第15話
「ニーナ着いたぞ」
「え? あ……ああ。ありがと」
ぼんやりしていたら女子寮だった。送ってくれたらしいことに気づいて礼を言えば、フェリクは手だけ上げて行ってしまった。
少しの間その姿を見送ってから自分の頬を叩き、気合を入れる。ぼんやりしてないで今日はもう何もないのか確認しよう。
三階建ての寮へと入り、天井の高いエントラス部分を抜けて管理者さんのいる部屋のドアを叩けば応えはすぐにあった。
「どうぞ」
「失礼します。ニーナです」
中に入ると何か書き物をしていたらしいニルヴァーナさんが立ち上がった。
「もう大丈夫なのですか? 羽を痛めたのでしょう?」
連絡は来ていたらしい。足早にこられて羽に目を向けられたので、大丈夫ですと頷く。
「治していただきましたので」
「マルナル先生ですね。骨は繋げても周りまではやらないでしょうから……まだ痛むのでは?」
「多少痛みはありますけど大丈夫です」
「それならばいいのですけど……何かあったら言うのですよ。私は学生の保護者でもありますからね」
労わる様に言われると恐縮してしまう。見た目も存在感も貴婦人な方だから恐れ多いというか。
「ありがとうございます。
今日は他にやらなければいけない事はあるでしょうか? 巣立ちの儀式もどうなったのかよくわからなくて」
「巣立ちの儀式は終えた事になっていますから、明日から授業です」
「わかりました」
「ニーナさん、引率の教師から報告は受けていますが何があったのか貴女の口から説明していただけますか?」
説明……自分でもわかってないからやりようがないんだよなぁ。
「何故普通に飛ばなかったのです?」
「普通に……と言う前に、羽を動かせないので何故ああなったのか私にもわからないです」
わからないので、そのまま言えば首を傾げられた。
「動かせないとは?」
「言葉の通りです。動かそうと思っても動かないので」
「………羽が?」
「はい」
つと視線が羽に動いた。泰然とした雰囲気だったニルヴァーナさんが戸惑っているような気がする。
「……動かしてみていただいても?」
「すみません、本当に動かせないんです」
「少しも動かせないという事ですか?」
「はい」
膝の上に置かれていた細い手が悩むように組まれた。
「………ニーナさん、練習をしましょう。鳥族にとって空を飛ぶことは最大の武器になります」
「ええと……」
一応一人で練習した事はあるのだが、触覚はあれど本当に全くこれっぽっちも動かし方がわからないのだ。
そもそも昔から疑問なのだが、鳥にとっての腕は羽なのに鳥族は羽に加えてさらに人の腕があるのだ。つまり四本腕があるようなものだ。両腕はもちろんヒト族と同じなので問題なく動かせるが、後ろについてる羽は筋肉の動かし方から全くわからない。誰かに教えてもらうとしてもその説明が理解できるとは思えなかった。
「一緒に来た——フェリクはあなたの家族でしたね?」
「え? あ、はい」
ルクスさんが伝えたのかな?
「では彼に頼みましょう」
「え」
「他では障りがあるでしょうし、そのように伝えておきます」
「でも迷惑に」
「一応確認しますが依頼を受け入れてくれると思いますよ。こういう事も私の役目なのでニーナさんも受け入れて練習を頑張ってください」
微笑みを向けられ、その顔が拒否不可と書いてあり何も言えなくなってしまった。
今日はひとまず明日のために早めに休みなさいと言われて部屋を出された。
部屋に戻って私服に着替え、参ったなと椅子に腰掛けたところでぐーとお腹が鳴った。そういえば今何時だ?
「もしかしてお昼ご飯食いっぱぐれた?」
腹時計的には過ぎてる予感。窓際に寄って太陽の位置を確認。うん、昼過ぎてる。食堂は……時間以外は閉まってるんだったか。夕食まで結構あるが我慢…いやまてよ……森あったな。
「……確保するか」
部屋に戻って私服に着替え、私物のナイフを腰の後ろに装着。学園内の地図が載っている冊子を手に取りいざ。と、寮を出たところで見慣れた私服姿のフェリクがやって来るのが見えた。しかも村から出てきた時と同じ、肩から鞄を下げたスタイル……って、え!? まさか学校から出てく気!?
「フェリク!」
「森に行く気だろ」
……え?
慌てて駆け寄った足が止まる。森は、うん。はい。行こうと思ってたけど。
「なんで?」
フェリクは私の腰元を指さした。
しっかり愛用の短剣を装着してますね。はい。いつもの狩のスタイルです。
「昼飯」
昼飯。って……もしかして。
「フェリク、ご飯食べてないの?」
頷きもせずフェリクは行くぞと背を向けた。その態度が何よりの答えで……目が覚めるまでずっとついていてくれたのかと、申し訳なさを感じるのと一緒に胸が暖かくなる。
ほんといい奴だよなぁ……と感動してたらいきなり振り向いてきて抱えられた。
「時間がかかる」
「え? は? 何?」
唐突な行動に戸惑っているとフェリクは「掴まってろ」と言って地面を蹴った。
反射的に首にしがみついたが、子供の頃の記憶より随分と大きくてしっかりした身体に、ちょっと焦る。が、地面がぐんぐん離れていくのが見えてヒュッと背筋が凍り、緩めかけた腕に力が入った。
「ストップ! フェリク、ストップ! 校内は飛行禁止!」
「知ってる」
冊子にあった禁止事項を咄嗟に叫ぶと冷静な声が帰ってきた。
「知ってたか。……尚悪いわ!」
「高度を取ればわからない」
「そういう問題?!」
「邪魔になるから禁止されているだけだろ」
平然と言うフェリクに返す言葉が出ない。
そうかもしれないが、ルールって守るものなんだよ!
「そこまで強くしがみつかなくても落とさないぞ」
「っ!」
指摘されて思いっきりしがみついている事に気づき、慌てて手を離そうとしたら羽ごと背中を押さえられた。
「手は回せ、その方が飛びやすい」
くっ……こっちはいい歳して恥ずかしいやら怖いやらでてんやわんやなのに……
でも怖いのが勝るので言われた通り腕を回す。所詮私はチキンだ。
「…………」
「…………」
お互い無言になると、ばっさばっさ羽ばたいている羽が目に入る。それなりに大きいがどう考えても人間二人を持ち上げられるような揚力を生み出せない大きさだ。でも飛んでるこの不思議。ちょっと冷静になってきた。あ、
「そういえば狩猟許可いるのか聞くの忘れてた」
村の近くの森は特にそんなの必要なく狩ってたが、学校の周りの森が所有地である事を考えると怒られる気が……
「北側は許可は要らない」
「そうなの?」
「ああ。それに間引きに人手を募ってたからな。むしろ歓迎されるだろ」
「そうなんだ」
間引きとなるとそこそこ魔物もいるかもしれないな。
「何がいるかは聞いた?」
「奥まで行けば
それなら問題ないか。
話している間にも青々とした森が眼下に広がっており目的地に近づいていた。
やがて緩やかに下降して、木がまばらな開けたところに降り立った。
地面に降ろされるとほっとして足がガクガクしていた。自分で思うよりキていたようだ。
気合で何でもないフリをしながら周りを見れば、ちょうど細いながら小川が流れているところで立地はいい。そういう場所を選んだのだろう。
「植生は……村とそんなに変わらないかな」
とりあえず方角と位置を見失わないように手近な木に印をつけておく。帰りも飛んで帰るなら要らないが、一人で帰る事になったら迷子になるからな。というか正直なところ一人でもいいから地上から帰りたい……飛ぶ練習をとニルヴァーナさんに言われたが軽くトラウマになってる気がする。
「ニーナ」
「ん?」
「行ってくる。治したばかりだからあんまり動くなよ」
少し強い声音で睨んでくるフェリクに、心配性だと笑いそうになってしまうのを堪える。
「了解、無理はしないよ」
フェリクは目元を和らげると口の端を上げて文字通り飛んでいった。
「……いい奴なんだけどなぁ。飛ぶ前に一声かけて欲しいわ」
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