第13話
食事の後は、仲良しトリオは授業なので寮に戻ったところで見送った。
私は女子寮のガランとしたエントランスのところで壁際にあった椅子に腰掛け待つ。ここで待っていれば引率の先生が来てくれる予定だ。
ぼんやり座っていると眠たくなってきてうとうとしてきた頃に足音がして目が覚めた。
顔を上げれば昨日案内してくれた先生とは違う鳥族の先生で、白と茶の混ざった髪色と羽で垂れ目のおっとりそうな先生だ。
「おはようございます。行きましょうか」
「おはようございます。よろしくお願いします」
挨拶をして歩き始めた先生の後を追って寮を出るとフェリクもいた。近くで見ると白い制服がまた映えること。何を着ても似合うなぁ。
「おはよ。なんか同じ服着てると学生になったんだなって感じだね」
「……そうか?」
興味のなさそうな顔のまま首を傾げるフェリクに笑う。見た目が変わっても中身は変わらないらしい。当たり前か。でも変わらないフェリクになんとなくほっとした。意外と新しい環境に気を張っていたのかもしれない。
「寝れた?」
「まぁ。そっちは?」
「まぁまぁ?」
「どうせベッドに転がって三秒だろ」
「……何故ばれる」
「魔物に囲まれても寝落ちするのがお前だ」
呆れを見せるフェリクから視線を逸らす。
違うのだ。あれはフェリクもいたから大丈夫だと思ったのであって、どこでも寝れるというわけではないのだ。言ってもはいはいと聞き流されそうだから言わないけど。
「それより、これからやる巣立ちの儀式っていうの? 子供と一緒にする事になってるって聞いた?」
「聞いた」
「父さんたちもさぁ、覚えててくれればいいのに……」
「歳すら忘れるんだから無理だろ」
「まぁねぇ……」
言っても仕方が無い事だとはわかっているけど言いたくなるのだよ。
てくてくと歩いていく事しばし、三十分程歩いたところでグラウンドのような開けたところに出た。
方向と距離からして、たぶん幼等部がある一帯に入ったのだろうと予想。
このグラウンドでやるのかなと前方を見れば、私と同じような色合いの羽がいくつも見えた。みんなちっちゃい。私の腰程の背丈もない。本当に五歳前後のちびっこ達だ。
「……ん?」
先生の先導で近づいていくにつれ、何やら変な事に気づいた。
どうやら一人一人呼ばれているみたいなのだが、その都度その子の姿が消えているのだ。ぎゃーぎゃーきゃーきゃー笑い声が聞こえてくるのだが、確かに消えていっている。
「あの、先生。巣立ちの儀式って何をするんですか?」
「そこの崖から飛び立つんですよ」
………?
一瞬思考が停止した。
すぐに復帰したが、先を行く先生とフェリクを慌てて追いかける。
「ああああの! ちょっと待ってください!」
「どうしました?」
どもりまくった私に振り返る先生の袖を掴んで確保。そこから先に進まないでいただけますか先生。
「崖。崖って、崖です?」
「はい?」
「今、崖から飛び立つと?」
「はい。そうです」
………。
「あの、私、飛べません」
フェリクの前だからとか、鳥族として恥ずかしいとか、そういう事を気にしている場合ではなかった。これはまじで生死に関わる。
だが私の真剣な訴えを聞いても先生はにこやかな笑みを浮かべたままだった。
「大丈夫ですよ。それほど高さはありませんから」
そう言われ、焦っていた私はハッとした。
だってあんな五歳前後の子が飛び降りるところなのだ。そんなに高いところであるわけがない。
「そ、そうなんですか」
儀式だと言ってたしなと恥ずかしくなり、すみませんと謝って先生の袖を離す。
前方の子供たちはみんな笑っているし、そりゃそうだよねハハハと笑いながら崖とやらに近づいていって――
嘘ですやん。
それほどの高さですやん。
使った事もない異世界の方言が口をついて出そうなぐらいの絶壁がそこにあった。
「せ、先生。これ、あの、やっぱり無理なんですが……私、本当に飛べなくて。本当に鳥族失格レベルで羽動かなくて滑空とかも無理で減速すらできなくて。あ、そうだ。あれです。私、飛べない系の鳥族なんで」
「ちゃんと飛べる形の羽ですよ。本能的に飛べますから大丈夫です」
言いながら流れ作業のように私の手を引いて崖っぷちに立たせる先生。
気づけば子供たちの姿が無い。下を覗けば強化した視力で待機している先生に捕まってキャハキャハ笑っている姿が見えた。
飛んだのか。君たち。笑いながら飛んだのか。これを。すごいな鳥族。私は朝食リバースしそうだ。
一縷の望みをかけてフェリクを見たのだが、眠そうな目でこちらを見るだけで全く止めてくれる素振りはない。
いや、うん、まぁ。確かに「飛ぼうと思ったら飛べるし!」とか言って嘘ついた過去があるので、フェリクは私が飛べると思っているのだろう。こんな事なら嘘なんてつくんじゃ無かった……!
いやいや、でもさっき先生に飛べないと自己申告したのだから、こいつ本当は飛べないのか?ぐらい疑問に思ってくれても……一回も目の前で飛んで見せた事無かったわけだし……無理か。興味持ってない事はスルーだもんな。無理だわ。
………。
絶望が目の前に広がっていた。
何度見ても高層ビル並みの高さだ。身体強化してジャンプした時の高さを遥かに超えている。
「恐れる事はありません。空は我々の故郷です。飛び出せば自然と動きますよ」
動かないから竦んでるんです先生。
「万一の事があったとしても下で受け止める準備は出来ていますから」
見えてます。目はいいんです。強化すれば十キロ先だって見えると思います。アフリカの現地の方もびっくりな性能だと思います。だから他の先生が下にいるのは見えてます。でも怖いんです。
「さあ幼い子達も待っていますから」
……こうなったら力の限り身体強化をかけてやるしかないか。
そうだ、飛び降りつつ崖に拳を突き入れれば速度緩んで行けるのでは?
身体強化してれば手にダメージはない。幸い私の身体強化はあの父が太鼓判を押してくれたのだ。カティスさんもそれだけなら自分を超えていると淡々と教えてくれた。
いける、いけるぞ私。
ふーと息を吐いて精神を集中。腹の底から湧く力を身体の隅々まで力強く循環させてカチッと固定させる。
よし、行こう!
そう思って何も考えず前に飛んだ。
そしたら身体強化していたせいで飛び過ぎた。一瞬にして到底崖に手の届かない距離に飛んでしまい思考が止まる。
そしてすぐにやってきた急激な落下の感覚に総毛立った。
恐怖で力が入った瞬間、ぐんっと身体が何かに押し出され急激なGを感じた。
「――ニーナっ」
焦ったようなフェリクの声が遠くから聞こえ、無意識に瞑っていた目を開ければ私はものすごいスピードですっ飛んでいた。
――は?
落下せず何故かいずこへかすっ飛んでいる状況に頭が混乱する。
耳元でうねりを上げる風の音に、何で私風圧に負けずに息出来るんだろうと場違いな事を考えてしまうのは現実逃避か。
「――避けろ!」
どうしていいのかわからず硬直したまま吹っ飛んでいると、誰かの声が聞こえた。声のした方を見ようとしたら目の前に青白い光球が迫って――!?
何かを思う暇もなく反射的に手が出て払いのけると、その先に人影が!
このまま行けば私と直撃するコースに人が浮いていた。
身体強化をかけた私は鋼鉄を超える強度がある。この速度で当たれば間違いなく轢き殺す。血の気が引いて、咄嗟に身体を回転させて身体強化を解いた。せめて羽がクッションになれ——
ドンッ
肺が潰れるような衝撃と背中がもげるような痛みが襲った。あまりの痛みに身体が痺れ、息が出来ない。
「ニーナ!」
フェリクの声が聞こえるが、顔をあげられないし息が詰まって声も出せない。
私がぶつかった人は大丈夫だろうか。そう思うがそれも確認出来ない。
「なんで強化を解いたんだ……!」
焦るフェリクの声は聞こえるが、喉から何かがあふれて咳き込む。息が吸えず視界が暗闇に覆われ思考が途切れた。
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