第10話
「あの、鳥族って――」
月のものが来るんですか?と聞こうとしてハタと気がついた。
もし来ないのが普通だったらなんでそう思うのか突っ込まれるのではないだろうか。
カピバラ族の女性陣にそれとなく聞いた時もうまく伝わらず出血即ち怪我と認識されて変に心配されたのだ。
ニルヴァーナさんは脳筋の父とは違って変な事を言えば違和感を覚えるだろう。では何と聞いたら無難になるのか。
どうやって子供が出来ますかとか?
いや、初対面の人にいきなりそれを質問するってどうなんだ。子供なら無邪気に聞けただろうけど……さすがにこの年でそれを聞くのはな……
「どうしました?」
「あ……あぁ、え……と。すみません、何でもありません」
「大丈夫ですか? 何か気がかりがあるのではないですか?」
「いえ、大丈夫です。街に来て初めての事ばかりだったので少し疲れたのかもしれません」
取り繕うように言って、へらっと笑えばニルヴァーナさんもそうですかと微笑んでくれた。
「それでは今日は部屋で休んでください。明日、巣立ちの儀式をする予定ですから」
「巣立ちの儀式?」
「鳥族のしきたりのようなものです。親元から離れる際の通過儀礼でそう難しい事はしません。ニーナさんの年齢で学校に来られる方は珍しいので幼等部に混じってという事になりますが」
「幼等部に……」
学校に来るのは五歳前後だって言ってたからな。五歳ぐらいの子と一緒にやるのか……
ちびっ子達に混ざる自分たちを想像してため息が出た。
まぁ
「さあ部屋に案内しましょう」
「はい……」
心なしかニルヴァーナさんの微笑みに同情的な暖かさを感じたのは気のせいか。
教本とやらと服を持って、館と言って差し支えない建物の内部を歩いていると、思ったよりも建物の内部が質素な事がわかった。外観はなかなか装飾が綺麗だったのだが、内側がこれという事は張りぼて?と思った瞬間、修繕の跡を発見。何かしらの損害を受けた跡と思われるが、ルクスさんの鳥族が暴れるという話を思い出してもしやと連想してしまった。
「こちらです。同室の生徒はまだ授業中ですが夕方にはここに戻るでしょう。食堂の使用は明日からになるので今日の夕食は私が呼びに参ります」
ニルヴァーナさんは部屋の中へと私を入れて、入れ替わるようにドアの前に立った。
中はホテルのダブル並みの広さだ。小さめのクローゼットらしきものと机、それからベッドがそれぞれ二つ。以上。
とりあえず持っていた教本を使われていない方の机に置く。
「それから、ニーナさんにはこれを」
振り返ると、ニルヴァーナさんは小さな冊子を差し出していた。
「鳥族には本来お渡ししませんが、あなたであればこちらをお渡しした方が早いでしょう。写しを取るか覚えたら返却してください」
なんだろうと受け取って開いてみると、この学園の地図と施設の事が書かれていた。それから学園内の規則についてとこの寮の決まり事についても。大変ありがたい。
「ありがとうございます」
ぱらぱらとめくっただけだが、図書館らしきところがあった。
これだ。わからない事は本で調べよう。
頭を下げる私にニルヴァーナさんは微笑んで、最後に鍵を渡してそれではまた夕食の時にと言ってドアを閉められた。
一人になったところでさっそく小冊子をもう一度開く。とりあえずはこの寮の事だ。洗濯とか沐浴とか、どこでどうやったらいいのか確認しないと。あとトイレの位置も。
「トイレは一階の端っこか。沐浴場は……ここで。お風呂はやっぱり無いのか……まぁコルックさんも聞いたことが無いって言ってたしなぁ」
村に作った自前の風呂が恋しい。お湯に浸かり過ぎると羽がぱさつくから毎日は無理だけど、それでもたまに入るとめちゃくちゃ癒された。うつぶせで寝そべれる浴槽みたいなものがあれば毎日でも入りたいが、自分で作らない限りそんなものはないだろうな。
寮のルールを確認してから学園の規則にも目を通し、学内地図を頭に入れる。今日歩いてきたところを確認すれば、縮尺から言って街より広い事がわかる。大部分は野外演習場と書かれた広大な森ではあるが。
あらかた頭に入れたところで教本に手を伸ばす。写しはまた今度取ることにしよう。
一番上にあったのは言語学だった。この学園で教えているのは獣人国で使われているゼディア語だが、この他に妖精族のところで使われているティルティー語やヒト族の国で一番使われているチェスカ語も希望者には教えてくれるらしい。
「妖精語は本格的に習いたいな……」
父に教えてもらっていくらか話せるが出来るならしっかり習いたい。味噌やら豆腐やらあるなら是非とも行ってみたいし。
あと大陸語であるチェスカ語は見れば思い出すと思うが念のためこちらも受けたい。
それにしても……
鍛えられた速読技術で教本の中を確認していくが、どんどん確信が深まった。
最後の教本に目を通し終えてふぅと息を吐き、ベッドに腰掛けて眉間を揉む。
ルクスさん、高等部三年の範囲も全部教えてくれたようだ。それどころか報告書の書き方とか研究レポートの書き方とか教本には触りしか無いところも多々ある。いったいどこまでを求められていたのやら……
結果的にこうして一年だけで済んだので有り難いが、道中のスパルタを思い出すとやってくれたなあという気持ちが湧き上がった。
今度会う事があったらなんて言おうかと物思いにふけっているとガチャリとドアが開いた。
「!?」
ドアを開けた相手は私よりもさらに小柄な猫耳の少女だ。アメリカンショートヘアみたいな色合いの三角の耳と髪色で、大きなくりっとした目は綺麗なグリーン。可愛らしい感じの子がびっくりしたまま固まっている。手首と足首がたっぷりした感じの民族衣装風のそれは上が白で下が黄色だから、四足獣族の学生。つまり同室の子で間違い無いだろう。
「初めまして。今日から同室になりますニーナです。よろしくお願いします」
ちょっとドギマギしつつ挨拶すれば、猫族の子は飛び上がるようにして再起動すると、慌てて同じように返してくれた。
「へ、ヘランです」
右手を差し出されたので、軽く握って握手。
「ごめんなさい、同室になる子がいるって聞いてたんですが、まさか鳥族だとは思わなくて驚いてしまって」
顔立ちの幼さとは違って話す言葉はしっかりしていた。一年か二年かと思ったが、ひょっとすると三年かもしれない。
「そうでしたか」
「鳥族の子って大体同じ鳥族と部屋が一緒ですから。あっても羊族とか牛族とかおおらかな一族の人と一緒の事が多くて」
「あぁ……」
問題が起きないようにしてるんだろうな。
「それは、じゃあ驚かせてしまってすみません」
「あ、いえ、それは大丈夫なんですが……」
ヘランさんは私を伺うように見上げてから首を傾げた。ピクピクしてる耳とかゆったり動いてる尻尾とかに目がいきそうになるが、我慢する。とても見たいが、さすがにバレるだろうしこんな至近距離で見てはセクハラ行為だ。
「……鳥族ですよね?」
「そうですが……?」
羽が生えた人間は鳥族だと思うが、他にもそういう種族がいるのだろうか。
んん?と、さらに首を傾げているヘランさん。
「その………あ、どこから転校してきたんですか?」
会話に困って話題を見つけた、みたいな顔をしているが、入学したてなので答えに困る。
「えーと……入学時期が遅くてこれから初めての学校生活を送る事になりました」
「初めて??」
「情けない話ですが親が入学の時期を完全に忘れていて学校の存在を知ったのがついこの間なんです。それからこっちに来てテストを受けて、とまぁそんな流れで」
頭の後ろに手をやり、はははと苦笑いを浮かべて事情を口にすれば、ヘランさんの顔に同情の色が浮かんだ。
「それは……気の毒ね。
でも貴女頑張ったのね。最難関のここに入学が出来たのなら大丈夫よ。将来はきっと"メティス"に入れるわ」
いや、入る気はないのだけども。話の腰を折るのも悪いので否定はしないが。
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