第14話
「あのタイミングで身体強化解くって自殺行為だとわかってるのか!?」
「い、いやぁ……だって人がいたから……」
「相手だって身体強化ぐらいする! してなかったらただの馬鹿だ!」
目が覚めたら救護室とやらでベッドの上にうつ伏せで寝かされていたのだが、エンドレスでベッドサイドに座っているフェリクに怒られている……
しかも普段大声を出さないフェリクが怒鳴ってるって事は本気で怒ってるって事で……
普段怒らない人が怒ると怖いというかなんというか……
「もうごめんって……」
「謝るよりも反省! 二度とするな! 今後一切強化解くな!」
「反省してるから」
「じゃあまた同じ事が起きても今度は解かないな!?」
「あー……うん、まぁ、頑張って避ける」
というか、もう飛ばない。飛びたくない。本当に無理。
「ニーナ!」
あ、はい。ちゃんと聞いてます。
「お前っ……こっちがどんな思いで……!」
滲んだような声に首だけ動かして見て、ぎょっとした。
あのフェリクが泣いている……?!
怪我しても小父さんに怒られてもしれっとした顔で済ませていたあのフェリクが!
いや、正確には泣きそうになっている、だが。フェリクのこんな悲壮感漂う顔は初めてで、思わずがばっと身体を起こした。背中とか肋骨周りがズキズキとしたが構ってられない。
「ごめん、あの、ほんとごめん、言う通りにするよ、ちゃんと強化する、解かない、絶対解かないから——」
ほろりとこぼれ落ちたそれに続く言葉が消える。
罪悪感に胸を撃ち抜かれていると、フェリクは目元を片手で隠しながらべしっとおでこを叩いてきた。
「勝手に動くな、安静にしてろ」
目元を隠したのはたぶん泣いている事に気づいたからだろう。それでも震える声を抑えられないでいるフェリクに酷く申し訳ない気持ちになる。
「えっと、たぶん大丈夫。多少痛いけど動けないような痛みじゃないから。本当にごめん。心配かけた」
フェリクは座ったまま膝に肘をついて顔を伏せると、感情を堪えるように長い息を吐き出した。
「………悪かった。本能的に飛べるかと勝手に期待した」
本能的に飛べるかと……?
って、それ。
「……飛べないってわかってたって事?」
「……ああ」
………いや、でも怒れない。何で止めてくれなかったんだと怒れない。ここまで本気で心配してくれる相手を怒れる者がいるだろうか。
ただ胸中複雑だ。あれはなかなかに怖かった。出来れば止めて欲しかったというのが偽らざる本音でもある訳で。
何と言っていいのか言いあぐねていると、仕切りのカーテンが開けられた。
「あら、起き上がれたの?」
うすいピンク色をした兎耳が可愛い女性が、大きな赤い目をパチクリとしていた。
年齢と紫色のローブからしてたぶん教師だ。
「骨折は治したけど、身体を動かしてみてどう? 痛みはある?」
「多少ありますけど、動けない程でもないです」
「よしよし、それならもう大丈夫。鳥族はもともと獣人の中でも身体能力が高い子が多いからね。それにあなたは幻獣種候補なんでしょ?」
「はい?」
「鳥族の先生たちが言ってたのよ~、今度入る鳥族は幻獣種になる確率が高いって――っと、これは内緒だったわね」
内緒……に、なっているのだろうか……今あっさりぺろっと……
「大丈夫大丈夫。まだ誰にも言ってないから。余計な事を漏らしちゃったらそれこそ鳥族の元締めに怒られそうだし……」
「元締め?」
「なんでもありません。はい、元気になったらさっさと出て行きましょう!」
ぽいぽいっとフェリクもろとも救護室からつまみだされてしまった。
都合が悪くなったから追い出した感がすごい。
ため息をついたらフェリクと重なって、思わず顔を見合わせる。
ふっとどちらともなく苦笑すると気が抜けた。
なんかもう笑ってしまうとどうでも良くなった。道理のわからない子供でもないのだ。終わった事をうじうじつつきまわす真似はすまい。そもそもしくじったのは私なのだからその事でフェリクに腹を立てるのは八つ当たりだ。
「帰るか」
フェリクの方も表情から悲壮感が消えて、肩の力が抜けたようにいつもののんびりした声音に戻っていた。
「帰るって?」
「寮だよ。他にどこがある」
そういえば迷ったら寮にって言われてたっけ。ニルヴァーナさんがいるから事情を話せば今後どうしたらいいのか確認してもらえるかもしれない。
なるほどと頷いて。で、ここからどこに向かえばいいの?となった。生憎と現在位置がよくわからない。
「待ってろ、聞いてくる」
疲れたようにガシガシと頭をかいて今しがた放り出された部屋にフェリクは戻った。
待っているだけなら私もフェリクと一緒に聞こうと踵を返したところ、後ろから呼び止められた。
「そこの鳥族」
誰もいない廊下だったので必然的に私だと思って振り向いたのだが、相手は見知らぬ青年だった。
私より一、二歳年上っぽい人で、深みのある紺色の髪と目の何となく騎士をイメージさせる高潔そうな青年だ。高い襟のチャイナ服とアオザイの中間のような服を着ているが、色が白なのでそれも制服なのだろう。ズボンは黒だから鱗族。でもぱっと見何の種族かは特徴が無くてわからない。目つきは少々悪いが、うちの父やカティスさんに比べればなんて事はない。個人的感想を抱くなら正義感の強そうな青年、もしくは腕っ節が強そうな青年といったところか。
「私でしょうか?」
自分を指差し尋ねると、青年はずんずん近づいてきて目の前に立った。そして見下ろされた。
「……羽は」
「羽?」
180はありそうな背丈に上から見下ろされるとそれなりの圧迫感があるな……と考えていると羽に手が伸びてきて、思わず一歩後ろに引いた。
「…………」
相手が一瞬、あ。という顔をしたのでおそらく手が出たのは無意識だった?
そしていまいち表情筋が動いてないが、たぶん気まずそうにしている。と、思う。
「治ったのか」
「治った? ……あっ」
違う、この人初対面じゃない。
「あの、先程は――」
先程か?時間経過がよくわからない。そう時間は経っていないと思うが……ええい枕詞だ。
「先程は大変申し訳ありませんでした」
咄嗟の事ではっきりと覚えてなかったが、この人は私が盛大に体当たりしてしまった人だ。誠に申し訳ないと深く頭を下げる。
「……顔を上げろ」
少しの間が空いた後、告げられた言葉は落ち着いていて怒りの気配は感じられなかった。
おそるおそる頭を上げると、最初に見た時と同じ顔があって変わらず見下ろされていた。
「あの、怪我はされてませんか?」
「してない」
……良かった。本当に。フェリクは相手も身体強化しているからとか言っていたが、あれだって強化度合いによる。何事もなかったようで心底ほっとした。
「何故あんなところに飛んで来たのだ。この学園は飛行禁止だと知らないのか」
「ああ…いえ、それはわかっていますが、飛ぶように言われたので仕方なくといいますか」
「どういう事だ?」
微かに声に険が入ったような気がしたが、顔は変わらず無表情だ。感情が表に出にくいタイプだろうか。
「巣立ちの儀式で崖から飛び降りたんです」
「巣立ち?」
「鳥族が親元から離れて学校に入るときの儀式だそうです。崖から飛び降りるだけなんですけど、飛び降りて、その後の事がよくわからなくて……」
「よくわからない?」
「知り合いは私が一度羽ばたいたと言っていたんですけど……その、今までまともに空を飛んだ事がないので、どうだったのか自分でもわからなくて」
鳥族としては非常に情けない事を口にしている自覚はあるが、被害者にはなにがあったのかぐらい話すのが筋だろう。
「飛んだ事がない? あれだけの速度で飛べるのに?」
「恥ずかしながら今も羽を動かす事は難しいので」
本当に無理ですと首を振る。
青年は考えるような仕草をするとまた手を伸ばしてきて、途中で止めた。
「羽に触れてもいいか? 変な事をするつもりはない」
ちょっと身構えたが、話を聞いて気になったのだろう。様子からして単純に状態を見ようとしているようなので、まぁいいかと首肯すればそっと羽に触れられた。
触覚は普通にあるのでちょっとくすぐったい。あ、なんか暖かくなってきた。何かしてるのかな?
「強化しているのか」
「知り合いにずっと強化しておくよう言われたので」
強化してれば治りも早くなるからな。
「ではやはりあの時はわざと解いたのか?」
「あぁ……まぁ。避けれなかったので、せめて怪我させないようにと思って……あんまり効果はなかったかもですけど……」
「解かずとも私とて強化ぐらいはしていたものを」
被害者にまでダメ出しされた。無駄な事だったと言われたようでわりと辛い。
「知り合いにも言われました。咄嗟だったので、そこまで考えられなかったんです」
「……もう痛くはないのか?」
大きな手がゆっくりと羽の上を撫でるように動いた。
表情が固くて怖い印象を与えそうな人だが、その手から感じるのは労りだ。ぶつかってきた相手を心配するぐらいだから出来た人なんだろう。普通は怒ってもおかしくないのに。
「大丈夫です。鳥族は身体能力が高いらしいので」
撫でられている羽に目をやると、ピタリと手の動きが止まってゆっくりと離れていった。
「……途中入学らしいな。学年は?」
「あ、はい。三年です」
「三年? クラスはどこだ」
「第一クラスです」
「戦闘科で規定値を超えたのか」
「ええと学問科で」
「学問科?」
それまで無表情だった青年の顔がちょっとだけ動いた。意外そう……かな?
「……そうか」
青年はしばらく考えるような素振りを見せた後、何故か私の頭に手を置いてポンポンと叩いてから踵を返し行ってしまった。
ものすごく子供扱いを受けた気分になったんだが……あの人、私の事を何歳だと思っているんだろうか……
「ニーナ?」
後ろのドアが開く音とフェリクの声が重なった。
「頭が痛いのか?」
振り向けば心配そうな目とかちあい慌てて頭に置いていた手を下ろし首を振る。
「ううん。大丈夫。それより場所は聞けた?」
「あぁ」
差し出された手に、はて? と首を傾げれば手を掴まれた。
「迷子防止」
「いやいや、ついて行くだけでそんな」
「突端な行動防止」
「………私、そんな事した?」
「街について早々尻尾追いかけたのは?」
「そ、それはあまりにも綺麗な尻尾があったからで……」
「その発言、他種族にまで欲情する変態エロオヤジと同じだって自覚しろよ」
へ、変態エロ!そこまでなのか!?
衝撃の言葉に引っ張られるまま素直に歩いてしまう。
へんたいえろ……へんたいえろ……?
そんなにもふもふを愛でる事は罪深い事だったのか……?
いやでもただ愛でるだけなら誰にも迷惑をかけないし……気づかれなければいいのでは。そういう意味で見ていたわけではないし、頭の中なんて覗けるわけじゃない。それにいわば胸の大きな人を無意識に見る男の人と同じようなもの——違うな。違うけど、違うけど!もふもふをそんなものと同列にして欲しくないけど!そんなようなものだろう……
一人葛藤し脳内の整理を終えると、遠くでわーわーと何やら威勢のいい声が聞こえてくる他は、静かな誰も歩いていない廊下が目に入った。
ふと繋がれた手に視線を落とすと大きいなと思う。小さい頃は私と変わらない背丈、手の大きさだった。
成長を感じるとともに置いていかれるような、どこか遠くへ行ってしまうようなそんな気がした。
鳥族なのだから、きっとフェリクも番を見つけて子供作ってさようならという事をやるのだろう。それが鳥族の習性なのだから……
ふぅと息を吐いて考えを散らす。
益体もない事は考えるべきではない。
それでも、前世の事を何も思い出さなければごく普通の自由な鳥族でいられたのだろうかと、そう思ってしまうのは止められなかった。
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