第11話

「クラスはさすがに第八かしら?」

「あ、なんだか第一になったみたいで」

「第一!? 学校に行ってなかったのよね?」


 驚くヘランさんに、馬車の中での勉強を思い出し苦笑いが出る。


「はい。ものすごく容赦ない先生に教えてもらったのでそのおかげです」

「先生?」

「鳥族の方なんですけど、笑いながらレベルをどんどん上げていくのでずっと頭が飽和状態でした」

「あぁ……鳥族って変わってるから……。あ、いえ、悪い意味じゃなくてそのままの意味っていうかね?」


 フォローがフォローになってないですよヘランさん。


「でもそうなのね……いきなり第一というと他の子から敵視されちゃうかもしれないし……一年生だとメナとルトアがいたっけ」

「あ。一年ではなく三年からになったので在籍は一年だけです」


 ヘランさんは口をぽかんと開けた。


「三年?」

「はい」

「飛び級?」

「そうなるんですかね? たぶん?」

「はーー!?」


 いきなり大声をだされてびっくりした。

 何となく途中から下の子を見るような態度になったから勘違いしてるかもとは思っていたが、やっぱりそうだったようだ。


「貴女学校も通わずにいきなりこの学校の三年に入ったって言うの?!」

「そう、ですが」


 圧が強い。圧が。あと近い。お耳が目の前に……触っ…たら駄目だ。

 脳内に笑顔を浮かべながら注意するルクスさんが蘇って愛くるしいお耳から視線を逸らす事ができた。


「信じられない……でもある意味鳥族らしいっていうか……孤高の天才ノエル様に続いてって事?」


 こ、こ?

 なんか今異世界の知識的に香ばしい感じの単語が聞こえたんだが。


「はぁ………鳥族って本当極端よね……むしろ嫉妬してもしょうがない類なのよこれは。でも貴女、いきなり第一なんて入ったら大変よ? ついていけるの?」


 勉強についていけるのか、という事だろうか。ちらりと教本に視線を向け、あの内容だけであれば大丈夫だと思うがと視線を戻す。


「たぶん?」

「……まぁ第二クラスの私が心配してもしょうがない事かもしれないけど、頑張らないと大変よ」

「はい、頑張ります」


 初対面なのに心配してくれるなんていい人だな。


「…………」


 真面目に返したのだが、変な顔をされた。


「貴女、変わってるって言われない?」

「いえ、そういった事を言われた事は……最近会った鳥族の方には言われましたね」


 思い返して言えば、やっぱり。という顔をされた。


「こんなに長く鳥族の子と話したの初めてだもの私」

「そうなんですか?」

「そうよ。いっつもいきなり会話を切って行っちゃうから怒ってるのかと最初は誤解したわ」

「あー……」


 なんとなく父を想像したらわかるような気が。


「悪気はないと思うんですけど……良くも悪くも思ったままというか」

「でしょうね。それはこの二年で分かったわ」

「すみません」

「なんで貴女が謝るのよ」

「なんとなく?」


 話の流れで?と、首を傾げるとヘランさんはプハッと笑った。


「ニーナだっけ? 貴女本当に変わってるわ。もちろんいい意味でよ」

「ありがとうございます?」

「そこは首を捻らなくていいから」


 くすくすと笑うヘランさんにつられて私も笑えば、目の前に手が出された。


「改めて、ヘランと呼んでちょうだい。堅苦しい口調も不要よ。ニーナと呼んでも?」

「もちろん。よろしくヘラン」


 二度目の握手はしっかりとお互いの手を握った力強いものだった。

 ちょっと嬉しい。初めての友人というわけでは無いけど、村で親しかった子は旅立ってしまったのでここ一年ほどそう呼べる相手がいなかった。


「ところでニーナって第一クラスなのよね? だったらノエル様とお近づきになったりするのよね?」

「ノエル様?」


 さっきの香ばしそうな形容詞がついてた人かな?何だっけ?孤独の天才?


「ノエル様と言ったら学問科のぶっちぎりの一番手よ!

 常に冷静沈着、種族関係なく誰に対しても同じ姿勢で興味のある事にしか言葉を返さない天才!」


 拳握って言ってるが、それってダメ人間では。興味のある事にしか言葉を返さないって、興味なければ必要な事にも返さないって事のような気が……


「戦闘科の威圧にも全く怯まないあの冷徹な眼差しは学問科の英雄なのよ! 戦闘科が訓練場を占拠してしまった時なんか鼻で笑って人の学ぶ権利を奪う権限などないって取り返してくれたの!」

「そ、そうなんだ」


 よくわからないが、学問科と戦闘科には溝があるようだ。なんとなくだが、脳筋とインテリの戦いのような気がする。


「そうなのよ! だから戦闘科の奴らが嫌がらせしてきたならノエル様に学問科の権利を侵害されてるって伝えればどうにかしてくれるの!」


 ……あれ?もしかしてノエル様とやら、よいしょされていると見せかけて便利扱いされてる?


「ノエル様の行動範囲に引っかからないと動いてくれないけど、でも行動範囲は広いからだいたいカバー出来るのよ! ニーナも覚えておくといいわ!」


 清々しく利用しているな。

 まぁそこは個々の関わり方という事で言及は避けるとして、また勘違いされているようだ。


「ヘラン、私戦闘科でも第一クラスの基準を満たしたらしいの」


 それまで熱弁を振るっていたヘランがピタリととまった。


「……………え?」

「学問科と戦闘科、二つとも基準を満たしてたみたい」


 再度言うと、目を大きく開いた。


「……ちょ、え? 今なんて?」


 混乱されてしまった。


「なんか珍しいみたいだね」

「珍しいも何も……ウィルフリート様だけなんだけど……嘘、ほんとなの?」


 ウィルフリート様?

 戦闘科も学問科もっていうのは龍族の幻獣種だけらしいから、その人がそうなのだろう。

 それにしてもこの学校は成績上位者を様付けで呼ぶ風習があるのだろうか。ルールブックにはそれらしき事は書いたなかったが、生徒の間にある暗黙の了解なら従った方が無難だろうか?


「嘘は言ってないけど、その反応見たら言わない方が良さそうだね」

「……そう…ね。ええとちょっと待って。…………大丈夫。落ち着いた」


 胸に手を当て深呼吸したヘランはよろよろとベッドに腰掛けた。


「考えてみれば歴代の双科者には鳥族も入ってたものね……不思議ではないか」

「そうかしゃ?」

「双科者。ニーナみたいに二つの科で第一クラスに入っている人の事。そういう人は漏れなく"メティス"か"アイギス"の重要な地位についてる………いえ、鳥族以外はついているわ」


 なるほど。エリートさんみたいなイメージか。鳥族がついてないのは面倒だからとかそんな理由なのかも?

 みんながみんな父のようだとは思わないが、鳥族が自由人ならそんな気がする。


「ニーナ、成績の事だけど、お互いの成績がわかるのって定期的なテストの時だけなの。だからそれまでは戦闘科の方は黙っていた方がいいと思うわ」

「うん、下手に目立ちたくないからそうする。ちなみに学問科じゃないのは意味が?」

「あとで知られた時に、戦闘科だったら見抜けない方が間抜けだって言えるでしょ? 学問科の方はちょっと根に持つタイプがいるからやめた方がいいかと思うの」

「なるほど。それなら確かに戦闘科の方を黙っていたほうがいいか」


 理解したと頷けば、はぁと溜息をつかれた。


「まさか双科者とはねぇ……なんだか今年一年荒れそうな気がするわ」


 フラグを立てないでくれますかヘランさん。


「ああそうよ、これを先に言っておかないとダメじゃない」


 不意に自分のおでこを叩いてため息をつくヘランさん。


「第一クラスに入るなら、絶対にウィルフリート様には近づかない事」

「近づかない……っていうと?」

「ウィルフリート様っていうのは、龍族の幻獣種よ。名前ぐらいは知ってるでしょ? 物凄く強くてそれでいてどの種族も見下さない方だから、番になりたい子が多いのよ。同じ龍族のキッカディアさんも居て近づこう物なら牽制してくるし、面倒なことになるから近づかない方がいいわ」


 名前も知らなかったが、そうなのか。元々近づく気は全く無いから無用の心配だが、助言してくれたことはありがたい。


「わかった、そうする」


 その後、ニルヴァーナさんが夕食に呼びに来ておしゃべりはお開きになった。

 食事から戻ってきたらヘランに沐浴場の使い方とか洗濯場の道具の場所とか教えてもらって、ついでに彼女の知り合いにも紹介してもらって軽く挨拶をする人が増えた。

 みんな最初は戸惑っていたが、いくらか話すとフレンドリーになってくれてほっとした。

 周りを見て一つ思ったのは肉食獣系と草食獣系で固まってるんだなという事。仲は悪くないようだが、なんとなくそうなっているのかもしれない。ひょっとしたら習性の違いとかが関係しているのかも?

 鳥族の子も居たのだが、成換羽前という事で珍しいのかびっくりした顔で二度見三度見された。せっかくだからと挨拶をして友達になれないかなと話をしてみたものの……うん。なかなかアレだった。今までどこにいたのかとか、どうして学校にいなかったのかとか、質問責めにされたかと思ったら答える前に自分語りが始まり、そして唐突に第三クラス以下には手を出さないで欲しいと訳の分からない懇願をされ、わからないまま頷けば最後には我らが女神よと抱擁されて風のように去っていかれた。

 ルクスさんの言葉が誇張では無かったかもしれないと初めて思った。父達もあれでまだ話が出来るタイプだったのだなと、そんな新発見だった。

 とりあえず一方的に聞かされた話では、鳥族は第三、第四、第五と第八クラスに多いらしい。上にいきすぎると面倒な他の種族に絡まれるからその辺で落ち着いているとかなんとか。何となくぐーたらの気配がちらついているような気もして、上を目指さないのかと聞いたら、番は近いのが一番だよね!と違うボールが帰ってきたので深く尋ねるのは諦めた。

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