第25話
「おい肉、メシを死守だ」
一瞬、バルトさんの言葉で肉がご飯を守る謎の構図が頭に浮かんだ。
馬鹿な事を考えてる場合じゃ無いなと頭を振って、強化した手で調理途中の鍋と蓋をガッチリ掴んで立ち上がる。
「ええ!?」
「あ、貴女ちょっと!」
ギョッとした顔で腰を浮かせ駆け寄ってくるシュプリさんとメルシーさんに大丈夫だと頷く。
「安心してください。こぼしません」
焼いてる肉はさすがに動かせないからこれだけでも守らねば。
「じゃなくて!」
「火傷!」
あ、そっち?
「強化してますから問題ありません。私もさすがに熱ければ持てませんから。それより二人とも私の後ろに。速さからして他のクラスの方ではなさそうです」
私の言葉にはっとして暗闇へと視線を向ける二人。
戦闘センスが無いので二人分の壁になれる自信はないけど……ディアルディさんとバルトさんが負けたら白旗振って終わるといいな。
警戒する私たちの前に気配を隠す事なく姿を表したのは、
「ヒナちゃーん!」
現れるなりバルトさんの蹴りを身を沈めて躱した茶色の塊……ではなくて、
「これでご飯作って!」
満面の笑みでもって要求してきたセアノスさんに、まさか……と気が遠くなった。
「ほら、今なら道具あるでしょ? 自分たちでご飯を作らなきゃだから食堂だって使えない。ね? だからご飯作って」
この人諦めてなかったのか……
驚愕だ。心底驚いた。まさかこの演習中に周りの迷惑無視してこんな事をしてくるとは誰が想像出来よう。
バルトさんが問答無用とばかりに続けて仕掛けるが、セアノスさんはそちらに視線を向ける事なくひょいひょい躱している。ぶぉんぶぉん風を切る攻撃を見ずに、だ。父達やフェリクもそうだが、この人も頭の後ろに目がついてるんじゃないだろうか。
「代わりに演習中守るからさ! 戦うの得意じゃないんでしょ? そっちの奴らと話してたの聞いたよ」
「いや守る云々の前に私達競い合ってますよね? 何で競い合う相手に料理する必要が? 演習中なんですよ?」
わかってくれという気持ちで言っている
と、後ろのシュプリさんとメルシーさんが「さすが鳥族。あっちの班じゃなくてまだましかも」「点数の意味で言ったらそうかもしれないけど、巻き込まれてるから変わらないような……」とぼそぼそ言い合っているのが聞こえた。鳥族として一括りにされるのが辛い。
「え? 俺別に――」
「せぇあぁのぉすぅー!!」
セアノスさんの声をかき消し、暗闇の中から地獄の鬼のような声が響いてきた。現れたのは丸っこい灰色の耳を生やしたでっかい人、セアノスさんのところの班員で熊族のノブセンタクさんだった。
「テメェまじでふざけんなよ!? 余計な事やってんじゃねぇぞ!」
「――どうでもいいんだよね。ヒナちゃんが欲しいっていうなら俺が周辺の魔物狩って全部あげるよ?」
後ろからひっ捕まえようとするノブセンタクさんの手をひらりと避けて、さらにはバルトさんの猛攻ものらりくらりと躱してへらへらしながらそんな事を言うセアノスさん。
「いえ結構ですから。どうぞお帰りください」
「ええ? やだ」
「やだって……あの、私は普通に演習を終えたいんですが」
「じゃあコレお願い」
「だから無理ですって。状況を考えてください」
「俺だって今まで我慢してたんだよ? あいつがいっつもくっついてるし、あんまり言ったら嫌がられるかなって。でも条件が揃ったんだ。押さない手はないよね? それにさあ、状況とか言うけど別の班にご飯作ってもらったら駄目ってルールなんてないし、単独行動しちゃ駄目なんてルールもないじゃん?」
顔も目も笑っているが、だからこそ逆に、直感のない私でもこれはやばいと感じる。
ガチで話が通じないやつだこれ。
「おいノブ、さっさとそいつを連れてけ」
「できるならやってるわ!」
ディアルディさんが苛立たしそうに言うが、だけどノブセンタクさんもセアノスさんを捕まえられず苛立たしそうに返す。
「お前ら鳥は卒業してから番を決めるんだろうが、なんでこんなとこで盛ってやがるんだよ」
「さか?」
「獲物を差し出すのは求愛行動の一つだろ」
あぁ求愛行動。とディアルディさんの言葉は理解したが、違うのでは?と首を傾げる。何故ならセアノスさんは獲物をどうぞと言っているわけではなく、これでご飯作ってと要求してきているのだ。これはあげる、ではなく、くれ、の範疇だと思う。
「あの馬鹿鳥を抑えられるのはウィルフリートぐらいだってのに」
「そうなんですか? でもじゃあなんであの人ウィルフリートさんと組まされてないんです?」
各班、調整のために先生が入れ替えを行っていると聞いた。おそらく学校側も戦闘科が暴走しやすい事を把握してなるべくそうならないように組ませているのだろうと思っていたのだが、そうではないのか?
「龍族だから学校側が阿ってるんだろうよ。それにそれを言えばノエルを抑えられるのもセアノスかウィルフリートだけだがな」
「ノエル様も?」
学問科トップであるが、戦闘科ではそうでないはず。そうならウィルフリートさんと同じで双科者になり、もっと警戒されたり騒がれたりしているだろう。
「あいつはもともと魔法を使うが、戦闘科としての成績はその魔法を使ってないものだ」
へー。
「抑えという意味で班を組んだら戦闘科の一番であるウィルフリートと二番のセアノス、学問科の一番のノエル一が同じ班になってバランス悪すぎだろ」
それは……確かに。というか、セアノスさんって二番手だったのか……
「……班を考える先生が気の毒ですね」
「気の毒がっている場合か。お前あいつをどうにかしろ」
「いやだから無茶言わないでください、セアノスさん戦闘科の二番手なんですよね? 普通に無理じゃないですか」
セアノスさんはバルトさんとノブセンタクさんの攻撃をひょいひょい躱し続けている。まだおふざけ混じりなのだろう。三名とも動きは鋭くなくて頑張れば私でも対処出来そうに見えるが、本気を出されたら太刀打ち出来ないだろう。基本的に私は防御専門であって手を出すのは苦手だ。
「避けるな! 正々堂々勝負しろ!」
「ヒナちゃん、ほらちゃんと血抜きしたよ!」
ニコニコ顔で首元をスッパリ切った様子を見せつけられた。生々しいその様子は異世界なら猟奇的な光景である。この世界でも笑顔で見せてくるものではない。もはや乾いた笑いしか出てこない。
と、風を切る音がしてセアノスさんとバルトさん、ノブセンタクさんがその場を飛びのいた。直後そこに何かが飛来した。
ズンッ
地面を揺らし重たい音を立てて深く突き刺さったのは――氷?
身の丈はありそうな巨大な氷柱が焚き火に照らされていた。上を見れば、そこには闇に紛れるように緑の羽…が……ちょ……え……
「話は聞こえた……やはりお前は馬鹿だな」
氷柱の上にふわりと降り立ち、鼻で笑ったのはノエル様。
まてまてまて。セアノスさんに馬鹿だなとか言っているけど、あなたも今一人なのでは? 他の班員は? セアノスさん同様置いてきたのでは? あとその手と腰に下げてるぶらんとしてる鳥は何ですか? まさかとは思いますが――
「既にお前は拒否されているのだ。ニーナ、これを」
普通に差し出してきたよこの人……
何故ノエル様は当然の如く私が受け取ると思っているのだろう。本気でわからない。頭がいい人の思考なのか鳥族の思考なのか、この際どちらでも関係ないがとりあえず、なんであなたも来たんだと頭を抱えたい。というかどうやってこの場所を知ったんだ。
「ノエルーー! 貴様勝手に動くなとあれほど言っただろう!」
聞こえてきた悲鳴のような懇願のような声の主は黄色と黒の縞様が特徴的な尻尾の、こちらも体格のいい相手。あれは確か虎族のガラナさんだ。
「受け取れ」
ガラナさんの呼びかけを無視してこっちにくるノエル様。
どうしたものかと鍋持ったまま動けずにいると、溜息をつきながらディアルディさんが立ち塞がった。まさか庇ってもらえるとは思わずその背中を見つめてしまう。
「ガラナ、お前も早くこいつを連れて行け。ややこしい」
「バルト!? こんなとこにいやがったのか!」
顎をしゃくるディアルディさんだったが、対するガラナさんは聞き流したのか聞いていないのか、セアノスさんとじゃれているバルトさんに気づくとそちらへ猛然と向かって行ってしまった。そしてノブセンタクさんと共によくわからない四つ巴に。
「………」
無言のディアルディさんの背中が静かに怒りに包まれている……気がする……
「邪魔だ、そこをどけ」
こっちはこっちで周りの状況など目に入ってない様子のノエル様。ディアルディさんに対して傲岸不遜な態度で言い放つ。
「をい……なんでもいいからどうにかしろ」
ひっくい声でこちらに唸るディアルディさん。気持ちは重々わかるのだが、冷静に考えて欲しい。収集つけるとかどう頑張っても無理だ。聞く気がない鳥二人を相手にいったいどうすればいいのか。
いっそもう望みを叶えてお帰りいただくのが一番早いのではないだろうかと思えてきたんだが……
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