第17話
「捌き方はこんな感じですが、見るのは初めてでしたか?」
「見た事はあったが、お前みたいに説明がわかりやすくなかったな」
腕を組んで見下ろす獅子族らしき人は機嫌良さそうにゆったり尻尾を揺らしている。
「それに狩れば誰かがさっさとやるからじっくり見る事も無かった」
「なるほど。機会が無かったんですね」
あとは肉を適当な大きさに切り分けて整えた棒に刺して焼くだけだ。
「塩とか何か持ってます?」
「塩はあるぞ」
塩があるなら十分だ。
カットして串に刺し塩をふって渡す。
「火には近づけ過ぎないようにしてください。焦げてるのに中が生という代物になるので。逆に生っぽいのがお好きでしたら近くに刺せばいいですよ」
「わかった」
言われるまま焚き火の周りに刺していく。
「後は定期的に向きを変えれば焼けます」
そう言って採取しておいた泡の実でもう一度手を洗ってからフェリクのところに戻り、次の串を貰う。ピリ辛のやつだ、うまい。
「追加する?」
ずっと食べてるフェリクに聞けば頷かれた。とりあえずピリ辛の串を食べ切ってから追加の串を作る。次は何にしようか。結構調味料の種類があったからな。
「ニーナ」
「ん?」
「夜も」
「夜は食堂に行けばいいでしょ」
「……味が落ち着かないんだよ」
ふぅと哀愁漂う憂い顔でため息をつくが、大量の串肉(ほとんど塩とその辺のハーブ味)を前にそんな顔をされてもさすがに恰好が付かず、コントにしか見えない。
それに食堂のご飯は普通に美味しかったと思う。パンは硬かったけど、日持ちさせるタイプだからそういうものだし、おかずもスープも問題なくおいしかった。もしかすると味噌が苦手なのかも?
「茶色いスープが駄目なの?」
「そういうんじゃなくて……」
言い淀んで黙り込むフェリクに、何が嫌なんだろうなと思いつつそれじゃあと提案してみる。
「焼いたのを持って帰る?」
しばし考えるような間が開いてこっくりと頷かれた。
じゃあ準備するかと追加の串を作って、包みに仕える包葉と紐を探す。大抵水辺に生えているのでこれはすぐに見つかる。笹に似た両手程の大きな葉をぷちぷちと採取して小川で洗って近くの木に吊るして戻ると、肉の消費状況が想像より早くてちょっと顔が引き攣った。
「いつもより食べてない?」
持ち帰り用にと追加した串も食べそうな勢いだ。
「力を使ったからな」
「力?」
聞き返せば、フェリクはハッとしたように口元を押さえた。
「いや……なんでもない」
すいっと視線も逸らされた。なんでもない何てことは無いだろうが、そこはまぁ別に構わない。
「体調は? どこか悪い?」
「いや、腹が減っただけ」
「本当に?」
「あぁ」
焚火の前にずっと座っていたせいでか顔は火照っているように見える。顔色で判別は出来ないが、声の調子はいつもと変わらないので大丈夫そうではあるが……
「体調悪いなら変に隠さないでよ?」
「……あぁ」
口元を手で隠してくぐもった声でもごもごと頷く姿は……本当に大丈夫か?
随分とおかしい気がするのだが。どこか気もそぞろな様子だし、何度もぐるぐる串を回しているのは何かを隠そうとしている子供のようでもある。
言いたくないならそれでいいんだけどな。
「あとどれぐらい食べる? 全部だとすごい量になるけど」
話題を変えれば、ちらっと残りの肉の塊を見てちょっと落ち着いたのか視線を上げて考えるような間があいた。
「……あと半分」
半分って事は牙猪の三分の二は食べる事になるんだが。
胃もたれしなきゃいいけどと思いながら、食べると言ってるのでせっせと作る。
そしてそれを本当に食べるフェリク。結局持ち帰り用まで含めると丸まる食べた事に……大して食べてないがこちらが胃もたれしそうなぐらいだ。
ちなみにもさもささんは焼けた自分の串肉を楽しそうに頬張っていた。
「……お前、ほんと世話焼きだよな」
「え?」
「それが……だけならいいんだけどな……」
「ごめん、なんて?」
わざわざ耳を強化してまで聞いてなかったので呟きに近い声が聞き取れなかった。
「なんでもない。ちょっとした愚痴だ」
「愚痴なら聞くよ?」
フェリクは「これだからな」と呆れた口調で肩を竦めて見せた。
小馬鹿にされたような気がするのだが。愚痴じゃなくて喧嘩を売られているのだろうか?
まぁ精神年齢何歳だよという状態の私が応じるのは情けないので首を傾げるだけに留めるが。
「……もうお前はそのままでいいよ。それでもいいって諦めた」
「どう言う意味?」
「別に。ほら」
飛んで帰るからと来た時同様抱えられるが、釈然としない。貶されているような気がするんだが。
じとーっと顔を見続けたのだが、スルーされたので結局意味はわからなかった。なんだったんだ。
翌朝、ヘランたちを見送り私は再び寮の前で待った。
今日は高等部の先生が私とフェリクをクラスに送ってくれるらしいのだ。
各クラスにはクラス担任がついていて、その先生とクラスの子達同時に初顔合わせということになる。
ちなみに時間割もあって、今日は前世の日本で言う所の歴史と言語学、民俗学と戦闘訓練だ。午前中に歴史と言語学、民俗学があって、午後に戦闘訓練がある。
のんびり待っていると、狼族だという銀色の髪と耳の先生がやってきた。セルジュ先生と言って言語学の先生との事。顔の左半分を髪で隠したアウトロー風の見た目とは裏腹に言語学を教えるインテリだというので獣人は見た目で判断できない。
「食べ過ぎてお腹壊してない?」
「全然」
そっとフェリクに聞くと、眠そうな薄い表情のままけろっとした答えが返ってきた。すごいな。獣人と言ってもさすがにあれは食べすぎだと思ったのだが。
真似できないと頭を振って歩いていると、他の教室が見えた。備え付けの長い机と背もたれの無い椅子がいくつも並べられて、適当にそれぞれが座っている大学のような風景だ。この世界でそれが普通なのかどうなのかは、宿屋の娘だった私には学校なんてものに縁が無かったからわからないけど。
あ。言語学といえば、と思い出してセルジュ先生に妖精族の言語とヒト族の言語を希望するにはどうしたらいいか聞くと、横で聞いていたフェリクも希望して一緒に対象者として入れてもらえた。
そんなやりとりをしながら静かな廊下を進んで三つ離れた棟の三階に上り、ようやく到着した。
それにしてもセルジュ先生の尻尾、艶やかだ。よく手入れされていると思われる銀色のふっさふっさな尻尾が歩くたびにゆらゆら揺れていて……
はっと視線を感じて横を見れば、フェリクが呆れた顔をしていた。
わ、わかってるよ?でもふっと前世の記憶が顔を出して騒ぐんだよ。お目にかかった事がないような代物が目の前にあると余計にそれが刺激されるというか。
「ここが三年の第一クラスの教室だ。お前達なら場所ぐらい覚えられるだろ」
先生の声に咄嗟に神妙に聞いてる振りをする。
横でフェリクが小さくため息をついてるが……いやいやフェリク、バレてない点に注目してくれないかな?これでも街に着いた当初よりかなり成長したと思わない?
「大丈夫です。セルジュ先生、ありがとうございました」
キリッと表情を引き締めて言えば、セルジュ先生は教室の戸を叩いて中から顔を出した先生に引き継いでいた。
中から出てきた先生は一見すると獣人の特徴が何もないただのヒト族のように見える。ただし、水色の髪と同色の目の色はヒト族ではなかなか見ない色だ。顔立ちは戦闘慣れしてそうないかにもな強面だが、疲れているのか覇気がなく中年の中間管理職を思わせた。
「あの先生、何族かわかる?」
「龍族」
そっとフェリクに聞いたら即答された。しかもまさかの龍族。
龍族の特徴と言えば頭に生える二つのツノと縦に裂けた瞳孔だとルクスさんが言っていた。瞳孔の方は感情の昂りでそうなるらしく、普段は普通の目をしているとか。それならツノかと頭部を観察すればこめかみの上に髪色と同色のツルリとした質感の小さなものがちらっと見えた。思いの外ツノは小さいらしい。
「ニーナとフェリクだな」
セルジュ先生と引き継ぎを終えた先生がこちらに向き直った。
「私は第一クラスの担任をしているヘイズだ。入れ」
教室の中へと招き入れられ、入ろうとしたらフェリクに腕を引っ張られて先に行かれ――そして腕を掴まれたまま私も入る事に。
いきなり何をするのかと驚くが、感じる視線に驚いている暇はないと気を引き締める。
「さっき話した通り、この二人が今日からこの第一クラスに入る」
教室内に目をやると鳥族や猫族っぽい人や犬っぽい人、狐っぽい人やうさ耳の人がいて、その他にぱっと見わからない人もそこそこいた。
私に向けられた視線は一瞬で大部分が横のフェリクに移っていた。見た目からしてすごそうなのはフェリクの方なので納得の視線の動きではある。
私に残った視線は鳥族の二人。一人は昨日の朝に会った孤独の天才ノエル様。もう一人は初めて見る黒と灰と白の羽の青年だ。なんとなく色合い的に猛禽類っぽい。
よく見れば昨日ぶつかった青年もいる。あの人ここのクラスの人だったのか。目があったので小さく目礼。
「適当に自己紹介しろ」
ヘイズ先生に促され、フェリクにどっちが先にする?と聞こうとしたらフェリクが先に口を開いた。
「フェリク。種は
幻獣種だと気が付いていたのか、ほとんどの人がやっぱりなという顔をしていた。そうで無い人は昨日の朝、食堂で既に見かけたというのがあるかもしれない。
「そっちも」
「あ、はい。ニーナです。よろしくお願いします」
促され、同じように自己紹介とも言えない自己紹介をした。趣味とか言おうかと思っていたが、全くそんな空気じゃない。
「よろしいかしら」
オレンジ色の髪を高く結って簪のようなもので止めている女子生徒が肘を伸ばさず上品に手を上げている。着ている服はチャイナとアオザイの中間みたいな服。昨日ぶつかってしまった青年と同タイプだ。そしてすごくスタイルが良くて同年代とは思えない妖艶さがありこれはこれで本当に学生かと見紛うほどだ。
ヘイズ先生が頷くと、彼女は立ち上がりフェリクに視線を向けた。
「あなたの種、幻獣種と記憶しているけれど相違ないかしら?」
「それが?」
「確認をしただけよ。優秀な種であればこちらにも対応がありますから」
対応……この言動、もしかして……
にっこり微笑んでいるオレンジの女子生徒を観察すれば、耳の後ろあたりに硬質そうなものが見えた。髪色と同じで見づらいが龍族で間違いなさそうだ。
「隣の貴女は何という種なのですか?」
彼女の表情は微笑んでいるがその視線は随分と冷えたものだ。こういうのを目が笑っていないと言うのだろう。前世ではどちらも平凡な人生を歩んでいたからあまりお目にかかった事はないが、こういう目はなかなか居心地が悪いなぁと思う。
「わかりません」
「わからない?」
微かに顔を顰められたが、子供の私は何の種かまだ決まってないらしいので答えようが無い。敢えて言うなら雛鳥だろうか?でもそんな事を言ったら煽っていると取られかねないような気が……
「言いたく無いとおっしゃるの……ヘイズ先生、これは宜しいのですか?」
「入学に必要な手続きは全て終わっている。それ以上質問がないなら座れ」
オレンジの女子生徒は表情を変えなかったが、機嫌が一段階下がったのはなんとなくわかった。しかも彼女以外のおそらく学問科と思われる人達からの視線も若干鋭くなった。たぶん私が幻獣種ではないから戦闘科じゃなくて学問科で来たと思われたのだろう。敵意なのか不愉快なのかその度合いはわからないが、同じクラスメイトで仲良くとは言い難い空気である事だけはわかった。
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