第18話
「お前達は後ろの席だ」
それ以上の質問はカットするようにヘイズ先生が指示を出した。
その指示にありがたく従ってフェリクに腕を取られたまま後ろの席に座ると、同じく後ろの席に座っていた黒灰白の鳥族の青年がすっと横移動してきた。
「ね、ヒナちゃん後でおしゃべりしようよ」
周りのピリピリした空気を全く無視したチャラさだった。猛禽類っぽい色合いなのに雰囲気も緩くてカティスさんのような鋭さとかを全く感じない。しかもヒナちゃんって。雛だけど、そんな安直に言ってくる人がいるとは。
こちらが答える前に離れてしまったので、どういう意図かはわからなかったが少なくともマイナスの感情を向けられていないので少しだけ気は楽になった。
連絡事項らしき事を話しているヘイズ先生の声を聞きながら、フェリクに小声で尋ねる。
「龍族の幻獣種って誰かわかった?」
「紺色の髪の奴だ。オレンジの二つ横。お前を見てた。気をつけろ」
オレンジの子の二つ横っていうと……昨日ぶつかった青年?
あの人がそうだったのか……見てたのは、そりゃまぁ昨日ぶつかった相手だし見るだろうなと思う。そこに特別な意味合いは何も感じなかったんだが。
それよりも気になるのはオレンジの子の方だ。どうもフェリクにロックオンしたように思うのは気のせいか?
ヘイズ先生が教室を出るとさっきの猛禽類っぽい鳥族が横に来てこちらを覗き込むように顔を近づけてきた。
「ヒナちゃんは何を基準にしてる? 強さ? 俺強いけど、どう?」
鼻先が触れるとまでは行かないが、随分と近くてパーソナルスペースが狭い人だなと思う。心持ちフェリクの方へ逃げながらその言葉の意味を考えるが、何の話をしているのか主語が見えない。基準というぐらいだから、何かの判断基準だろうとは思うがそこから先が……
「セアノス。横の男が家族だ。それから順番としては私が先だ」
「は? 何でお前が先なの」
私から顔を離し、私とフェリクを挟んで反対側のノエル様を見るセアノスさんとやら。
「昨日の時点で申し込みをしている。だから私が先にこちらと話をつける。お前はその後だ」
「はあ? 昨日ってお前いつの間に」
「
セアノスさんとやらの話をスルーしてフェリクに話しかけるノエル様。それに対してフェリクは……不思議な顔をしていた。羨望か諦観か。うまく言えないが達観に近いような、それでいて少ししんどそうな顔だった。
「無理だな」
静かに応えるフェリクに、想定内ではあるが……と呟くノエル様。
「なぁヒナちゃん、ヒナちゃんはどうなの? そいつがいいの?」
セアノスさんが聞いてくるが、これは例の家族がどうのという話題の事でいいのだろうか。それであればそもそもそうであるとしか言えないし、ノエル様もそうだが初対面の人となるようなものではない。
「いいも何も家族ですから。フェリク以外の家族はお断りします」
よく分からない事に巻き込んでくれるなと口にすればセアノスさんとやらには苦笑いを浮かべられた。
「うっわ……そこまで断言しちゃうのか……こりゃー結構厳しいなぁ……」
「洗脳か?」
「さすがにそれはあの人が気付くって」
訝しむノエル様の言葉が不穏で、これ、話噛み合ってる?とフェリクを見れば、いつもは興味が薄くて眠たそうに見える目が目尻が下がって柔らかい印象になっていた。しかも揺らめくような白金の目は気のせいか溶けたように暖かさが滲んでおり、ついでに口元は緩く弧を描き――つまり、どう見ても嬉しそうだった。
ちょっと……いや、かなり。この
そんなに家族扱いが嬉しかったのか……
フェリクの事は大事な幼馴染だと思っているし、こんな事がなくても家族同然であると態度にも出してきたつもりだったのだが。
そういえば龍族に注意するようにと言われた時に自分が幻獣種だという事をバラしてでも家族だと言ってくれたし、寮に入る時も自分の家族だと言うように念押ししてきた。念押ししてくるという事はそうだと思われていないと考えているからだろうか? ……私の態度がそっけないとかそういう風に取られていた?
そんなつもりは全く無かったんだが……あ、いや確かに子供の頃に比べればいい加減
でもこの顔を見るとそれが間違っていたのかもしれないなと、そう思った。
次の授業が始まりそれ以上何かを言われはしなかったが、セアノスさんとノエル様から視線は感じた。横並びに並んでいるので、しっかりばっちりこっちを見ているという事がわかるのだ。
その他の学問科っぽい人からは警戒されている感じがするし……ヘラン達とはクラスが違うから良好な関係を築けたのかな?
なんだか思い描いていた学校生活とは違い気苦労ばかりが増えそうな予感がした。
ニックやトトやアルマと何も考えずに遊びたいなと現実逃避している間に午前中の授業は終わったが、正直気分はどんよりとしていた。
「ほらいくぞ」
教本をカバンに入れてフェリクに促され教室を後にする。
「あ、ちょっと待ってヒナちゃん。一緒にご飯食べよ。いろいろ聞きたい事あるし」
「私も聞きたい事がある」
追いかけて来たセアノスさんとノエル様に、正直気は進まなかったが今後一年ここで過ごす事を考えると、避けている場合ではないかと腹を括る。
「わかりました。フェリク、私は一般種のテーブルで食べるから」
「俺もそっちに行く」
「え、でも幻獣種は騒ぎになるから別に分けられてるでしょ」
「それならそこの男も幻獣種だ」
そこの男……って、セアノスさん?
驚いて振り向けば、セアノスさんも驚いた顔で私を見ていた。
「え。なに? ヒナちゃんわからなかったの?」
ルクスさんは幻獣種に会えば故意に隠してない限り違いがわかると言っていた。セアノスさんの様子を見るに隠しているという風ではないのだが……
「成換羽前だからだな。それでわからないのだろう」
「あ、なるほど。それで」
ノエル様の言葉にぽんと手を打つセアノスさん。私も内心ぽんと手を打った。羽と一緒でまた不具合なのかと思ったが、そういう可能性もあるのか。
「俺は風の匂いがするって言われてるんだよね。わかれば良かったんだけど仕方がない。ね、何が好き?」
「何が好き?」
「食べ物でもいいしそれ以外でもいいし」
「……好きなものですか?」
「そうそう」
歩きながら頷くセアノスさんと黙って聞く姿勢を見せるノエル様。そんな事を訊いてどうするのだろうかと疑問だが、待っているので何だろうかと考えてみる。
特に今まで何が好きと拘りを持った事は無いのだが……
そう思ってふっと浮かんだのは、ふさふさの尻尾やふわふわの耳で――
「言えないだろそれは」
まるで見透かしたようなフェリクの声にぎくりとする。
目が合えば、口が裂けても言うんじゃないぞ、と言われているのがわかった。
「い、いや、そんな事は……えー…あ、そう、子供、子供かな? 村でも小さい子の面倒を見てたから、小さい子は見てるだけで可愛いなと思うし」
それは本当だ。前世から子供は好きだったし、それは間違いない。フェリクの胡乱気な視線は無視する。
「子供? を、見てるだけで……可愛い?」
理解不能という顔のセアノスさんとノエル様に、まだ若いしそういう感覚にはならないかと苦笑する。
「あの悪魔みたいなのが?」
「悪ガキが?」
……二人ともなかなかやんちゃな子と出会った事があるようだ。
「可愛いですよ。すごく」
喜怒哀楽が全力で、大人みたいに装う事が出来なくて良くも悪くも純粋で。
確かに悪戯ばかりされると大変だけど、でもそれでも可愛いなと思うのだ。
「それよりセアノスさんも幻獣種なら一緒にご飯は無理ですよ」
「いやそれ鳥族は適用外だから。俺らって別にハーレム作るわけじゃないし、寄ってくるような奴も少ないから」
そういえば、鳥族って幻獣種だからと言って龍族以外からは嫌煙されてるんだっけ。話には聞いていたが、事実として耳にすると何とも微妙な気持になる。幻獣種ってすごい筈なんだけどな……
そのままの流れでずるずると食堂までいって四人で並んでいたら、ギョッとしたような反応をする人がいた。鳥族でも二、三人で固まっている人はいたからおかしな事でもないと思うのだが、孤独の天才ノエル様がいるからだろうか。
私以外の三人は周囲の視線など一切気にしていないので、一人胃が痛くなりそうだなぁと内心ぼやくしかない。
「あ、今日は”カレー”か」
”カレー”?
飛び込んできた名も知らぬ生徒の言葉に並べられた料理を見るがそれらしきものはない。聞き間違いだったかと視線を戻して順番を待ち、順番が回ってきたところで何にしようと視線を動かしてとんでもないものを見つけた。
どぎつい色のスープがあった。
スープ部分が魔女の鍋でぐつぐつ煮られていそうな真紫色で、ぷかぷかと食材と思われる何かが浮かんでいるのだが、赤や白の丸い何かが浮かんでいたり黒いつぶつぶが浮いてたり、若干肌色っぽく見える何かが浮いていたりと、はっきり言ってハロウィンに出てきそうなやばい見た目だ。
「”カレー”って病みつきになるんだよなー」
先を行く名も知らぬ男子生徒が気にせずご飯にかけているのを見て、それが”カレー”!?と喉元まででかかった悲鳴を飲み込む。
名前からしてサファリス様が作ったのだろうと思うが、何をどうしてそうなったと突っ込みたい。茶色安定のカラーが激変しすぎだろう。あって緑、黒、白だ。紫ってなんなんだ。今までたこ焼きとかお好み焼きとかおにぎりとか味噌汁とか見た目普通だったじゃないか。何故”カレー”だけこんな事に……
「ニーナ」
立ち止まっていたらフェリクに後ろがつかえてると引かれ、慌てて手を動かす。
……人間、怖いもの見たさってあるよね。
選んでしまった。もしものために少なめにしたけど、選んでしまった。
「しかし色がすごい……」
トレーに乗せた紫の威力が酷い。そこだけ料理じゃなくてアートの領域に足を突っ込んでいる気がする。
「じゃあどんな色がいいんだい?」
「え?」
顔を上げればカウンターの向こうで食堂の人と思われる恰幅の良い女性がこちらを見ていた。
「あ、いえ初めて見たので」
否定する気は無かったので慌てて言えば笑われた。
「大抵びっくりするからそんなものさ。あたしも毎回それ見て笑ってるからね。色を聞くのは趣味みたいなもんだよ。何色だったら食べやすい?ってね」
「あぁ…そうでしたか」
「で、何色だい?」
「ええと、無難に茶色ですかね」
「なるほどね。後で食べた感想を聞かせてくれると嬉しいんだが」
「時間があれば、はい」
先に選び終わって待っているフェリクが居たので軽く頭を下げて会話を切り上げさせてもらう。
テーブルに四人で着き、いざ食べる段階になって紫のカレーはなかなか手強かった。
紫色で浮いてたのは芋っぽかったのだが、白いのは白玉みたいな予想外の食感と味で頭が混乱した。そして驚くべき事に、匂いは薄いのだが味はちゃんと”カレー”の味だったのだ。だからまぁ余計頭が混乱したのだが……
「今までヒナちゃんってどこにいたの?」
「辺境です」
「辺境とは
「
「
「多いかどうかはわかりませんが、私とフェリクの父が間引きをこまめにしてたのでそこまで危険では無かったです」
「大型もいたと思うが」
「二人で事足りると言われて手伝った事はあまり無いです」
「二人でかよ……やるなぁヒナちゃんの親父」
「ニーナも討伐はしていたのか?」
「小物ならやってました。でもほとんど雑用で、村の子のお守りとかしてました」
「子守なんて物好きだな」
「変わってるな」
二人の矢継ぎ早の質問に答えながら食べるので、”カレー”の進みは遅くなる。白いご飯に紫色のスープが絡むのは精神的に何かを削られるような……早くも慣れてきたような……慣れてきた自分が怖いような……
「こいつもその村に?」
「そうですよ。子供の頃から一緒ですから」
「時間的優位か」
「ほんと手強いなー。学校入ってたらラインは同じだったのに」
学校に子供の頃入っていたら、か……
前世を思い出した頃はかなり不安定だったから学校に入っていたら奇異の目で見られていたかもしれない。フェリクみたいにわけがわからなくなった私に付き合ってくれる奇特な相手もそう居ないだろうし……それを考えると父達が忘れていた事は悪いことばかりでは無かったかもしれない。私があの記憶を受け入れる環境として、あの大らかなカピバラ族の小さな村は良かったのだと思う。
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