二章 想定外の野外演習

第23話

 初日以降、特に問題もなく学校生活を送っている――と流せたら良かったのだが、なかなか面倒な状況に私は陥った。


 例のキッカディアさん絡みだと思うのだが、あらぬ噂を立てられたのだ。

 曰く、幻獣種と見れば目の色を変えて迫ろうとしているとかなんとか。あと唐突に三年の第一クラスに入ったため何か汚い事をして入ったのではないかとか。

 正面から言われれば反論のしようもあるのだが、残念ながら静かにそれでいて数日で広まったため。見知らぬ人からそういう目で見られるようになってしまった。

 まだましなのは人によっては鳥族だからずるをして入るとか無理なのでは?と疑問を持ったり、幻獣種だから迫ろうとするんじゃなくて鳥族だから単純に気に入って迫ったんだろうとか、若干斜めに解釈されて悪意が薄れている部分もあるというところだろうか。


 ちょくちょくキッカディアさん側の人と思われる鱗族の人から早々に手を引くようにだとか、学校を出て行くようにだとか言われているし、戦闘訓練では相変わらずバルトさんとディアルディさんは二人の世界に入っているため残るシュプリさんとメルシーさんから距離を取られてポツンとなるしかなく。

 暇すぎて借りた本を持ち込んで読んだのだが、これもこれで鳥族の生態について書かれてるものが無くて空振りが続いて。本当、なんもかんも上手くいかないなぁ……と。

 気が休まるのは私を信じてくれているヘラン達や、フェリクぐらいなものだ。

 そういうわけで噂が薄れる又は人の興味を引かなくなるまで大人しくしていようと授業だけは受ける事にして、後は人目につかないところに引っ込んでいた。と言ってもフェリクと飛行訓練をしていただけだが。


 そんな日々が続き本日はみなさんが待ち構えていた野外演習の日だ。

 夜明けに集合し、出発地点へと誘導されるのだが朝の冷えた空気は微かな靄をかけており、視界は少々悪い。森の中に入れば足元がさらに悪くなるだろう。

 第一クラスの出発地点でみな無言でその時を待っていると、ヘイズ先生が各班に封筒を渡していった。


「わかっていると思うが開始時刻より先に開いた場合は失格だ」


 お馴染みの注意事項なのか、誰も開こうとする者はいない。

 やがてパーンと大きな破裂音が聞こえ、みな森の中へとかけた。


 ヘランに聞いたのだが、この最初の時点で妨害される事があるらしい。中継ポイントの位置と指定された討伐対象の魔物と採取対象の植物のヒントが書かれたこの封筒を破壊されるとほぼほぼゴール不可能になる。だからとにかく他の班と距離をとりたいと言っていた。

 うちの班はどうなんだろうなとバルトさんの様子を見ているが、他の班を妨害するつもりはなさそうだ。かといって妨害を恐れているわけでもなく単純にスピード勝負で走っている様子。斜め後ろについているディアルディアさんが実質的な参謀の位置なのだろう。メルシーさんとシュプリさんはただ必死で着いていっているだけのように見える。

 森の中に入って数十分移動したところでディアルディさんは班を停止させた。


「大将、課題を確認しよう」


 ぜいはぁぜいはぁしているシュプリさんとメルシーさんは、どうにかこうにか息を整えようとしながらバルトさんから封筒を受けとって開いた。

 ヒト族ならここまでついてくるだけでも根をあげそうなものだが、学問科でもさすが獣人だなぁと感心してしまう。


 荒い息のまま数枚ある中身を二人は手分けをするように目を走らせて、同時にそれを交換して同じように目を走らせると荷物から紙と炭ペン(炭のチョークのようなもの)を出して書き始めた。

 数分ほどその作業を続けていたのだが、痺れを切らしたのかディアルディさんが「まだか」と声をかければ、わかりやすく二人の肩が跳ねた。


「あと二問……」

「ふ、二つ以外は解けています。討伐対象と採取対象、中継ポイントは割り出せていますから解けてないのはボーナスだと……」

「お前らが稼げるところだろ」

「す、すみません、もう少し」


 平謝りするシュプリさんにそっと近づいて手元を覗いてみる。魔物の特徴と植物の特徴か書かれた紙、位置情報を記したと思われる紙、そして意味のない文字が羅列された紙と、同じく意味のない文字が羅列された細長い紙。


 二人が苦戦しているのはどうやら意味のない文字が羅列された紙の方だ。

 走ったからだけではない汗を額に浮かべる二人の顔色は悪い。

 ヘランに聞いた中では、こんな意味の無い文字の羅列が出されたという話はなかった。たぶん初めての事じゃないかと思う。

 何かヒントのようなものはないかと目を走らせ、いくつか謎解きの方式を当てはめていって気づいた。これ、単一換字式シーザー暗号だ。


「シュプリさん、メルシーさん、こっちの文字、辞書順に三文字前方にずらしてみてください」


 二人の横にしゃがみ文字を指差せばメルシーさんからは盛大に睨まれたが、シュプリさんは困惑しながらも書き出してくれた。


「……みごと…ときあかした、ものにのみ、どくへび、とうばつの、かてんをあたえる」


 見事解き明かした者にのみ、毒蛇討伐の加点を与える。


 読み解いたシュプリさんがあっと顔を上げた。


「もしかして討伐対象の灰色狼ジェクスのテリトリーに出る斑毒蛇サーダラスの事じゃ?」

「十中八九そうよ、こんな回りくどいっ」

「おい、もう一つは」


 ディアルディさんに促され、ハッとしたように二人はもう一つの細長い紙を見た。それから猛然と二人は書き出し始めたが、私は他の紙二枚に共通してある丸い模様が気になっていた。

 これがシーザー暗号ならたぶん、こちらもそう難しくないと思うのだ。リボンのような形状に丸い模様ときて連想されるのはスキュタレー暗号ではないかと。

 解き終わった紙を摘んで丸め、もう一つの紙にある模様の大きさに合わせる。


「シュプリさん、少しの間これを持っていてもらえませんか」


 若干ずれてても合っているならなんとか読めるだろう。


「少しだけお借りします」


 戸惑った顔をしているシュプリさんに紙の筒を動かさないよう持ってもらい、リボン状の紙をそれに巻きつける。


「ちょっ、貴女何してるの!? 遊んでる場合じゃないのよ!」

「まて」


 伸ばされた手を掴んで止めたのはディアルディさんだった。

 目で礼をして、すぐに最後まで巻き切ってぐるりとその周りに何か意味ある言葉が出てきてないか確認すれば——


「あった、あいことばはむちのち」


 合言葉は無知の知。


「何よ、ムチノチって」

「たぶん、無知であることを知っていることという意味の言葉です」


 哲学者ソクラテスの有名な言葉で、己が知らない事を自覚せよというような意味合いだったと思う。

 この問題を作った人、異世界の知識があるんじゃないだろうか。こんな言葉こちらでは聞いた事がないし、どちらの暗号も異世界の暗号の歴史からすると最初期のもので、簡単なものではあるがこの獣人国で使われているような象形文字による暗号とは性質が異なる。


「全て解けたんだな?」


 ディアルディさんの確認にぴっと背筋を伸ばすシュプリさん。


「っはい! えっと」

「討伐対象は灰色狼ジェクス。採取はニョルム、バルバライの根、グズリの実、ダインの花、ムラツムギ。中継ポイントは北西にある大岩です」


 メルシーさんがシュプリさんの言葉を奪うように言った。こちらを威嚇するように睨みながら。

 いやその、邪魔する気はなかったのだ。でも苦戦していたから少しでも手助けできればなと。……まぁ、もうここまできたら大して変わらないか。

 荷物から自前の地図を取り出す。広大な森なのでなかなか目印になるものは無いが、川や崖、起伏の様子を目印に書いている。


「ディアルディさん、よければこれを。採取するものはここに全てあります」


 私はシュプリさんに炭ペンを借りて地図にチェックを入れ、そのまま差し出す。


「現在位置はここです。少し戻りますが、そこから始めれば早いかと。もし手分けをするというのなら私は地図なしで大丈夫です」

「うそよ! グズリの実なんてこの時期無いわよ! ダインの花だって」 


 睨みつけてくるメルシーさんは間違いなく記憶力がいい。だから図鑑にある情報をきちんと覚えていてこの時期には普通ならないと断言したのだろう。


「通常時と形状は違いますが、この時期でもギリギリあります」


 なかなか見つけづらいのは確かだけども、あるにはあるのだ。採取に関しては薬師のお婆ちゃん達に教えてもらったから結構自信があるし、この辺はここ数日で結構回ったから覚えている。


「やるじゃないか」


 のっそり地図を覗き込んだバルトさんがニィと牙を見せるように笑った。

 そんな顔をすると余計に学生に見えない。宿に泊まりに来てたあの獅子族の冒険者のおじさんにそっくりだ。


「無かった時は覚えておけ」


 ディアルディさんのその言葉で採択された事が伝わった。シュプリさんは急いで荷物を片付け、口を開いたまま言葉が出ず戦慄いていたメルシーさんも遅れて準備を始めた。

 だがディアルディさんは彼らが終える前に行動を開始し、慌ててついて行く二人。この関係もなぁとため息が溢れそうになる。

 脱落者が出たらそこで大きな減点となるのに、どうしてこうも協力しようとしないのか。渡した地図には地形情報を入れているので崖だったり急斜面だったりと学問科が進むには難しいところがわかるようにしているが、それが分かりづらいのか分かってないのか進む先は最短直線で崖を回避していない。さすがに巣立ちの儀式程ではないが、このまま行けば二人が立ち往生するか、決死の覚悟で行くはめになるだろう。


 ……その前に遅れ始めてるか。


 そもそも論として森や山は走破するものではない。足場が他より不安定だから体力を消耗し易いし、純粋に走りにくい。戦闘科はさすがというべきかそんな事全くお構いなしに進むわけだが、後ろの二人はたまったものではないだろう。

 案の定、シュプリさんが足を縺れさせた。


「っ! ……あ、え……?」

「っきゃぁ! ちょ、貴女何を!?」


 転倒する前にその腰に左手を回して脇に抱え、反対の手でメルシーさんも同じように確保する。


「この先、そう高くはありませんが崖があるんです。あの二人は間違いなく直進すると思いまして。出来ればそのまま手足を抱えて少し身体強化で身を守っていて貰えますか?」


 両脇に抱えて走りながら言えば、無言の間が。

 ちらりと見れば、呆気に取られた顔が両サイドにあった。


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