第12話

 宿のベッドよりはちょっとだけ固いベッドで眠って翌朝目が覚め、制服に着替えているとヘランが物珍しそうに私の着替えを見ていた。


「鳥族の服ってそうなってるのね」

「見たことなかった?」

「部屋でしか着替えないし背中には羽があるでしょ? あんまりじっくり見たら失礼になるから」


 なるほど。耳や尻尾の代わりにこの羽がセクハラポイントかと理解。ルクスさんは他の種族のマナーとかルールは教えてくれたけど、鳥族の事はあまり話さなかった。当たり前すぎて省かれたのかもしれない。

 あとでこれも調べておこうと思いつつ、食堂に案内してくれるヘランにくっついて部屋を出る。


 食堂は寮と学舎の間にある。

 渡り廊下を歩けばすぐで、昨日ヘランに紹介してもらった猫族の子たちも合流していけば、中はすでに多くの学生で賑わっていた。

 パッと見バイキングスタイルで、お盆に食器を乗せて好きなものを取って空いているテーブルに座って食べるようだ。これ毛とか羽とか入らない?とか思ったが、考えてみれば料理人だって獣人なんだから今更だった。獣人って少々の事ではお腹壊さないしな。


 ヘランに引っ張られて列の最後尾に並ぶと、あれ見える?と指をさされた。

 なんだろうとその指を追うと食堂の奥まったところが中二階になっていた。たぶんそこだと思うが。


「階段の上?」

「そう。あそこって幻獣種専用の場所だから注意してね? 一般種が近づいたら揉め事になるから」

「わかった」


 こんなところでも幻獣種って特別扱いなんだなぁとしみじみしていたら、その場所に白金の頭と羽を発見。

 そうか。フェリクは幻獣種だから。


 今後一緒に食べるのは難しいのかとちょっと寂しさが胸を過ったが、すぐにヘランに呼ばれて慌てて前に詰める。


「ここのパン固いから必ずスープは取った方がいいよ」

「わかった」


 ヘランのアドバイスを受けながらサラダと卵っぽい何かを適当に選んで取っていく。ヘランの友達が確保してくれたテーブルで四人固まって食べ始めたのだが、あちこちから視線を感じた。


「ニーナ、見られてない?」

「見ない顔だからっていうのもあるかもしれないけど、鳥族の反応はちょっとおかしくない?」


 ヘランの言葉に、ベンガルみたいな色合いの耳のランシェルが重ねた。もう一人の茶トラみたいな耳のフーシャはうんうんと頷いている。


「昨日も寮ですごく見られてたよね?」

「たぶん私が珍しいからだと思う」

「珍しい?」

「私、鳥族としては大人になれてなくて」

「大人になれてない?」


 顔を見合わせる三人に、実はと事情を説明する。


「鳥族は子供の羽から大人の羽に変わる事が大人への第一歩なんだけど、それが来てないからこの歳でも子供扱いらしいの。

 十七だし、精神的には大人のつもりなんだけどどうしても鳥族から見ると子供って事になっちゃって。だから他の鳥族も珍しくて見てくるんだと思う」


 迷惑かけてごめんねと言えば、首を振られた。


「そうだったんだ……私鳥族の子供って見た事が無かったから知らなかった」


 なるほどと三人が納得したように頷いた時、ポンと肩を叩かれた。

 人が行き交う食堂内でいちいち背後の気配なんて気にしていなかったのだが、誰だろうと振り向けば鮮やかな緑の羽と髪の鳥族の青年がいた。


「名前は」


 ざわり、と周りがさざめいた。そして私の前に座っているヘランが「ノエル様」と呟いたのが聞こえた。


 ノエル様って……孤独の天才ノエル様だっけ?


 昨日の会話を思い出し、思わずじっくり見てしまう。

 細められた目はとっつきにくそうで、感情の読めない表情と相まって確かに他人を拒絶しているようにも見える。顔立ち自体は優男という感じだがその目はガラス玉のように淡々としていてなんとも冷え冷えとした雰囲気だ。


「ニーナですが」

「……も…ろいな」

「はい?」


 周囲の雑音に紛れて聞き取れなかった。

 首を傾げるが返事も無ければ反応もない。じーっと見下ろされてる。だいぶ居心地が悪い。


「家族にならないか」


 どうしようかと思っていたら唐突に言われて目を点にする。

 まさかの家族にならないか発言。フェリクの言葉が現実となりびっくりした。


「え、遠慮します」


 フェリクに言われなくてもいきなり家族にならないかとか意味不明過ぎて怖いので断る一択だ。


「………」


 細い目がさらにすぅーと細くなった。

 威圧感が出ているのだが……


「強さか? それとも成果?」

「はい?」

「両方か」

「いや、あの?」

「他にあるのか」


 何が??


 駄目だ。話がわからない。美しさはこれ以上は望めないがとか呟いてるし……美しさってなに。もしやナル系なのか?


「あのですね、家族はいるので」


 と言えば良かったんだっけ?と、フェリクの言葉を思い出して言ってみる。


「誰だ」

「あ、あそこにいる白金色の羽の人です」


 鋭い視線に内心怯みながら、中二階になっているところを指差せば、周りで見ていたらしい鳥族の青年がボソボソ言い始めた。聴覚を強化すれば、あれって昨日入ってきた幻獣種だよなとか、なんだそういう事かとか聞こえる。

 ノエル様とやらはそちらを見て、そのまま何も言わずに踵を返した。


 ……行ってしまわれた。なんだったんだ……


「ニーナ、ノエル様と知り合いだったの? 昨日そんな事話してなかったじゃない」


 ヘランの声に視線を戻せば興味津々の三対の目。


「いやいやいや。知り合いじゃないよ。初対面」

「家族ってどういう事?」

「わからない。私が聞きたいぐらい」

「ねぇ、さっきニーナあっち指差してたよね? 家族ってもしかして幻獣種のあの人だったりするの?」


 フーシャは中二階の方をちらちらと見ながら声を潜めた。


「うん」


 頷けば、ぱかりと口を開けられた。


「え、ほんとに?」

「うん、幼馴染なんだけどね」


 訊き返すフーシャにもう一度頷く。


「ニーナの番なの?」


 ランシェルの疑問に笑って手を振る。


「違う違う」

「違うの? じゃあこれから?」


 キョトンとするフーシャに苦笑する。

 フェリクに対して抱いていた淡い気持ちは夜の湖に向かって盛大に投げ捨てた。

 フェリクはいい奴だと思っているから気心の知れた幼馴染、その関係が一番だと思っているし実際その通りだ。


「それも違うの? 幻獣種なら他の子にすぐ取られちゃうかもしれないよ?」

「取られるって……そこは各々が決める事だから」

「えー勿体ないなぁ」

「人それぞれでしょフーシャ」


 口を尖らせるフーシャを嗜めるランシェル。


「それに実際のところさ、鳥族の場合って本当に番として認めるのは卒業してからなんでしょ?」

「ん?」


 ランシェルの質問に、スープに浸したパンをもごもご口の中で噛みながら考える。味噌汁に酸味のあるパンは微妙だな。ではなくて、


「確かに子供を作るのは卒業してからって注意はされてたから、そうかもしれない」

「でしょ? それに鳥族が番を決めるのって単純な強さだけじゃなくて、歌だったり踊りだったり物作りだったり基準がバラバラでしょ? だったら今急いで嗾けなくても、色々ニーナがアピール出来る武器を知ってからでもいいでしょ」


 ……歌?……踊り?……物作り??


「あーそっか。鳥族だもんねぇ……普通は強さなんだけど、確かにそうだね」


 ちょっと待って。鳥族って歌とか踊りとか物作りで番を決めてるの?

 まさかうちの父、そういうので決めたって事?

 聞いてないんだけど。あの父が歌うとか踊るとか想像が出来ないんだけど。物作りは、まぁわからないでもないか……?

 家作るの早いし、村の害獣対策の大きな柵を作ったのも父達だって聞いたし。


「二人とも、ニーナが望むのが前提の話だからね? 勝手に突っ走らないように」


 ヘランの低い声に、うきうきした様子の二人がピタリと一瞬固まった。


「そ、それはもちろん。ね、ランシェル」

「ごめんごめん、幻獣種と幼馴染なんて猫族だったら儲けものとか思っちゃうからさ」

「だよねだよね? そうなのよ! アドバンテージがあるなら使わない手はないでしょ?」


 猫族の女性はどうやらぐいぐいいく肉食系女子らしい。楽しそうにしているフーシャとランシェルを見ていると若いなぁと微笑ましく思う。


「ところでさ、話は変わるんだけどニーナにちょっとお願いしたい事があって」

「どうしたの?」


 フーシャの言葉に、昨日知り合って今日お願いしてくるとはなんだろうと首を傾げる。


「もうじき野外演習でしょ? 私のところルドワンが居るから」


 意味ありげな視線をもらったが、そのルドワンさんがどうしたのだろう?

 あと野外演習とは?


「あーそうだったね……実力はあるけど自由行動されちゃうとね……」


 それは同情するわと同意するランシェル。

 どういう事だろうと思っているとヘランが教えてくれた。


「野外演習っていうのは、学問科と戦闘科が協力して挑むテストの事よ。学校の周りにある山や森で行われるから野外演習っていうの。で、ルドワンっていうのは第二クラスにいる鳥族の名前よ」


 なるほどと頷き、で? となる。


「そのルドワンさんが何か問題という事?」

「問題だらけなのよ!」


 ぐさっとサラダにフォークを突き刺すフーシャ。手元に怨嗟がこもってるように見えるのは気のせいかな……


「あれって役割分担が大事で作戦だって必要なのにちっとも話を聞いてくれないの! 戦闘科の一人が勝手に動き回ったらもうお手上げになっちゃうのよ! 私点数やばいのに!」


 点数やばいのか。ルドワンさんがどうよりもそっちが気になっちゃうよフーシャ。

 しかし学生の頃の点数ってやっぱり気になるものだろうし、ここだと就職にも影響しそうだから、どうにか出来るならしてあげたいとは思うが……正直鳥族相手に何か出来ると思えないからなぁ。


「ねぇニーナ、話を聞いてもらう方法とかない?」

「うーん……好きなものを知っていれば、それを餌にして聞いてもらう事は出来るかもしれないけど……」


 父やバルダさんは肉料理をぶら下げたら聞く姿勢になる。特に唐揚げの代わりに作った揚げ焼きが好物なので、ぶら下げたら正座で聞いてくれる。でもフェリクは特に何もなくても聞いてくれるし、その辺は人によると思うのだ。


「……ルドワンの好きなものって何?」


 フーシャの問いにランシェルもヘランも視線を逸らした。知らないんだな。


「ニーナ……今度ルドワンに会ってくれない?」

「え?」

「お願い! 一度でいいから! それで何か攻略法見つけて!」


 手を握ってくるフーシャに、ええ……?となる。

 そんな一回会っただけで攻略って無茶な。私だって他の鳥族に会った事はちょっとしか無いのに。昨日の子達とか全然話がかみ合わなかったしな。


「……ニーナ、私も付き合うから会ってあげられない? 野外演習って学問科にとっても加点対象になるから重要なのよ」

「そう……ね、フーシャって進級で危なかったし」


 ランシェルの援護に同意するように気の毒そうな目でフーシャを見るヘラン。


「言わないでヘラン〜! これでクラス落ちたら母さんに怒られるのよ〜お願いニーナ〜」


 あぁ……そんな悲壮な顔で縋られたら拒否できないじゃないか……会うだけならいいんだが、成果が出るとは思えないんだよなぁ。


「何もわからないと思うけど、それでもいいなら」


 パッとフーシャが顔を明るくした。


「ありがとうニーナ!」

「会うだけだからね?」

「うんうん」


 良かった〜と話すフーシャは、打って変わって問題が片付いたような顔をしてご飯を食べ始めた。何も出来ない可能性の方が高いのだが、まぁ出来るだけやってみるか。


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