第24話
「ほらもう崖ですよ、いいですか?」
え?と、どこか惚けたまま前方を見た二人の顔は、そのまま崖から躍り出たことで引き攣った。
「っ!!」
「きゃあああああ!」
タン、と途中足場に着地して、さらに下の方の足場にタンタンと飛び移り無事に地面に到着。
「っ! っ! っ!」
涙目でこっち見て震えるメルシーさんと、蒼い顔でガタガタしているシュプリさんに、怖かったんだなとちょっと申し訳なくなる。10階ぐらいの高さなので私はもう平気だが、その怖いという気持ちはわかるつもりだ。
とりあえず降ろしても走れなさそうなのでそのまま走れば、先をいっていたディアルディさんと並んだ。
「
「大丈夫です。得意なので」
このぐらいの強化なら三日ほど続けられるし、荷物を担いで森を走る事も慣れている。
ディアルディさんは無言で速度を上げたので、こちらもそれについていく。
そのまま目的の場所に近づいたので目を走らせて採取物を発見、声を掛けて採取を繰り返す事三度ほど。
日が中天を過ぎたところで小休憩となったので、グロッキー状態の二人を降ろして火を起こし、荷物から小鍋を取り出して白湯を作り鍋とセットになっているカップに入れてディアルディさんとバルトさんに。シュプリさんとメルシーさんには制吐作用のある葉を入れて軽く煮出してからカップに入れて渡す。
二人はもう対抗意識とか敵意とか向ける気力が無いのか大人しく受け取ってちびちびと口にしていた。栄養補給用にと用意したものもあるのだが、この二人には無理かもしれない。
いたって元気そうな二人にはとりあえずこれでいいかと作っておいた干し肉を軽く炙ってどうぞと出す。
バルトさんはすぐに齧って目を丸くし、ディアルディさんはそんなバルトさんを見て怪訝な顔をした。
「なぁ旨い肉、これあとどれくらいあるんだ?」
「私は肉じゃないですからね? ニーナです。それはあと六枚あります」
手のひらを上にして出してくるバルトさんがお菓子を強請る村の子供のようで、ちょっと笑いが。
「夕食にも使う予定なのですがここで食べますか?」
「………仕方がないな」
難しい顔をして諦めてくれたバルトさんは、干し肉を手にしたまま止まっているディアルディさんを見て動きを止めた。それを、え?という無防備な顔で見返すディアルディさん。
妙な間が空いてからバルトさんが視線を外した。さすがにくれとは言えなかったのだろう。
その反応にディアルディさんは食べる事にしたのか、恐る恐る干し肉を齧り咀嚼した。
「っ!?」
味わった瞬間だろうか。目をくわっと見開いて手元の干し肉を見て、私を見て、もう一度干し肉を見た。
忙しないが表情的に不味くて食えないという感じじゃ無さそうだ。良かった良かった。ディアルディさんって勝手な偏見だが味に煩そうで。
「……なんで、貴女……そんなに元気なの…」
メルシーさんの声がして見れば木に背を預けた状態ではあったが、幾分顔色が良くなっていた。
「辺境育ちですから。体力はありますし力仕事は得意なんですよ。これ食べられそうですか?」
縁の大きな手のひらサイズの分厚い瓶の蓋を開け、自作した飴を取り出しその手に乗せる。
「蜂蜜とレモンと生姜で作った飴です」
「………変なもの入ってないでしょうね」
「言った物以外は入れてません」
メルシーさんは束の間掌の上の茶色い塊を見ていたが、えいっと口の中に放り込んだ。
「おいし……。っ!」
メルシーさんは思わず溢れた言葉にハッとして口を押さえると頬を赤らめて睨んできた。
うん。今睨まれても怖く無い。むしろ可愛い。
「シュプリさんも大丈夫そうですか?」
グロッキーなもう一人に声をかけると、メルシーさんの反応を見ていたのか、ぽかんとした顔をしていた。
「はぁ、まぁ、少し楽になりました……」
「食べられそうですか?」
瓶の中身を見えるように出してみると、シュプリさんはおそるおそる手を伸ばし、一粒摘んで口に入れた。
「あ、おいしい」
普通に呟いて飴を口の中で転がしている。
私も一粒口に入れ、広がる甘さにほっとする。
「ディアルディさん、今日はどこまで行きますか?」
「採取は全て終わらせたいところだな……」
採取全部となると、距離的に走るのが確定だ。シュプリさんとメルシーさんはまた運ばないと無理だろう。腹を抱えられて運ばれるのってきついんだけど、耐えてもらうしかない。一箇所で採取できるものなら良かったのだが、その辺は学校側もわざと難しくしているのだろうなと思う。
「お前、この干し肉どこで買った?」
「自作です。学校から支給されたものはどうもイマイチだったので」
イマイチというか、塩加減に失敗したっぽいのが混ざってて——端的に言うと少し腐っているのが入っていたのだ。たぶん獣人の胃袋ならあの程度耐えられるのだろうが、個人的に臭いし美味しく無いので食堂のご飯が物足りないと言うフェリクと共同で作成したものと入れ替えた。フェリクもしっかり今回の演習に持っていっている。
「自作だと……?」
「な? こいつの肉は旨いだろ?」
「否定はしないが……だがこれは……」
手のひらを握ったり開いたりしているディアルディさんは腑に落ちないという顔をしていたが、時間も惜しいと途中で切り替えたのか出発する事になった。
すぐにカップを回収して仕舞おうとしたら、メルシーさんが横に来て私から鍋とカップを奪うと、ばしゃんと水がそこに落ちてきた。びっくりして固まっているとそれらを軽く振って水を切り「この程度の魔法は誰だって使えるわ」と言ってふいっと顔を背けられた。
どうやら洗ってくれたらしい。そう気づいて礼を言えば別にそんなつもりじゃないと口を尖らせたところを腰を抱えて走る。「ちょっと!」と、怒られたがディアルディさんとバルトさんが移動開始したのでごめんなさい。ちなみにシュプリさんは私に抱えられてすぐに手足を丸めて怪我しないようにしている。諦め切った顔がその気持ちを雄弁に語っており、彼の適応能力の高さを感じた。きっと彼は異世界に行っても生き抜くタイプの人間だ。
そうして学問科二人にとっては地獄のような採取巡りが終わり、中継ポイントを経て狩りに適した奥深くに到達した頃にはすっかり日も傾きかけていた。
道中他のクラスの班と接触したのだが、バルトさんが一人であっという間に制圧したのには驚いた。相手も肉食獣系だと思ったのだが、全く相手にならずに吹っ飛んでいったのだ。彼らが持っていた居場所を知らせる発煙筒に火をつければ後は教員が発見して彼らは脱落となる。尚、あちらの学問科の人は手に手を取って降参していたので基本放置の扱いだった。なるほど、ディアルディさんとバルトさんがやられたらああすればいいのかと学習した次第だ。
「お前、よくそれだけ強化を続けられるな……」
今日はここで野営となったので暗くなる前に火を起こし、近場で
「私からすれば強化なしにここまで来れるお二人の方が規格外だと思いますよ」
そう、びっくりな事にディアルディさんもバルトさんも身体強化をしている素振りが無いのだ。素の身体能力でこれはとんでもない。第一クラスの戦闘科がすごいというのは漠然と周りの様子からそうなのだろうと思っていたが、本当にすごかった。
そのディアルディさんは私の言葉なんて大して聞いてない風で、そのくせ私の作業をじっと見ていた。ちなみにバルトさんは最初から凝視している。
まぁなんでもいいけれどと気にしない事にして作業を進める。
グロッキーながらメルシーさんが作ってくれた水を入れた鍋を火にかけ、切っておいた根菜を入れる。根菜は持ち込み食材だ。全部現地調達すると肉に偏るし、味が単調になるので。聞いた限りでは長くても三日目にはゴールしそうなので、量もそれ程多くなくていい。
沸騰したところで干し肉を千切って入れ、合わせ調味料とついでに狩りの途中に見つけた野草を投入。蓋をして今度は切り分けて調味料を揉み込んでおいた穴兎の肉を串に刺して焚き火の周りに刺していく。
火の周りが埋まったら、あとは全ての肉を串に刺して焼くだけの状態にしてひと段落だ。
「……ちょっと、こっちに来なさい」
シュプリさんと一緒に木にもたれて休んでいたメルシーさんが来い来いとするので行くと、手を出せと言われ、素直に出せば水で洗われた。実はこれ、手が汚れる度にやってくれたのだ。
「肉を触った手でベタベタ触られたく無いの」
そんな事を言うが……いやもうこれ、ツンデレですよねと突っ込みたい。突っ込まないけど。
どこでそうなったのか……飴だとしたら可愛いけど攻略が簡単過ぎて将来が心配になってしまう。
悪い男に捕まらないといいなぁと思っていると、いきなりバルトさんが立ち上がった。その様子にディアルディさんも何かに気付き立ち上がり、私もやっと何かが近づいてくる音を拾った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます