第21話

「こっちは特に何も。傍観してるようにって事だからごはん作って傍観予定。そっちは?」

「煩かった」

「……お疲れ様」


 勧誘だろうか。父ならいつかのように実力行使に出ていただろう。労いも込めて肩を叩く。と、フェリクは口の端を持ち上げて私の手を取った。


「どうしたの?」

「いや」


 何でもないと首を振るが手を離そうとせずそのまま歩き出したので、並んで歩く。

 精神的に疲れているのかと思ったが、機嫌は良さそうだ。


「あの女、自分は龍の幻獣種狙いでこっちには龍の一族と引き会わせて点数稼ぎをしようとしているようだ」

「点数稼ぎ?」

「上役とやらがウィルフリートあの男の相手を選定しているらしい。そこで名前を出してもらうための取引材料だな」

「……すごい世界だねぇ」

「面倒な奴らだ」


 鳥族は互いに気に入ればちゃちゃっとだもんな。駆け引きとか無さそうだし、そう感じるのも仕方ないだろう。


「鳥族は馬鹿で番の種族に拘りが無いから引き込みやすい。どうやら龍族の上はそう考えているらしい」


 鼻で笑うフェリクに、それはさすがにと私も微妙な顔になる。


「随分とお手軽に考えられてるんだねぇ」

「諦めるのも早いがな」

「そうなの?」

「セアノスは一月程度らしい」


 あ、そうか。セアノスさんも幻獣種だから。


「それぐらいで諦めてくれるなら良かったよ」


 一年間、延々言い寄られてもフェリクも鬱陶しいだろう。


「俺はな。お前が成換羽を終えた時、どこまでの龍族が動くのかが問題だ」

「あぁ、万一そうなったとしてもそんな変わらないでしょ――った」


 べしっとおでこを叩かれた。


「龍族の幻獣種は男だけだと調査官が言っていただろ」

「……幻獣至上主義、幻獣種同士をって奴ね」


 何も叩かなくても……


「獣人の番は本人の同意が基本だ。言ってる意味はわかるな?」

「わかるけどさ、有り得ないから心配しなくてもいいよ。厄介ごとに首を突っ込む趣味は無いから」

「今はそう言えるだろうが、成ればお前も相手を探すようになる」

「ならないならない」


 はははと笑って手を振ればこれ見よがしに溜息をつかれた。


「本能で番を探そうとするもんなんだよ」

「本能で飛べる筈なのに飛べない私の本能って壊れてると思わなあだっ」


 何度も叩かないでくれないかな。馬鹿になったらどうする。


「その事もどうにかしないとだな……飛行練習どうする」

「飛行練習?」

「そっちから連絡があったぞ。付き添いをしてくれって」

「付き添い? ……あ。昨日そんな話を管理者さんとしたわ」


 昨日の今日でとか対応早いな。そしてその様子だと受けてくれたのか。


「まぁでも入学したばっかりでフェリクも忙しいでしょ……」

「お前俺のせいにしてやる気ないだろ」


 ………。こういう時、幼馴染って不利だよな。大抵の思考がすぐにバレる。


「ははは。飛ばずとも死にはしないのだよ」


 むしろ飛ぼうとして死にそうになったんだから無理しなくてもいいじゃないか。と思ったり。開き直って笑ったら溜息をつかれた。


「またお前は阿呆な事を。ちょっとこい」


 本日の授業は全て終わりなので寮方向へ歩いていたのだが、ぐいっと方向転換させられて見知らぬ棟を通り抜け、その先の木立が並ぶところまで行くとまた前置きなく抱えられて飛ばれた。


「ちょ、フェリク!」


 昨日の行き帰りと合わせて三度目なので恐怖心はマシになってきているが、マシというだけで怖くないわけではない。


「こうでもしないと空を怖がったまま飛ぼうとしないだろ」


 思いがけない言葉に目を見開く。


「絶対に落とさないから安心しろ」


 そう言うフェリクはしっかりと身体を支えてくれていて、確かに安定感はある。


 ……わかってたのか。怖がってた事。


 下に降りる気の無いフェリクにどうする事も出来ず、しがみついたまま空の景色に目を移した。

 こちらの悩みなどお構いなしの綺麗な青い空だ。なんだか見ていると目に染みるような気がした。

 今でこそ諦めているが、かつてはこの景色を見てみたくて努力した事もあった。

 そんな記憶が蘇って言葉が溢れた。


「……飛ぼうとした事はあったんだよね……フェリクが初めて飛んだ後。かっこよくて、羨ましくて……でも全然出来なくてねぇ……」


 実のところ結構凹んだ。父が鶏だからという以前にピクリともしない羽に、前世なんてものを思い出してしまったから鳥族としての能力を失ったんじゃないかとか、そういう事も考えたりした。


「父さんが鶏だから仕方がないのかもなって思ったりもしたんだけどさ、でも父さんだって高いところから滑空するぐらいは出来るでしょ?」

「……うちの親父は滑空すら無理だけどな」

「……え? そうなの?」


 それは初耳なんだけど。


「親父は地上に特化した種だからな。脚が異常に丈夫だからその辺の崖から落としても平気な顔をしてるぞ」


 バルダさん……想像出来るけど。しれっとした顔でしてそうだけど。つくづく獣人って規格外の人しか居ない。


「でも、それでも小父さんだって羽は動かせるでしょ? ……時々、生まれるところを間違えたんじゃないかなぁって思う事があったんだよね」


 普通の人間の国に生まれたら、羽が動かないとか、第二次成長が来ないとか、身体の構造がどうなってるのかとか………誰も好きになれないとか。

 そんな事を悩む必要も無かったのではないかと思う事もあった。

 何で私は鳥族に生まれたのだろう。

 その意味を求めるのは宇宙の真理を解き明かすに等しい事だろうし、その意味を定義づけるのは結局自分自身だともわかっているが、頭が勝手に悩んでしまうのだ。


「まぁでも……父さんの娘で良かったかなとは思うけど」


 前世を思い出した頃は父の無頓着ぶりに大変な思いもしたが、逆に救われた事もある。感じたままに生きるあの人を見ていると、そんなに悩まなくてもいっかと思えたのだ。


「俺は………俺も、お前が親父さんのところに生まれてきて良かったと思う」

「ん?」

「お前は考え過ぎるからな。あれぐらい適当な人が楽だろ?」


 こちらが考えている事を見抜いているような言葉に、笑いが零れた。

 何となく空から羽へと視線を移すと、ゆったりと羽ばたく姿があり何度見ても不思議だなぁと思う。

 手を伸ばしたのはほとんど無意識だった。


「っ!」


 触れた瞬間、びくっとしたフェリクに驚いて手を離したが、そういえばそうだった。


「ごめんごめん。あ、ちなみに構造が気になってるだけでセクハラのつもりは全くないから」

「はぁーーー……だろうな。そのぐらいわかってる」


 そんな腹の底からため息ついて言わなくてもいいじゃないか。


「ごめんて」

「別にいい。気の済むまで調べてみろ」


 おお?いいの?男前だな。

 動いてる羽ってじっくり見た事が無かったからなかなか貴重なチャンスだ。実は昔から気になっていたのだ。


「じゃお言葉に甘えて」


 お許しが出たので、早速背中と羽の境目に手を当ててみる。

 その感じからして、どうも背中側の筋肉は動いていないようだ。ついでに背骨とかの位置を確認しようとうなじから骨の並びをなぞって、腕を伸ばして腰手前まで確認してみる。うん、普通の人間と変わりがないようだ。羽の生え際はちょうど肩甲骨と背骨の間ぐらいなのだが、羽の可動性から考えて肩と同じ球関節であると思うのだ。となるとそれを受ける臼のような骨があって然るべきだと思うのだが……いくら触ってみてもそれらしきものがない。


「ニーナ……おまえ……ほんとに遠慮ないな」

「あ。ごめん、痛い? くすぐったい?」

「いや……問題ない」


 本当に?なんかちょっとしんどそうなんだけど。

 身体を引いて顔を見ようとしたら、後頭部を掴まれて阻止された。


「フェリク?」

「いいから納得するまで見てろ」

「本当に大丈夫?」

「あぁ」


 いいのかな、と思うものの目の前で動いている羽への興味もあって今度はそちらに手を伸ばす。

 強化しているからか硬質な手触りだ。羽毛の下で筋肉が動いている気配はない。


「羽を動かすのって腕を動かす感じと似てる?」

「……いや、違う」

「違うの?」


 予想外の答えにまじまじと羽を見る。


「指先を膨らませる感覚に近い」


 指先を膨らませる??


「指って膨らまないと思うけど」

「例えだ例え。強化の度合いを先から強めていく感覚……で、わかるか?」

「強化?」

「お前、まさかそこからか?」

「そこから?」


 聞き返したらいきなり高度が下がり反射的に首にしがみついた。落下の感覚に昨日の恐怖がぶわっと身体に広がり心臓が止まりそうだった。

 すぐにどこかに着地したらしいフェリクにほっとしていると、私も地面に下ろされてくるりを背を向けさせられる。


「動かしてみろ」

「え?」

「羽」

「う、動かないと思うけど」

「いいから」


 強く言われて、しぶしぶそれらしく背中に力を入れてみるがやっぱり動く気配はない。


「強化するとき、身体の内側と外側を意識した事はあるか?」

「それはもちろん。普通の強度を上げる強化は外側重視だけど視力とか聴力とかは特に内部重視の強化だし」

「ならその内部の感覚で羽先に力を溜めるように出来るか?」


 内部の感覚?

 ……もしや指先を膨らませるってそういう事?


「……やってみる」


 意識を切り替えて力を巡らせる。言われる通り先端から溜めるように流した時だった。


「あ」


 それまで全く動かせなかった羽がすっと動いた。まるで油をさしたみたいにするりと動いて広がった羽に唖然とする。


「………」


 でも…広がったはいいが、それでこれはここからどう動かすのだろう……?

 とりあえず感覚的には指を全部広げるような感じでやったのだが、ここから何をどうしたら羽ばたけるんだ?


「あとは感覚的にわかるだろ」


 ……わからない場合はどうしたらいいのでしょうか……?


 おそるおそる首を巡らせ後ろを見れば、フェリクの顔が固まり、マジか、と物語っていた。綺麗な髪をぐしゃぐしゃ掻き回しどう伝えればいいんだよとぶつぶつ呟いているのが聞こえて、なんだか申し訳ない。


「ちょっといろいろ試してみる」


 まだ恐怖心は残っているが、ここまで真剣にやってくれるフェリクに悪いと神経を集中させる。

 指を全部広げる感じでいけたので、今度は全部ぎゅっと縮める感覚でいけるのではないだろうか。と思ってやったら素早く折りたたんだっぽい。違った。

 もっとこう羽ばたく感じだから、腕で行けば肩の部分で腕全体を振る感じになるのか?

 もう一度羽を広げて、こうだろうか?とやった瞬間、ぐっと身体が押し出されて傍の木に激突――せず、フェリクにタックルかましていた。


「っごめん!」


 私を庇って背中を木に打ち付けたフェリクから慌てて離れて怪我が無いか確認する。


「いい。怪我はない。予想済みだ。……今度はちゃんと強化してたな」


 ほっとしたような顔で言われて、いろんな意味で言葉が出なかった。

 タックルかましたのに、全く気にせず心配してくれるその姿勢はもちろんだが……

 なんというか……木にぶつかると思って反射的に身体強化したけど……考える暇が無かったしフェリクが間に入ってくるとは思ってなかったから強化したままだったっていうか。心底ほっとした顔をされたら、それを言うに言えないっていうか……


「一人で練習しようとするなよ」

「え?」


 地面に胡坐を掻いて真面目な顔でこちらを見るフェリク。


「今は真横に飛んだけど、下手に上に飛んで飛べずに落ちたらどうする」


 上に……


 そう言われて視線が上へと向いて、さーと血の気が引いた。


 ……あ……有り得そうで、おそろしい。


「わかったら返事」

「よ……よろしくお願いいたします」


 正座してしおしおと頭を下げると、満足そうに「よし」と言われてぐりぐりと頭をかき混ぜられた。

 精神年齢ピー歳なのに子供のような扱いになんだが情けないような恥ずかしいような……そんな気持ちになって、なかなか顔が上げられなかった。


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