第9話
「でっか……」
学校は大きかった。
学校だと聞いて私は日本で言う所の高校あたりを思い浮かべていたのだが規模が違ったのだ。
あちこちに大きな建物、洋館風のものがいくつも建っているのが正門からでも見え、少なくとも大学規模だとうかがえる。場所的にも街の中というより、街の近くにあると言う方が正しい。
「まずは寮にいきましょうか」
「あ、はい」
呆けていたら鳥族の先生に声をかけられ、我に帰る。
男性の先生で落ち着いたザラメのような色合いの髪と羽の持ち主だ。容姿も穏やかそうな感じで子供でも怖がらないタイプかと思う。
「今から施設の説明をしても忘れてしまうでしょうし、迷ったらとりあえず寮に戻ると覚えておけばいいですよ」
雑な対応にええ…?となるが、ルクスさんが学校に行っていない鳥族は話を聞かないと言っていたので、そういう対応をされているのだろうと納得しておく。たぶん今でなくとも後で聞く機会はあるだろうし、自分で調べようと思えば出来るはずだ。
「ここが女子寮です。入って正面の部屋に管理者が居られますから挨拶してください」
「管理者?」
寮母さんのような人だろうか。
「管理者は管理者ですよ。生徒を管理する役目を担っている方です。失礼のないようにするのですよ」
「はい」
急に真剣な顔で念を押され思わず頷く。
「ではこれで」
「ありがとうございました」
案内してもらったお礼を言えば、ちょっと驚かれた。
なぜ?と思ったが、これもまた学校に行ってない云々かと察し。
それではと微妙な間を空けて背を向ける先生。続けてフェリクもその後を追うかと思ったら、近づいてきて聞こえるかどうかの声で囁かれた。
「何かあれば俺と家族だって言うんだぞ」
「家族?」
「話しただろ。龍族に余計な手出しをさせないために」
「……ああ。そういえばそんな話もしたね」
馬車に押し込められた初日の話だ。
もちろん私は家族同然の認識ではあるのだが、周りはそんな事情知らないからな。でもそれだとまるで交際は家族に認められないと無理ですと言ってるようなものだから、それを言うのもなんだか変な気がする。どこの箱入り娘だよ。
「とりあえず本当に困った事になったら相談するよ。心配してくれてありがと」
「………家族になりたいって奴がいたら既にいると答えろ。いいな?」
「うん? うん、わかった」
なんで家族に?と思ったが思いのほか真剣な顔だったので反射的に頷いていた。
立ち止まった先生に呼ばれて行くフェリクを見送りながら首を傾げる。
普通に考えて、家族になりたいと言ってなれるものではないと思うのだが……そんな事を言う相手なんて居ないと思う。どういう思考の結果そういう結論に辿り着いたのだろう?
考えても答えは出そうにない。
管理者さんとやらと挨拶しないとと気持ちを切り替え、大きな館のような玄関から入って正面の部屋の落ち着いた色合いのドアを叩く。
「どうぞ」
ドアの向こうからは芯のしっかりした女性の声がした。ハリがあって若い声だ。
「失礼します」
カチャリと取手を回して中に入り半身でドアを閉めて正面に向き直ると、どっしりとした黒檀っぽい大きな机に、艶やかな黒い羽と髪が美しい貴婦人が座っておられた。どうやら管理者さんは鳥族らしい。見た目からしてカティスさんと同じ鴉の方だろうか。
「初めまして。こちらに入学する事になりましたニーナと申します」
「あなたがニーナさんですか」
こめかみから一房だけ垂れた髪を耳にかけ、ゆっくりと机から立ち上がると優雅な足取りでこちらにこられた。
「初めまして。私はこの学園の高等部女子寮で生徒の保護観察をしておりますニルヴァーナと申します」
服は私と同じ腰帯で止めるタイプだが下はズボンではなく刺繍の入ったロングスカートだ。たったそれだけの違いなのに貴婦人に見えてしまうのはその美貌と纏っている雰囲気からだろう。声から若いと思ったけど、目力と貫禄があってそこそこのお年なような気がしてきた。
「よろしくお願いします」
「どうぞ座ってください」
ニルヴァーナさんに促され、応接用らしき椅子に腰をかける。
「まずは必要なものを確認しましょうか。調査官から最低限の物資は受け取られていると思いますが」
「あ、はい」
向いに座ったニルヴァーナさんに頷く。
「その袋ですね」
見せていただいても?と手を差し出され、着替えとかも入ってるのであんまり見せるようなもんじゃないけどと思いつつ大人しく差し出す。
「洗濯は自分で?」
「はい。うちでは家事全般は私の担当でしたので」
「家事、というと料理や掃除もですか?」
「はい。父は必要最低限しかしないので自然と私が担いました」
「なるほど……カティスの話通りですね」
ルクスさんではなく、カティスさん?
もしや説明担当はおしゃべりなルクスさんで観察担当が寡黙なカティスさんだったのだろうか。
「ニーナさんには敢えて注意する事はないと思いますので、これから必要なものをお渡しいたします。少しお待ちください。まずは制服から合わせましょう」
そう言って袋を返してくれて、廊下側ではなく横の部屋へと続いているドアの向こうへと消えた。そしてすぐに白と赤の服を持ってこられた。
白は私達が着ているような上着の形をしていて、赤の方がズボンになっている。結構丈夫そうな布で伸縮性もある。肌触りはそこまで良くはないが、これはたぶん着心地よりも強度重視と見た。
「このあたりの大きさだと思いますが着替えてみて貰えますか?」
「はい」
手渡されたそれを受け取り、まずは膝丈まである上着から変える。
「その白は高等部の学生である証です。中等は緑、幼等は青になっています。それからズボンの色は種族を表しています」
なるほど。ズボンが種族の色で鳥族が赤という事は昔話の神獣の色だろう。
「鱗族が黒で、四足獣族が金ですか」
「鱗族の黒はあっていますが、四足獣族は黄色です。金は出しにくい色なので」
「あ、なるほど」
確かに金色ってお金かかりそうだ。
そう思いつつズボンも履き替えると、ぴったりと合っている。ニルヴァーナさんの見立てがすばらしい。
「そちらで大丈夫そうですね」
と言ってさらにもう四着と、十冊以上ある本をテーブルに乗せた。
「こちらは予備です。破損した場合は申請すれば与えられますが、その都度借金となりますので注意してくださいね」
「借金?」
「この学園は国が運営していますから、将来国に仕える場合は借金は無くなります。そうでない場合は普通に働いて返還していただくことになります」
なるほど。初期費用はタダだけど本人の問題で追加が必要になった場合は自分で払いなさいって事か……
「それからこちらは教本と持ち運び用の鞄になります。学年は第三学年、クラスは第一クラスです」
「第一……クラスはいくつまであるんですか?」
建物の規模からしてかなりの数があるような気がする。
「第八まであります。第一は二十五から三十名ほどですが、他はそれぞれ大体四十名程在籍しています」
「……もしかして成績で割り振られていますか?」
第一の人数が少ない理由はと考えて問えば、管理者さんはええと肯定した。
「知力を優先する学問科と武力を優先する戦闘科、それぞれの上位者から順番に振られています。今回ニーナさんは両方の科で第一クラスとなる規定点を超えました」
「両方?」
試験は紙しか受けていない。武力重視らしい戦闘科の方で点数を取った覚えはないのだが。
手違いだろうかと首を傾げていると管理者さんは微笑んだ。
「カティスと手合わせをしたと聞いています。あれは鴉の中でも戦闘に傾いた力を持っていますから、それに認められたという事はそういう事です」
ここ三日間の地獄の訓練を思い出し、納得すると同時に脱力しそうになった。テストならテストだと言って欲しかった。
「両方が上位というのは少ないのですよ。高等部では三年の龍族の幻獣種である
例の一族がいるのか。
ま、大丈夫だろう。
「何か質問はありますか?」
そう言われて、そういえば女性の鳥族は初めてだった事を思い出した。
これは今まで疑問だった事を訊いてみるいいチャンスではないだろうか。
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