第22話
あれから試行錯誤するたびにあらぬところへ吹っ飛ぶという事を繰り返し、精神的によれよれの状態で寮に戻るともう夕ご飯の時間だった。遅くなっても待っていてくれたヘラン達に友人っていいなと思いながら食堂に向かう。
「遅くなってごめんね」
「ううん、待ってるって言ってなかったしフーシャもルドワン探すのに時間かかってる筈だから」
ルドワン……?
あ、あぁ。って事はあの件か。
待たれていた理由を把握した。いいんだ。友情は育むものだからな。これからだ。
食堂に入った途端、大きく手を振るフーシャの姿がありその横には黒っぽい羽の鳥族が見て取れた。
もうご飯を食べているようだ。早めに行かないとフーシャが止めても立ち去る可能性が高いな。
「ヘラン、ランシェル、私先に話してるよ」
「じゃあ私も」
「ううん、ランシェルはご飯取ってて。フーシャがいるから大丈夫」
「そう? なら取ってくるね」
付き合うと言ってくれていたランシェルに平気だと言ってフーシャのところへ行くと、茶と黒の間のような色の羽と、曇り空のような暗い髪色の鳥族が顔を上げた。目の色は黒で今まで見て来た鳥族の中で一番骨太そうというか、体格の良さそうな鳥族だ。顔立ちも些か厳つくて、他の鳥族よりも獣人族らしい気がする。
「ニーナ、ルドワンだよ。ルドワン、話してたニーナだけど聞いてた?」
「初めまして」
ご飯を食べる手は休めないが視線をこちらに寄こす様子から、反応はあるんだなと思いその前に座る。
「なんであんたが俺に?」
その口ぶりから私の事を知っているのだとわかる。それなら自己紹介は省いてさくさく行こう。世間話をしても流されるだけだろうしな。
「野外演習について話を聞きたいんです」
「野外演習?」
「ルドワンさんのチームメンバー、誰かわかっていますか?」
「そんな事どうでもいいだろ」
気の無い返事からしてこれは頭に入っていないのではという予感がした。
「野外演習で得られる点数は要らないという事ですね」
確認のために聞いてみるが、視線だけで返事は無かった。興味の薄さからみて要らないという事だろう。
横でそれに気づいたフーシャが、大きな目を見開いてガーン!みたいな顔をしている。
「ルドワンさんは何をするのが楽しいですか?」
「何?」
「楽しい事です。ご飯食べる事ですか? それとも身体を動かす事?」
「……あんたは?」
何でそんな事をとか、あんたに関係ないだろとか、初対面なのでそういう返答がくるかと思っていたが予想外にも応じる返答がきた。この人、フーシャ達が言う程話を聞かないわけじゃないな。
「私はいろいろです。本を読んだり料理をしたり」
そう返すと、ルドワンさんは人差し指を上に向けた。
なんとなくその指の先を見上げてみるが天井があるだけだ。特別そうな装飾なども何もない。ただの木で出来た天井。
わからず視線を戻すと、くすりと小さく笑まれた。笑うと意外と雰囲気が柔らかくなって一気に取っつき難さが薄らぐようだ。
「空」
空?
「……あ。飛ぶことですか?」
「雨燕だからな」
種のタイプ的に飛ぶのが好きという事かな。
「速いんですか?」
「飛行速度なら俺が一番だ」
「セアノスさんよりもですか」
第一クラスの戦闘科、しかも幻獣種のセアノスさんよりも早いというのは意外に思えた。なのでぽろっとセアノスさんの名前が出たのだが、その途端ギッと目が吊り上がって睨まれた。
「あれは下降速度だ。飛行速度じゃない」
お、おう。何かわからないが拘りがあるようだ。
「あの馬鹿は下降速度も飛行速度だと言い張ってやがる」
あながち間違いでもないと思うんだが、鼻息が荒くなっている状況でそんな事を言えば怒られそうだ。
だが取っ掛かりは見えたような気がする。
「でも第一クラスであるセアノスさんと第二クラスであるルドワンさんではやっぱり早いのはセアノスさんじゃないですか?」
「あんな点数で実力が推し量れるか」
「知らない人からしてみればそれしか量る指標が無いですよ」
気にしないのであれば別にいいですけど。と言って様子を窺うと全く気にしてないというわけでもなさそうだ。
「……ここを出ればそんな事は関係なくなる」
「そうでしょうか。経歴というものは学校を出ても何歳になっても付きまとうものですよ。あの代の一番はセアノスさんだと言われて、そうなれば後からそれを変えることは出来ません。出来るのは今だけです」
「………あんたは?」
「はい?」
「その方がいいのか?」
ルドワンさんの横でフーシャが激しく首を縦に振って肯定しろと合図を送ってきた。
「まぁ…その方が頼りになる相手だと思います?」
最後のスープを飲み干して、ガタリと席を立つルドワンさん。が、待って。何でフーシャの首根っこ掴んでるんだ。
フーシャもびっくりして固まってる。
「え? え?」
「来い」
「あ、でも私まだごは――」
フーシャが問答無用で連れていかれた。あれはたぶんフーシャが班員だと理解はしてたんだと思う。
一瞬止めるべきかと思ったが、突然出たやる気がいつまで続くかもわからなかったので見送ってしまった。お詫びとしてフーシャのご飯を確保しといた方が良いだろうか。
「あれ? フーシャとルドワンは?」
一足遅くやってきたヘランとランシェルに「あそこ」と丁度食堂を出る二人の姿を指さす。
「ルドワンさんがフーシャを連れて行ったの。たぶん野外演習の作戦でも聞くんじゃないかな」
「「え?」」
固まるヘランとランシェル。
「何を話したの?」
「っていうか話になったの? フーシャはいっつも無視されてたけど」
そうなの?思った程話が通じない感じはしなかったが。あれなら寮で出会った他の鳥族の子の方が難しかったように思う。
「話は思ったより普通に出来たよ。私の事を知ってたみたいだから、珍しがって聞いてたのかもしれない」
ヘランとランシェルは、何とも言えない表情で空いた席に座った。代わりに私はルドワンさんが置いていってしまったお盆を持って立ち上がる。
「これ返してくるついでにご飯とってくる。フーシャまだ食べて無かったんだけど、何か後で食べられそうなものって食堂で貰える?」
「言えばやってくれるよ」
「わかった。じゃあ一緒に貰ってくる。先に食べてて」
返却窓口のところで食器を水桶の中に入れてお盆を返し、列に並ぶ。
今日は何にしよう。スープは野菜がいろいろ入ってるから外れが無いと思う。あとは肉か魚か。魚にしようかな。
列の先を眺めながらそんな事を考えていると後ろから「あらみすぼらしい羽だこと」と声がした。
冷ややかでも艶めいた声はあのキッカディアさんのものだ。……しょうがない。絡まれる前に列から外れてもう一度並ぼう。
「声をかけられたからといっていい気にならない事ね。あの方は殊の外鳥族がお嫌いよ」
すれ違いざまの言葉に足を動かしながらしばし考え……なるほどと思う。今のはフェリクではなく、ウィルフリートさんと会話したからかと納得。だがたったあれしきの会話で?という疑問もあり、そうなると相当な執着を感じて怖いなぁと思う。
鳥族に生まれてからこういう経験をした事は無いが(あの辺境の地であろうはずもないが)、前世の記憶の中にはいくつかある。まともに相手にするのは疲れるし、その場で無視し続けるとエスカレートする場合もある。距離を取って警戒するのが一番被害がないだろう。
にしても、鳥族が嫌いか。あんまりそういう風には見えなかったけど……その情報が確かならこちらとしては願ったり叶ったりだ。
「あれ? 今並んでるの?」
「そっちこそ先に帰った筈だろ」
最後尾までいくと偶然フェリクがいた。
「私は友達の頼み事を聞いてたの。それで遅くなったんだけど」
「俺は管理者に飛行訓練の状況を報告してきたところだ」
「え。そうだったんだ。手間かけさせてごめん」
「別に手間でも何でもない」
「今度から私が報告するよ」
「客観的に見ないと意味がないだろ。あとお前都合の悪い事を誤魔化す癖がある」
「ぐ……」
「これに関してはそんな事してたら命取りになるだろうが」
「……ごもっとも。あ、すいません、友人が間に合わなくて後で食べれるものをいただけますか?」
食堂の人が通り過ぎたので声をかけると「誰のだい?」と聞かれ三年のフーシャですと答えると「ちょっと待ってな」と言って紙包みを持ってきて渡された。
「フーシャ?」
「第二クラスの子。友達なの」
「鳥族の?」
「猫族だよ」
ふーんと言いながら、順番がきて肉ばかりをチョイスしていくフェリク。
「野菜は」
「ん」
最後にスープに手を伸ばし、ちょっと入れて終了。それだと言いたいらしい。
「村にいた頃は普通に食べてたでしょ」
「そのまますぎて草食ってる気分なんだよ」
「草は苦いけどサラダはそんな事ないでしょ」
「青臭いんだよ」
栄養バランス悪いなぁとフェリクのお盆を睨みながらテーブルに戻ると、食べていたヘランとランシェルがびっくりした顔でこちらを見た。あ、そうか。フェリクとは初対面になるか。
「これ、前に話してたフェリク。たまたま並んでたとこで会って。鳥族は幻獣種用のテーブルじゃなくても平気だって聞いたんだけど」
「あ、え、えっと……」
「た、たぶん大丈夫。うん。鳥族だから」
目の前の二人が吃りながらフォローしてくれた。
一応昼間も誰かに声を掛けられる事も無かったから大丈夫だとは思うが、申し訳ないと謝っておく。
大丈夫と首を振って貰えたが、そんな私達の様子を気にする事なく食べているフェリクはマイペースだ。
そういえばフェリクって友達いるのだろうか。同じ部屋になった人はさぞかし居心地が悪いのではと想像して、いやここまで無関心だったら逆に居ないものとして扱えるかもなと思い直す。
「明日もやるからな」
「何を?」
「さっきの。出来るまで」
……飛行訓練ですか。出来るまで……
全くコントロールの効かない状況を思い出して遠い目になってしまう。
「必ず出来るから諦めるな。強化も最初はそうだっただろ」
「あぁ……うん、父さんに何度殺されそうになったか」
物覚えが悪い私が悪いのだが、本気になれば出来るだろうと安易に考えた父にギリギリまでやられた記憶が蘇ってさらに遠い目になってしまった。
まさかフェリク、あそこまでを考えているのだろうか。
それは……きついな……アハ……アハハ……
「怪我させる気はないからな。親父さんと同じにするな」
「あ、そう? ならまぁ……頑張ります」
ちょっと遠のいていた意識が戻った。
そうしたら目の前で動きを止めてこちらを見ている二人に気づいた。
「……どうしたの?」
声を掛けると我に返ったように二人は顔を見合わせて、緩く首を横に振った。
「ううん、ちょっと意外だったっていうか」
「うん、意外だっただけで……」
二人は私からフェリクへと視線を移し、再び私へと戻ってくるとぎこちなく食事を再開した。
一体何が意外だったのか。
それは寮に戻ってから教えてくれたのだが、私とフェリクが幼馴染と聞いていたものの、鳥族の幼馴染だから自分達とは違う関係かと思っていたがそんな事はなく思ったより普通の関係なのだなと、普通な事が意外だったらしい。
おしゃべりに来ていたランシェルがあれは脈ありだと言って、ルドワンに振り回されてぐったりしていたフーシャに燃料投下し就寝時間ギリギリまで騒がしくて、若さにやられた……
どこの世界もいつの世も女の子はその手の話が好きだなぁと。そんな感想を抱いた私は途中で愛想笑いを浮かべたまま苦手な話に意識を彼方へと飛ばしていた。
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