第20話

「今日は七日後に予定している野外演習の班を変更する」


 ヘイズ先生は半円状に集まっている生徒に向けて言った。

 野外演習というとヘラン達といるときにルドワンという鳥族の件で出た話だが、あの後もう少しどういうものかは教えてもらった。

 ざっくり言うと各クラスで戦闘科と学問科の生徒で班を作り、同時に森に入ってゴール地点まで向かうというものだ。

 順位はゴール地点までの速さ、与えられた課題の達成度合、その他追加点の総合計で決定される。

 課題というのは魔物の討伐と植物の採取だ。基本的にそれほど危険度の高くない魔物が班別に指定されており、植物の方もクラス別に指定が異なる。

 ちなみに第一クラスから第三クラスまでが同一の場所で行われ、第四クラスから第八クラスまでが違う場所で行われる。実力差があり過ぎるための措置だそうだ。

 学校側としては作戦を学問科が立ててそれに従って戦闘科が動いて欲しい思惑があるらしいのだが、実際は上位になればなるほど戦闘科が暴走しやすく、学問科は胃を痛めながら必死についていく事になるのだと胃の辺りを抑えながらヘランが教えてくれた。


「質問です」


 ピンとした縦長の耳の女生徒が手を挙げた。すらっと背が高くお尻には長い髪の毛のような尻尾がある。風に靡いてさらさらツヤツヤだ。教室に居る時にはわからなかったが、あれは馬族かな?


「それは新しく来た二人を入れるために、という事でしょうか?」

「そうだ」

「既に通知されている班割から大きく変わるのでしょうか?」

「不服か?」

「組み立てた作戦があります。それが崩れるとなると不利になるのは明白です」


 そういえばヘランたちもそれぞれ作戦があると言っていた。中には他の班の邪魔を計画しているところもあるらしいので、そうなると立てた作戦を一から立て直すだけじゃ無くて割れた班員にその事が知られている事も考慮しなければならない。それは相当面倒そうだ。彼女が不服を申し立てるのも頷ける。


「二人にとっても初戦がそれでは得るものも少ないでしょう。私は既にある班にそれぞれ追加として加えるか今回は見学に回るべきかと思います」

「……お前たちはどう思う」

「別に何だろうと構わない」


 どうでもいいという態度のフェリク。たぶん本当にどうでもいいのだと思う。


「ニーナは?」

「同意見です。見学でもいいですし、私とフェリク二人だけの班割でも構いません」


 私も順位には興味がない。このクラスに固執しているわけではないから、むしろ第二クラスとか第三クラスとか別のクラスになってしまった方がもっと気楽に学生生活を送れそうな気もする。

 私の提案に、その方が楽かもなとフェリクが呟いた。だよねぇ。何しろチーム戦という意味では私達はここでは互い以上に連携の取れる相手はいない。


「二人だけの班割というのは反対です」


 反論するように手を挙げたのはオレンジの女子生徒だった。


「それではあまりに二人にとって不利。私も現在の班割に加える形が宜しいかと思います。とは言っても急な変更ですので加えられる方もそれを吸収できる実力があるべきでしょう」


 副音声で自分のところならば引き受けられると言っているように聞こえる。私は敵意を向けられている気がするし、そうなるとフェリク狙いかな。

 ふむ、と顎に手を当て生徒達を眺めるヘイズ先生。この人も龍族なのだが、だからといってこちらは何かフェリクに言うわけでもない。たった半日程度ではあるが事前に聞いた話通りの行動をしているのはオレンジの女子生徒だけと思われる。それもまだまだ確証はない話だけど。


「この中で加えても良いという者は?」


 ヘイズ先生の問いに手がいくつか上がった。


「ヒナちゃんなら歓迎」

「は!? ちょっと待てセアノス!」

「彼女ならば受け入れよう」

「待てこらノエル」

「旨い肉なら俺が面倒見てもいいぞ」


 そこ、旨い肉発言やめて。離れてくれ肉から。


「でしたらそちらのフェリクさんは私の班で引き受けましょう」


 揉めている男達を無視して笑みを浮かべてオレンジの女子生徒がフェリクを示した。


「おー予想通り」

「面倒くさい」


 冷めた声のフェリクに脈無しだなぁと思う。キッカディアさん綺麗だからもしかしてあるかも?とか思ったが全く無さそうだ。フェリクの好みを聞いたことはないがどんな子がいいんだろう。龍族だから却下という事もあるだろうが、全く刺さってない様子を見ると分からなくなる。あれか、踊りだとか歌だとか物づくりだとかそういうのを見ないと判断出来ない的なやつか。


「お前も気をつけろ」


 フェリクが踊るところを想像して笑いそうになっていたら脇を突かれた。痛いなもう。

 しかしそう言われてもなぁ。

 抗議している班員なんてなんのその。セアノスさんとノエル様はバルトさんが参戦したせいで私の調理技能に焦点が移って飯炊き要員をどこが獲得するかに話が変わっている。最終的にじゃんけんで決まっているあたり適当だ。怪我とかには気をつけるがフェリクみたいな気を付け方は必要ない気がする。そもそも私が成換羽前で幻獣種になるかもしれないって可能性を鳥族以外は知らないしな。知ってたとしてもほら、鳥族は相手にされないし。


「ニーナはバルトの班に、フェリクはキッカディアの班に。異論は?」


 最終確認を終えてそう決まった。

 という事で、バルトさんの班とキッカディアさんの班は他の生徒から離れて作戦会議を行う事になった。


「大将が入れると決めたから異論ないが、余計な事はするなよ」


 円になって最初に釘を刺してきたのはたぶんバルトさんと同じ猫系の青年だ。身長はバルトさん程高くはなく、横幅に至ってはかなり細身だ。薄茶色の耳と目で細長い尻尾が特徴的だが、何の種だろう?尻尾にある黒の点と縞々はどこかで見たことがあるような気もするが。


「わかりました。野外演習自体どういうものかは寮の同室の子に聞いています。私は今回食事担当で戦闘などには積極的には不参加という認識でいいですか?」


 釘を刺してきた青年に頷いて確認すれば、嫌々そうながらも「そうだ」と肯定された。


「あ、名前を伺ってもいいですか?」


 適当な感じで班に加入する事になったが、名前も知らないのはさすがにやりづらい。

 尋ねると大人しそうに黙っていた犬族っぽい男子生徒が、同じように黙っていた何かわからない種族の女子生徒と顔を見合わせた。


「言ってもお前ら鳥はすぐに忘れるだろうが」


 面倒くさそうな猫科の彼に確かにそうかもしれないと反論しづらい。


「覚える気はありますよ」

「じゃ大将の名前は? さっきヘイズが言ってただろ」

「バルトさんですね」


 先生と呼ばないんだなと思いつつ即答すれば、鳥が聞いてた…だと?!みたいな顔をされた。いや、そこまで?

 バルトさんの方は当然だなとうんうん頷いて満足げだ。この人は特に何も考えてない気がする。


「……ディアルディ、猟豹チーターだ」


 仕方がなさそうに言って、黙っているもう二人の班員に些か鋭い目を向けた。

 

「……シュプリです。犬族で学問科です」

「……メルシー、猿族です。シュプリと同じく学問科です」


 大人しそうな二人は学問科だったようだ。そしてメルシーさんは猿族、なるほどそれで特徴的なものが少ないわけだ。

 警戒されてしまっているが、どうにかお話ができる程度にはなりたい……どうだろうな。出来るかな。


「ありがとうございます。シュプリさん、メルシーさん、ディアルディさんですね。

 改めましてニーナです。辺境の村で先日まで暮らしていました。ナイフ一本あれば森の中で自活するぐらいの事は出来ます」

「魔物を相手にした事は?」

「小物なら」


 大物は基本的に父達の獲物だ。私とフェリクも偶に大物を相手にした事はあるが、基本的にはそれ以外の小物中心だ。


「小物か」


 話にならんと鼻を鳴らすディアルディさん。

 その態度に若干居心地悪そうにしている学問科の二人。威圧的だから仕方がないかもしれないが、これでチームとして成り立つのかなと少々疑問が。

 同時にヘランが、ノエル様が戦闘科の生徒に対して怯まない事を誇るように挙げていた意味がちょっとわかった気がした。どうしたってフィジカルで負ける学問科は強く出れないという現実がある。


「ディアルディさん、私はどなたの指示に従えばいいですか?」

「大将に決まってるだろうが」

「作戦はあるんですか?」

「お前はこいつらと一緒に動けばいい、それ以上は聞いたところで意味など無い」


 身も蓋もない言いように苦笑いが出そうになる。

 そりゃ付け焼き刃で連携が取れるとは思いわないが、邪魔にならないようにと配慮ぐらいは出来るかと思ったのだ。


「わかりました。ちなみに、近くにバルトさんがいない場合は最も近くに居る班員の指示を仰ぐ形でいいですか?」

「それでいい」


 面倒だと言わんばかりにおざなりに手を振るディアルディさん。

 ところで大将の指示にと言っていたのに、自分で指示を出している事に気づいているのだろうか?

 バルトさんの方は鷹揚な態度で頷いているが、絶対何も考えてないだろ。


「了解しました。そのようにします」


 という事で、顔合わせのようなものは終わった。

 こんなので本番大丈夫なんだろうかと思うが、私はおまけの存在だしせいぜいご飯づくりを頑張るしかない。どういうものが採れるのか調べるぐらいはしておこうか。


 バルトさんとディアルディさんが手合わせを初めて放置されたので、身を寄せるように二人で固まっているメルシーさんとシュプリさんに声をかけた。


「あの」


 ぴくり、と二人の肩が揺れて警戒の視線を向けられた。


「何か」


 メルシーさんの口から冷ややかな声が出た。とても迷惑していますと言われているようで、実際そうなんだろうなと思うけどちょっと心にくる。


「何か作戦があるんですか?」

「あるわけないじゃない」


 吐き捨てるように言われ、視線を外された。もう一人のシュプリさんも自嘲するような横顔が見える。


「ただでさえ暴走状態でついていくのもやっとなのにさらに荷物押し付けられて……今回はもう終わりよ。どう頑張ったって無理なのよ」


 苛立ちと悔しさが滲む声に、これは申し訳ないなと頭をかく。


「どうせ私達は問題を解いたらお払い箱、みっともない姿を晒して這いずり回るしかないの……」


 呟く言葉は自分自身に向けられているようだ。その言葉から察するに、ヘラン達と同様胃を痛くしているのは容易に想像がついた。

 

 でも実際のところはどうなんだろうな……


 バルトさんは悪い人ではないと思うが、確かに作戦とか細かい話は苦手かもしれない。でもディアルディさんはおそらく問題なく出来るような気がする。感触的には学問科だからと蔑むような感じの人でも無いように思うので、話をする余地はある気がするのだが……


 視線を向ければバルトさんと拳を交えている姿が目に入る。一撃が重く、ぶつかるたびに鈍い音が周囲に響く。鋭い目と剥き出しの牙が肉食獣なのをよく表しているようで……これじゃあ話し合いも気遅れするかと半笑いになる。

 かといって部外者に近い私が何を言っても耳を貸してもらえるとは思えないわけで、状況を悪化させるのが関の山だろう。出来ることといえば本当に迷惑をかけないようについていくぐらいしかない。


「貴女よく取り入ったわね。いえ、鳥族ならそんな事も考えないかしら」


 考え込んでいたら棘のある声が聞こえた。


「メルシー」

「何よ。本当の事でしょ。一族に関係する人間にしか興味がないのに従者にですって? あり得ないでしょ」

「それは……驚いたけど……」

「ほんと、わけわかんない。なんなのよ……どうせ点数になんて興味ないんでしょ。だったら私たちの邪魔しないで下位で燻ってなさいよ。なんでここに来るのよ……メティスの官位枠は少ないのに……」


 あー……なるほど、点数がそのまま就職戦争に直結するのか。だからここまで点数にこだわるわけだ。


 理解すると彼女の嘆きや憤りも最もで、大変申し訳なくなる。

 メティスに入るつもりなんてこれっぽっちもないが、そう言ったらそう言ったで別の意味に取られそうな気もして結局何もいえなかった。


 無言のまま終わるとフェリクがキッカディアさんをくっつけてやってきた。彼女は私を見て口元に手を当ててフッと笑い、フェリクに「詳しい事が聞きたければいつでもどうぞ」と言って勝ち誇るような笑みを浮かべて行った。

 そこまでされて、やっと彼女がこちらを敵視するのか意味がわかった。たぶん、私がフェリクの番だと思われたのだ。

 龍族の誰か、もしくは己の番にするには邪魔だったという事だ。


「問題は?」


 フェリクに聞かれ我に帰る。気づけばメルシーさんもシュプリさんも居ない。


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