第29話
「目の前にすると結構多いなぁ」
「何勝手に行こうとしてる」
横にディアルディさんが飛び乗ってきた。いやいや、行こうとしてるわけではない。ただ手が足りなくて穴が出そうなら陣形変えるか援護しないと駄目だろうと思っただけだ。
「そうよ、さっきの話どういう事か説明しなさい」
反対側にメルシーさんがよじ登ってきた。大丈夫かな? 高いところ怖いんじゃ?
「グラシャボラスの討伐は本当の話なのか?」
ノブセンタクさんもディアルディさんの横に飛び乗り聞いてくる。
そりゃまぁ学問科だと思われていたならそうなるのも仕方がないと思うが、気にし過ぎではないかな? 今は目前に迫る魔物に集中する場面だと思うが。
「私一人じゃなくてフェリクと二人で、攻撃はほぼフェリクに任せる形でしたけど、そうですよ」
「じゃあグラシャボラスと対峙したのは間違い無いのか」
再度確認してくるディアルディさんに頷く。
「はい。昔からうちの父とフェリクの父がグラシャボラスみたいな毒とか呪いとか腐毒とか、火とか冷気とかそういうのが効かない人だったんです。特異体質というわけではなくて、単純に身体強化の使い方なんですけどね。私にもそこまで出来る様にと言っていました」
「無茶苦茶な父親だな……」
無茶苦茶なのか。ヒト族に比べると獣人ってやばいなと思っていたが、ひょっとして父達が異常だった?
「そんな化け物みたいなのが辺境に燻っていたのか?」
「燻ってかどうかは知りませんが、本人達は楽しそうに暮らしてますよ——来ますね」
何か言いたそうなディアルディさんだったが、地鳴りのような音と微かな揺れに視線を前方の暗闇に向けた。
茂みを食い破るように躍り出て来たのは
「問題ないな」
気づけばバルトさんもバリケードの上に立って戦闘の様子を見ていた。
「シュプリ、学校の方から何か聞こえる?」
バリケードの下にいるシュプリさんに確認するメルシーさん。
「帰還するようには言ってきてるみたいだけど……」
帰還? 結構聴力強化してたが、そんな声は聞こえなかった。
「シュプリは犬族だから遠吠えで意思疎通できるのよ」
「遠吠え……」
「子供でも知ってる常識でしょ」
常識……でもいつの間にそんな事してたんだろう……呪いの時? 集中していて気づかなかったな。
「こちらの状況は伝えられたの?」
「やってみたけど、間に何人か挟んでるしたぶんうまく伝わってない。魔物に手こずって動けない程度にしか思われてないと思う」
「あの声を聞いてそんな事考える馬鹿誰よ」
「ハフリー先生みたいだけど……聞こえてないんじゃないかな」
「あのボケじじぃ」
状況のせいか、メルシーさんの口が悪い。
「どうせあっちも他の生徒の避難で手が足りてないだろ。ヘイズも指揮で動けないだろうし。状況を伝えるにはセアノスを飛ばすのが一番だが」
嬉々として魔物を切り裂いているセアノスさんを見て、ディアルディさんが嘆息した。今戦闘に出ている三人の中で一番生き生きしているし、一番魔物を倒している。
「それは無理な話だ。あいつも私も今ニーナの側を離れたりはしない」
「お前らな……状況を考えろ」
「大して役に立たない奴らに情報を与えて何になる。ここで数を減らしている方が余程有意義でマシだ」
「かもしれないがな、後方に情報を届けるのも」
「ディアルディさん、今のうちにご飯食べて休んでいてください。バルトさんもノブセンタクさんも。何かあれば声をかけますから」
ノエル様と不毛な会話して疲れても仕方がない。言葉を遮り促せば、そうねとメルシーさんも同意してくれた。
「はぁ……そうだな。無駄な体力を使う必要はないか」
そう言って私とメルシーさん、ノエル様を除いて内側へと連れ立って降りた。
戦況に変化がないか観察をしていると、何匹か溝の内側にたどり着くものが居た。幸い呪いが効果を発揮して弾かれその隙にノエル様が風魔法で屠る。やはり数が多いとこうなるか。
「ノエル様、魔力はどの程度持ちますか?」
「この程度、ニーナのご飯を食べてればいくらでも」
「冗談を言ってる場合ではないんですけど」
「冗談? 心外だな、私はいつでも真面目に答えている」
この人、漫画みたいにご飯食べたら傷が塞がるみたいな特殊体質でもあるんだろうか。魔力って睡眠時に最も回復しやすいって聞いたんだけど。
後方では学問科の人もシュプリさんを除いて全員横になって休もうとしている。もともと慣れない場所で一日動いていたから疲労が溜まっているのだろう。
ノエル様はそこまでではないのかもしれないけど、確実に消耗していると思うのだが。
「貴女気づいてなかったの?」
疑問に思っているとメルシーさんが呆れたような目をしてきた。
「貴女が作ったもの、僅かだけど魔力も体力も回復するちょっとした霊薬みたいになってるわよ」
「………霊薬?」
「何よその顔。本当に気付いてないとか間抜けにも程があるでしょ」
霊薬と言ったら上位の冒険者だけが使ってる高級薬品で、専門の薬師が時間をかけて作るものだ。残念ながら異世界の物語にあるような傷を治す効果は無いが、飲めば休まずとも戦い続けられると評判で、いざと言うときの切り札と冒険者のおじさん達からよく聞いていた。
「あの子達は精神的に疲弊しないようにシュプリが眠らせただけで、あなたのご飯を食べたから疲労はそんなに無いわ」
「いやいやいや……そんなはず」
今まで何度となく自分の作ったものを食べてきたがそんな事を感じた事なんて一度も無かった。
「本人には作用しないのかしら」
「本当に回復してるんですか?」
本気で言っている様子のメルシーさんに、尋ねればあっさりと頷かれた。まじか。
「逆に聞くけど今まで食べさせた相手は何も言わなかったの?」
「父も小父さんもフェリクも特に」
「それ、みんな鳥族でしょ」
「そうですけど……」
「ずっと食べてたなら当たり前だと思われて話題にも登らなかったんでしょうね。さすが鳥族」
「あ、でも村の子にもジュースとか簡単なお菓子を」
「子供じゃわかるわけないでしょ」
バッサリ言われて唸る。
「霊薬に比べたら本当にごく僅かだからさほど狙われないとは思うけど」
「狙われ……」
「お手軽な回復手段として狙われるかもしれないでしょ」
「お手軽……」
それは嫌だなと思ったら、横でノエル様がおかしそうに笑った。
「鳥族を囲うなど土台無理な話だ」
目を細め綺麗な笑みを浮かべたノエル様はメルシーさんに近づき、まるで睦言を囁くように声を潜めた。
何を言ったのか、メルシーさんの顔からさーっと血の気が引き後ずさろうとして足を踏み外した。慌ててその手を掴んで引き寄せて抱きとめる。
「大丈夫ですか?」
「へ、平気よ!」
もがくように私の手から離れるが、ノエル様ともちょっと距離を取るメルシーさん。
「……わ、わたしは別に貴女を囲おうなんて思ってないわよ」
「あ、はい」
わざわざ指摘してくれたぐらいなのでそうだとは思っているが。
ちらちらとノエル様を気にしているメルシーさん。ノエル様はもう視線を外へと向けてこちらに注意を払っていなかった。
何を言ったんだこの人は……
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