第19話

 質問が多い二人に時間が無くなるからと途中で止めてもら——う事はできなかったので已む無く無視して食べ切り、食堂の女性に”カレー”の感想を伝えておいた。出来ればホーリィという白玉もどきはトッピングとして選択式にして欲しい事も添えて。

 他は平気だったがあれだけは飲み込むのに苦労した。不味くはないけど、おかずに果物が入ってるのがダメな人ならなんとなく無理なことがわかってもらえると思う。”カレー”の中に甘いのがあるとか脳が混乱してしょうがない。


 口の中の違和感を抱えたまま、午後はまるまる戦闘訓練なので寮に教本を置いて訓練場へと向かう。場所は北側の第二訓練場。位置的には昨日お邪魔した北側の森の近くだ。

 フェリク達はすでに来ていたようで、セアノスさんに手を振られた。


「こっちだよー」


 フェリクは一人で居るかと思ったのだが、セアノスさんとノエル様とで三人一塊になっていた。でもその視線は遠くに霞む山脈に向けられており話をしている素振りは少なくともフェリクの方には無かった。

 フェリクが見ている山脈は大変可愛い名前なのでルクスさんの説明が頭に残っている。ニャルニャ山脈と言って、国内最北のテンス地区とこの学校がある中央区を隔てている。テンス地区というのは龍族の自治区だ。それより北は魔族が未だに残っているらしく、龍族が防壁の役目を担っているとの事。反対に南側、ヒト族の国と接しているところは虎族と獅子族が自治区を持ち防衛を担当している。


「まさかまた行きたいとか?」


 ノエル様とセアノスさんの話を半分聞き流しながら無言で山脈側を見つめるフェリクに聞けば、薄い表情のままひょいと眉が上がった。


「よくわかったな」

「食堂、美味しいと思うけど」

「そうじゃないんだよ。たぶん今頃親父さんやうちの親父はお前をここに行かせて後悔してるぞ」

「後悔? 父さん達が?」


 全く似合わない言葉に笑ってしまう。


「ないない。確かに気に入ってくれてた料理はあるけど、塩振っただけでもうまいって言って食べてたでしょ」

「……まぁな。だけどそれでも違うんだよ」


 そうなの?よくわからないが。


「料理をするのか?」


 ノエル様に聞かれ「一応」と頷けばセアノスさんに手を取られた。


「じゃ今度作って!」

 

 食堂があるのに何故。するっと手を引っこ抜いて距離を取る。


「作る場所も器具もありませんから無理です」

「その言い方だと作ってもいいと言ってるようなもんだぞ」


 ぼそりと言ったフェリクにはっとする。


「あ、ま」

「場所は研究室を使えば問題ない」

「じゃあ俺寮から借りてくる」

「やりませんよ、食堂があるんですから」

「ものは狩ってくればいいから」

「多少調べてみるか」

「あの! やらないですよ、やりませんからね?!」


 ええ?何故?という顔をするセアノスさんとノエル様に逆に問いたい。食堂があるのにわざわざ素人のご飯なんて食べる意味があるだろうか。


「それよりちょっと気になる事があるんですけど、なんで戦闘科と学問科を同じクラスにしているんですか?」


 話を逸らそう。平行線を辿るほど面倒なものはないからな。


「んん?」

「何故とは?」

「午前中の授業は学問科のレベルでしたよね? これからやる戦闘訓練はひょっとして戦闘科のレベルに合わせているのではないかと思うんですけど、それってお互いにきつくありません?」


 この疑問は授業を受けていて普通に感じた。

 学問科と戦闘科、普通は科ごとにクラス分けされてそれぞれ優秀な人材が相応の授業を受ける方が効率がいい。

 無理にそれぞれのレベルに合わせると戦闘科は学問科についていけないし、逆も然り。下手をすればまるまるその時間が無駄になってしまう可能性が高い。

 両方の科で上位という私たちのようなケースもあるが、管理者さんの話からしてもそれは稀なケースと言えるだろう。


「別に? 聞かなきゃいいし」

「戦闘科用の授業は学問科は観察しているだけだ」

「………」


 清々しいまでにはっきり言うが、それはつまり、それぞれの科での上位者を集めるという事だからそれぞれの順位が守られればいいという事で……極論、科が違う授業は寝ててもいいと思っているという事?


「無駄じゃないですか?」

「昼寝には丁度いいよ?」

「幾らかは授業は別だ。それに時間を無駄にするかどうかは個人次第だ」

「ノエル、お前の場合は自分のやりたい事しかしていないだけだ。正しくは、互いの立場と力量を把握し将来の政に生かすため、だ」


 第三者の声に視線を向ければ、あの龍族の幻獣種の青年だった。無表情ながらどことなく呆れた雰囲気を出している。言われたノエル様は聞こえてないのか聞いてないのか無反応。

 それから彼以外にもぞろぞろと人が集まり始めていた。あのオレンジの女子生徒もいて、こちらを見る視線が鋭い。だから何故こうも敵意を向けられるのか……


「そうでし――」

「あー! 旨い肉!」


 いきなり大声が上がり、何事だと見れば森で会った獅子族らしき人がこちらを指差していた。

 人を指差すのは、まぁまだ驚いてとか理由が想像出来るからいいとして、旨い肉というのはいったい? それからどうしてここにいるのかだが……もしかして、


「バルトと知り合いか?」


 龍族の青年の問いに思わず額を抑える。予想が確信に変わった。あの人、第一クラスの人だったとは。


「名前は知りませんが、昨日顔を合わせました」

「昨日? あれは昨日からずっと森に放置されていた筈だが」


 放置。補講じゃなくて、放置。放置?

 意味が分からなくて龍族の青年を見上げるが、ふざけている様子はなかった。


「お前の働きで飢えずに済んだぞ! 礼を言ってやる!」


 こちらが戸惑っている間にどかどか目の前までやってきて腕を組み背を反らして言うバルトさん、はははと愛想笑いを浮かべる。目立ちたくはないのだが、無視すると余計に騒がしくなりそうだ……。フェリクを見るが、ウィルフリートさんを警戒しているのか視線がそちらを向いていて合わない。もともとあの時も無反応を貫いていたから助力は得られなかっただろうが。


「えーと……どういたしまして?」

「だがなぁ、あの後自分で焼いたがお前ほど旨く無かったんだ」

「変わらないですよ。使ってるものは同じでしたから」

「いや何度もやってみたんだがどうも違った。お前の手は魔法でも掛かってるのか?」

「魔法なんてないですよ」

「そうか? あ、そうだ。一人でも出来たぞ!」


 一人でも?


「一眠りしたら火が消えていたんだ! だがちゃんと出来たぞ!」


 どうだ!と言わんばかりの、たゆーんと大きく揺れる尻尾の動きに思わず笑いそうになってしまった。

 ちゃんと一人で火がつけられたのが嬉しかったのだろう。見た目も言葉もあれだが、不思議と大きくても可愛く見える。いや、逆にだからこそ可愛いというか。


「一回で習得されるのはすごいですね」

「まああれしきの事当然だがな!

 そういえばお前、何でここに居るんだ? 三年の授業だぞ? 迷ったのか?」

「いえ、私も今日からこのクラスで学びますので」

「今日から? 野外演習前だろ? どうやって点数を稼いだんだ?」

「稼いだというか入学したばかりなんです」

「入学? 三年に?」

「いろいろ事情がありまして」


 父達が忘れていたという事情が。

 巨体で首をコテンと傾げるバルトさんに、曖昧に笑っておく。


「困っているなら俺の従者にしてやってもいいぞ」

「ちょっと待て馬鹿」

「余計な手出しをするな馬鹿」


 たぶん親切心で言ってくれたバルトさんをセアノスさんとノエル様が揃って馬鹿呼ばわり。なんとなくわかるけど、そんな直球に言わなくても。


「ああ? なんだよお前ら、いつも違う事ばっか言うくせに」

「お前もうハーレム作ってるだろうが」

「それ以上を捌き切れるとは思えないが?」

 

 なんと。ハーレム持ちだったのか。という事はバルトさんは幻獣種なのかな?


「ああ?! 何で俺の大事なハーレムにこんなちんちくりんを入れるって話になるんだよ!」


 ち――


「ちんちくりんだ!?」

「さすが馬鹿。無知に定評があるな」

「ちんちくりんだろうがよ! どこをどう見てもガキだろうが!」


 抗議しかけた言葉は一瞬にしてボルテージが上がった鳥二人にかき消され、応答するバルトさんの勢いに負けた。

 何故鳥二人がそこまで怒るのか。ありがた迷惑極まれりな状況に頬が引き攣る。

 しかもちんちくりんだガキだつるぺただ幼女趣味だ飯炊き用だ小間使いだ何だと好き勝手言われてザクザク切り刻まれる。

 密かにフェリクの影に隠れたら頭に手を置かれた。慰めてくれているらしい。嬉しいような、なんか微妙な気持になった。


 第三者視点である学問科の人は半分ほどシラーとした目で見ており、もう半分は珍しそうにノエル様を観察している風だ。戦闘科らしき人は興味が無い人と勝負に発展するのか面白がっている人の半々。

 どちらにしても誰かどうにかしてくれと思っていると、クラス担任のヘイズ先生がやってきた。戦闘訓練はヘイズ先生がやるようだ。

 ずっと言い合っていた三人の内鳥二人は先生が現れてすぐに口を噤んだが、バルトさんだけはそのままだったので騒ぐなと一発殴られていた。


 実力行使タイプなのかヘイズ先生……

 中間管理職のような疲れ具合の顔をしてやる事はやるらしい。異世界では暴力教師と訴えられるが、ここではとても頼もしく見えるのだから環境の違いって大きい。

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