてしまったほうが痛まないんですけど。あ、いつもはどうやって捌いています?」
「さあ。知らん」
予想通りではあるんだけど、スッパリ言われると微妙な気持ちに。
辺境だと十歳ぐらいでもう小さな獲物は捌けるのだが都会だとそうもいかないのだろうか。獣人ならその辺簡単にやってしまいそうなイメージがあったのだが、これも彼らの中で生活しないと分からない事だな。
「じゃあ私が教わったやり方をしてもいいですか?」
「おういいぞ」
「じゃあやります。
皮を先に剥いだり、内臓を先に落としたり、いろいろやり方はあるみたいなんですけど、私は先に皮を剥いでしまいます」
ぷつりと刃を入れてすーっと表面を撫でるように裂いていく。そこから刃を寝かして入れて切り剥がすように皮を離していく。
「内臓を落とす時は腸や膀胱を破いてしまわないように注意します」
刃を入れる深さや、実際にどれを傷つけたらダメなのかを話しながら開いて内臓を落としていく。
村なら内臓も使えるのだが、ここでその説明をしてもしょうがないので割愛する。
興味津々に見ている獅子族らしき人は、途中これはなんだあれはなんだと質問が多くなったが妙に楽しそうにしていた。
肉の塊となった
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