間話 青龍
既に誰か来たのか……
一箇所採られた形跡がある。随分と早い。ノエルが単独で動いたか? 今回はガラナが入っているからそれは難しいと思ったが……
「ウィルフリート様、採取終わりました」
立ち上がって兎族のジャカルに頷き、次のポイントへと急ぐ。今回はいつもよりも加点ポイントを稼いでおいた方がいいかもしれない。
途中、遅れ気味なジャカルと栗鼠族のホーフを私と狐族のキーラで背負い森を駆ける。ジャカルは私に背負われ顔を強張らせていたが、効率を考えれば当たり前の事だ。グランチェスカのところもそうしているだろう。ただその他のところは何故運搬などと騎獣の真似事をしなければならないのかとやろうとはしないだろうが。
採取ポイントが特定できる根はすぐに確保出来た。しかしダインの花がなかなか見つからず時間を取られた。明日中にゴールをするとして、狩場に今夜中についておきたいところだ。
一日程度なら無理も行けるかとそのまま山の裾の奥の狩場まで走り、薄暗くなってきた中キーラと交代で休憩を取る。
臭みの強い干し肉を齧りながら、狩りの対象に目星をつけキーラの休憩を終えたところでジャカルとホーフを任せ出発した。
狩りは順調だった。順調すぎるぐらいに魔物と遭遇した。
「……やけに多いな」
狩の成果を示す討伐証明を切り落とし、現在位置を考える。
位置的に課題の
「……教師は気づいているのか?」
第一クラスの者であれば問題はないだろう。だが第三クラスあたりが欲を出してここまでくれば危険だ。
「予定より早いが先に知らせた方がいいかもしれないな」
場合によっては今回は一位にはなれないかもしれないが、仕方がない。危険を見過ごして余計な負傷者を出す方が問題だ。種長ならばまず間違いなく周りの安全を優先するだろう。あの方は個の利など考えない。だからこそ尊敬できるし、その跡を継ぐように言われている自分はその意思ごと継がなければならないと気を引き締めているのだ。
狩った魔物の死体は魔素が溜まってアンデッド化しないよう凍結させておく。
急ぎ班員のところへと戻れば、三名とも姿が見えず気配を探れば木の上にあった。
「ウィルフリート、良かった」
ほっとしたような顔のキーラと、怯えた顔をしているジャカルとホープが現れた。
「何があった」
「さっきから魔物の数がやばい。いくつかの団体が通り過ぎていったが、何か起きてるとしか思えない」
キーラが木の上から降りてきてそう言った時だった。万の陶器が一斉に砕けるような音が山脈の方角から響いた。
「今のは……」
顔を強張らせたキーラに答える。
「はっきりした事は言えないが、あの音から逃げてきている可能性はあるな」
ジャカルとホーフに木の上から降りてくるよう呼び、再び背負ってゴール地点へと急ぐ。
西側手前の洞穴が今回のゴールだ。
次々と遭遇する魔物は氷で首を落とし転がす。今はもう処置をしている暇は無い。
暗い中速度を落とさず駆け抜け、目指す先は遠目にも篝火が焚かれているのがわかった。いつもならそうとわからないように目立つ事はしていない。という事は異常を察知しているという事だ。
「ウィルフリート、戻ったか」
水龍に仕える蛟一族のヘイズがこちらに気づいた。
野外演習の総責任者でもあるヘイズなら状況を把握しているだろう。背負っていたジャカルを降ろし不安そうな顔をしている他の生徒のところへと背中を押して行かせる。キーラもホーフと共にそちらへ行くよう目で合図すれば、少し迷った素振りを見せた後大人しく従った。
「何があった」
他の教員への指示を出し終えたヘイズは頭を振った。
「おそらく魔が溢れた。原因はまだわからん」
魔が溢れた。魔物が一地域で増えすぎて何かのきっかけで周辺へと大量に動き出す事を示す事だが、この地域でそのような事が起きたという事例は聞いた事が無い。
「避難はどうなっている」
「既に信号弾を出して手前に居た者達は避難させている。奥に入った者は今手分けして回収しているところだ」
「何人残っている」
「あと五班だ。お前も避難しろ」
避難? 私が?
タチの悪い冗談に笑いが出た。
「山脈の方角から陶器が数多割れるような音を聞いた。何かが奥で駆り立てている可能性がある。最悪ソレがこちらに来れば迎え撃たねばならないぞ」
私の言葉に顔を顰めるヘイズ。
ヘイズ自身実力者ではあるが、溢れた魔の対処ならまだしも魔を溢れさせるモノを一人で討伐できるわけがない。そのレベルのモノを討伐できるのは上位の幻獣種ぐらいだ。
「……早めに『導きの目』を呼ぶか」
渋そうな顔で零したヘイズに眉を顰める。
導きの目は鳥族の種長の通り名だった筈。近くにいるのか?
「わざわざ呼ばずとも私が出れば終わることだ」
不快な感情が底から這い上がってくるのを飲み込み言えば、これ見よがしにため息を吐かれた。
「そうしたいのは山々だが今のお前は学生の身で、ここは龍族の自治区ではない」
「建前は状況を見て使い分けるものだ」
その『導きの目』が近くにいるのかどうかもわからないだろうに、それならばここに居る自分の方が早い。
しかめっ面をするヘイズを見据えれば、だからこんな教師役なんて俺には合わないんだと文句を言い出した。
「わかっているのなら私はもう行く」
「いや、待て今はまだ——」
一人ならば空を飛んで行った方が早い。制止される前に闇夜へと上がり、その場を離れる。毒づく声が離れ際聞こえたが無視した。建前よりも優先すべきものがあるだろうに、そこを履き違えるのは所詮一族の大多数と同じ頭をしているのだろう。人の命に優劣などないと言われる種長の言葉がどうしてこうも一族に浸透しないのか。
一族の頭の硬さに嘆いていても仕方がない。おそらく第一クラスのほとんどが向かったであろう山脈方面へと舵を切りそちらへ向かう。月明りのほとんどない中、聴覚を強化して音を拾うが……この広大な森の中でわずかな人の音を捉えるのはさすがに無理があるか。
そう思ったが、明らかな戦闘音と時折聞こえる犬族の遠吠えにそちらへと急ぐ。
そうして辿り着いた先に、予想外の光景があった。
焚火を中心としてその周囲に木々で壁を作り、さらにそのまわりに溝を掘った拠点のようなものがあった。
それ自体はまだ数多くなった魔物への対処ということでわからなくもないが、そこに集ったメンバーとその行動が意外すぎた。
ガラナ、ヴァチェス、セアノスが溝の周りで魔物を狩り、その支援に入るようにノエルが討ち漏らしを不可視の風の刃で屠っている。さらにノエルだけでなく普段戦闘に関しては前に出ない学問科のメルシーが、戦況を見極めるように壁の上で見守り、休んでいる他の戦闘科に指示をして外に出て戦っている者と交替させていた。
まずあのセアノスが共闘しているのが普通ではない。奴は誰かに合わせるという事もしなければ誰かの手を借りるような事もしない。ノエルもだ。サポートするように正確に討ち漏らしだけを狙っているのは異様な姿にすら見える。おまけに学問科の指示に従ってバルトとディアルディがガラナとヴァチェスと交代するように出たのにも驚く。力こそ全て、とまでは言わないが少なくともここまで実力差のある相手の言う事を素直に聞くような姿は今まで見た事がない。
何がどうしてこうなっているのか戸惑いながら降りれば、こちらに気付いていたノブセンタクが手を挙げた。
「お前が来るって事は後方は混乱してるのか」
「魔が溢れたとは認識しているが情報不足で避難優先の状況だ。混乱と言えばそうかもしれないな」
熊族の中では冷静な部類のノブセンタクは「そりゃまずいこって」と頭をかいた。
こちらの声に気づいたのか、固まって何かをしていた学問科がこちらを見た。あっと声を上げて期待するような目をしてきた事に、頼る事に慣れ切ったその視線に、若干の憂鬱さはあったが力ある者がそれに見合った責務がある事は自覚している。
それに、これだけ魔物に囲まれていれば縋りたくなるのも仕方がないか。
「原因は
「………なんだと?」
聞き捨てならない言葉に反応すれば、ノブセンタクはあの鳥族の少女を指差した。
「あいつが声が似てるって言ったんだよ」
「声…………陶器がいくつも割れるような音か?」
「聞いたのか」
「こちら側にいたからな………まずいな」
もし
「何故早くその情報を伝えない」
「バルトが残るって言ってディアルディが賛同、ガラナが対抗意識燃やしてって流れ。それであいつが拠点作る提案してあのノエルが動いて、学問科の奴らが腹を括ったのかバリケード作って環境整備とノエルのサポートして今に至る」
「そんな事をしている場合ではないだろ。
「それな。同意なんだが、新しく来た鳥族の男が探しに行ったんだよ」
「は? 死にたいのか?」
「俺に言うなよ。あいつが言うには、鳥族の男と二人で討伐した事があるんだと。見つけたら離れたところで討伐する気らしいぞ」
「冗談が過ぎるぞ」
ははっとノブセンタクは笑った。
「冗談って感じはなかったなぁ」
「何故止めなかった」
いくら鳥族といえどこれを放置しては寝覚が悪い。探しに立とうとすれば「まぁ待て」と止められた。
「
鍋をかき混ぜている鳥族の少女に視線を向けて、幾分真剣な表情になった。
「ノエルやセアノスが異常に執着してるのもあるが――戻ってきたか」
視線を上げた先、照明の届く範囲に入ったところで白く輝くような羽の鳥族の男が現れた。
「ニーナ、行くぞ」
「了解、思ったより早く見つけたね」
上から降りて来た
「仕組まれたふしがある」
「え。なにそれ。誰かの仕業って事?」
「そこまでは知らん」
「あー…まぁそういうのは先生たちの仕事だろうから後でいいか。メルシーさん、それじゃあ行ってきます。作れる限りご飯作っといたのでお願いします。ノエル様、全体のサポートをお願いしますよ。ちゃんとこの場所を維持してくださいね、私戻って来るんで」
「わかっている。ちゃんと戻ってこい」
「はい」
少女を抱き上げたまま不穏な情報を残して飛び立つ
「そこの二人」
飛び初めからかなりの速さで飛ぶアウラに並べば、驚いたような少女と目があった。私が来たことに気づいてなかったのか。
「
とにかくまずは避難が先だと頭を切り替えて言えば、
「あの、大丈夫です。私とフェリクで
とりなすように言葉を挟んでくる少女にため息が出る。いくらなんでも嘘が過ぎる。
「見栄を張るのも大概にしろ。そんな生優しい相手では無い。見栄を張って命を落とすなど愚か者のする事だぞ」
「とやかく言うなら来るな。邪魔だ」
いきなり殺気を飛ばしてくる
本当に、鳥族は人の話を聞かないのだから……
「私も行く。年端も行かない者の言葉を信じるには事が事だけに難しい」
「は? あ、いえ。私一応フェリクと同い年なのですけど。子供では……鳥族としては子供ですけど、年齢的にはそんな子供じゃないですから。だいたい高等部の三年ってみなさん同じような歳でしょう?」
年端も行かないってなんなんだ……と呟く少女に、そういえばそうだったかと当たり前の事に今更気づいた。どうにも見た目が幼くてそれに引きずられたようだ。
改めて少女を見れば、やはり恐怖もなければ、気負っている様子もなく、こちらに首を傾げている。
その自然体の様子が、ひょっとして本当に?という疑念を抱かせた。
「正直に答えてほしい……本当に討伐経験があるのか?」
「ちゃんとあります。フェリクと共同で仕留めましたよ。仕留めた後の供養も出来ます」
「供養?」
「知りませんか? 供養しないと大地が呪われて暫く植物が育たなくなるんです」
「それは……」
もしかして浄化の事か?
確かに
「そろそろだ」
「了解。前回同様私が壁になるから」
「ああ」
「ちょっと待て! そなたが壁役なのか?!」
何故そこで一般種の少女の方が壁役をするのだ!?
どういう神経をしているんだと思った瞬間、少女の気配が変わった。
なんだ……?
表情を引き締めた少女の身体が微かに光っているように感じた。視覚的な物では無い。これは魔力?
「何をした?」
「身体強化です」
身体強化? 身体強化の影響が体外にまで出ているということか?
少女を抱いている
「あれだ」
「うん、見えた」
「上から行くか?」
「ううん、あの時と同じ感じで」
「わかった」
そんな短いやり取りだけして、少女は
「っ待て!」
「余計な事はするな。そこで大人しくしていろ」
毒にも呪いにも何の対策もせず向かう少女を止めようとすれば、
金が薄く入る目は温度を感じさせない。何を考えているのか悟らせない平坦な色だった。
「あの娘が大事なのではないのか? あんな状態で行けば死ぬぞ」
「その耳は飾りか? 俺達は討伐した事があると言ったはずだ。ただの身体強化で向かう馬鹿がどこにいる」
こちらを見下すように言い放ち飛んでいく
馬鹿にされた事よりも、状況的に不安でしかなくすぐに赤黒い巨体の
微かにしか見えなかったが、あの少女が
まさか……
見間違えかと思った先で、
不規則な牙を生やした顎を大きく開けて
……毒も呪いも、本当に効いてない。
それどころかあの巨体から繰り出される後ろ蹴りを細腕で凌ぎ切り、逆にただの蹴りでダメージを与えているなど……獣人の中でも特に身体能力に優れた龍族であっても難しい。
セアノスが言っていた幻獣種になるという言葉がここに来て真実だったのかと、ようやくそこに思い至った。しかもこれだけの力を持っているとなると、幻獣種の中でもかなりの実力を持つ種だろう。
鳥族で強者として有名な幻獣種と言えば風見鶏、八咫烏、鵺……火鳥。
だが、少女の容姿からいずれも連想されるものはない。……一体何の種なのか。いや、私が気にする事ではないが。
それでも気になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます