第28話

「溝はどの程度掘る?」

「あ、はい。人の背丈三人分ほど掘れれば上々です。幅は——」


 これぐらいと示すとすぐに動きだしてくれた。


「私も魔除けの呪いを掛けます。無いよりはマシレベルですけど」

「魔除け?」

「村や町に掛けてある魔物避けの呪いです。

 バルトさん、戦闘科の皆さんと二つにグループを分けてもらえませんか? お腹が空いたらご飯を食べれる様に準備しますから」

「なるほどな、それなら任せておけ」


 あっさり頷いて「ガラナはそっちでグループ作れ」と始めたが、多分ディアルディさんがなんとか纏めてくれるだろう。頭を掻きながらもバルトさんとガラナさんの間に入ったのを見てほっとした。


 作戦とも言えない作戦だが、とにかくやれる事をやらなければ。

 視力を強化して闇の中でもある程度の視界を確保する。ノエル様が作った溝に近づき背中に手を回して羽を引っこ抜く。髪を抜く時と同じでちょっと痛いけどまぁその程度だ。本当は血を使い何日もかけて祈りを捧げるのだが、これはお婆ちゃん達がニーナちゃんなら羽でも出来るだろうねぇと教えてくれた方法だ。略式の祈りも歌にして教えてくれたのでちゃんと覚えている。お婆ちゃん達に比べて効果は雀の涙だろうがやらないよりやった方がいい。そう信じてやる。


「にがさきの庭に惑いし子らの行末を

 とうらる見守るおおしあれ

 ルフはじまるその日まで

 ゆらうる続け ゆら続け

 在りし日忘れ遊ぶ子らの行く末を

 あぃるまに夢に見て

 カイシナなくなるその日まで

 ゆらうる続け ゆら続け」


 ゆったりした日本の祝詞のような歌を歌いながら、一つ一つ祈りを込めて楔の様に突き刺していく。魔法とは違って、呪いは祈りの気持ちが大事だと教わった。だから真面目に真剣に。ここに居るみんなの無事を願って祈りを込める。

 集中を切らさないようぐるりと囲い終えたらちょっと気疲れした。


「呪いを使えるとは意外だな」


 溝を作り終えこちらを見ていたらしいノエル様に苦笑する。どちらかというとパーっと派手な魔法が使えた方が良かったかなぁと個人的には思う。そちらはからっきしだ。


「カピバラ族の村で暮らしていたんです。そこで教えてもらって——ってぇ?!」


 話しながらグループ分けは決まっただろうがと目を移したら、そこにはいつの間にやら木材を利用したバリケードが作られていた。太い蔦が絡まる形で、その辺に切り倒されていた木を巻き上げるように聳えるそれに、何だこれはと口が開いてしまう。


「植物魔法だ」


 さっさと飛び乗って内側に行くノエル様の後を慌てて追った。とっかかりに足を引っ掛けて駆け上り中へと入ると何やらメルシーさんが学問科の人を集めて話をしている様子。

 バルトさん達は無事にグループ分けが決まったようで、どちらが先に対峙するかを話しているようだ。


「ニーナ、ちょっとこっちに」


 メルシーさんに呼ばれ——あれ? 今名前を呼ばれた?


「これ、貴女が作ったのよね?」


 メルシーさんが手にしていたのは置いていた私の荷物袋だった。

 指し示されたのはその中の携帯食にと作ったものだったのでとりあえず名前呼びは置いといて頷く。


「はい、それは小麦粉とバターと蜂蜜とナッツを練って焼き固めたもので、手軽に食べれる様に棒の形に切って包んでおいたものです」


 メルシーさんは包みを開けて少しだけ齧ると頷いた。うん? 何に納得したんだろう。味?


「他に作ったものはある?」

「後はあの飴です」


 メルシーさんは個数を調べると、毅然とした態度でディアルディさんを呼んだ。


「ディアルディ」


 呼び捨てのそれに学問科の人達が目を見開いてアワアワと手を上げたり下げたりしだした。私も驚いてまじまじと見て、気づいた。何でもない顔をしているがメルシーさんの握りしめた手が震えている。


「ここにニーナが作ったものがあるわ。効果有りよ。万一の時に使えるだろうからそちらで一人一つ持っていて。説明は不要よね? こちらは飴を貰ってここを維持してみせるわ」

「……見通しは?」


 ディアルディさんは呼び捨てに特に反応する事なく私が作った携帯食を受け取った。


「半日も粘ればさすがに先生の誰かが来てくれる筈よ。そこでさらに継続するかどうかはわからないけど余裕は出る筈」

「その辺がいいところだろうな。こちらも同じ考えだ」


 メルシーさんの言葉を認める発言に学問科の人達がほっとしたところで、ディアルディさんは小さく口の端を上げた。


「こっちは血が上りやすい。陣形が崩れそうだと思えば交代メンバーの尻を叩いて引かせろ」

「わ、わかってるわ」

「多少の暴言だろうとこの状況で噛み付く馬鹿はここには居ない。安心しろ」


 メルシーさん達学問科の潜在的な恐れに気付いてだろう、そんなフォローを入れるディアルディさん。

 メルシーさんも他の学問科の人もそんな言葉を貰うとは思ってなかった顔で一瞬惚けていた。


「ディアルディさん、私グラシャボラスの位置を確認してきます。近づいてくるようならどうでも撤退しないと危険なので」


 これなら大丈夫そうだと安堵して言えば、居合わせた人から物凄い目で見られた。


「貴女何を言ってるの!?」

「正気か?! 相手は呪いと毒の権化だぞ!」

「ヒナちゃんそれはやばいって」

「お前馬鹿か!?」

「それは認められない」

「おいおい自殺行為だろ」


 一度に言われたものだから何人かは聞き取れなかったが、えらく反対意見が多いなと頭をかく。


「いやあの、死にに行く気はないですよ? 最近ようやく毒とか呪いとかに耐えれる強化が出来るようになったんです。なので大丈夫です」

「………貴女、何言ってるの?」


 困惑顔が並んだ中、メルシーさんが代表者のように呟いた。


「そんな事出来るわけないじゃない」

「そうだよヒナちゃん。さすがにそれは無理じゃないかなぁ。強化も万能じゃないんだから」


 メルシーさんに突っ込まれるのは別に何とも思わないが、セアノスさんに半笑いで突っ込まれるとそこはかとなくイラっとした。


「そんな事が出来るのってあれだよ? 一昔前に暴れてた風見鶏とか火喰鳥ぐらいだよ?」

「出来るものは出来るんです。というか討伐だってした事あります。一人じゃなかったですけど」


 だから大丈夫なのでと続けようとしたら。「はああ!!?」と幾人かの叫ぶ様な声があがり、そして音もなくすとんと横に着地した人物がいた。


「無事か?」


 緊迫感のないちょっと眠そうないつもの声音と顔。


「フェリク! 丁度いいところに」


 天の采配かというぐらいのナイスタイミングに思わず抱きつきそうになるがぐっと堪える。そこまで魔物が来てるのにはしゃいでいる場合ではない。ざっと状況を説明すれば呆れた顔をされた。


「お前歌ったのか」

「いやそこは別にどうでもいいでしょ。誰に聞かせるわけじゃなし、小声でやったし」


 嫌そうな顔をするフェリクにちゃんと覚えてるよとこちらも眉間に皺を寄せる。昔フェリクに歌うなと禁止されてから、人前で歌う事をずっと止めているのだ。一回ニック達に童謡を歌ったらこっぴどく怒られた。「人に聴かせるな」と。そんな人様に迷惑をかけるほど音痴なのかと割とショックなのだが、祈りの歌はもう歌じゃなくて祝詞なのでいいだろと言いたい。音程なんてあってないようなものだろ。


「……緊急事態という事で目を瞑ろう」


 眉間に皺を寄せないでくれ。私の歌は災害か何かか。


「グラシャボラスは俺が様子を見てくる。こっちに来そうならどうする?」

「近寄れそうな人がいないから離れたところで討伐しないといけなくて」

「どのみちこの騒ぎの元凶なら討伐前提の話になるか」

「まぁそうなんだよね。そうしないとずっと魔物と戦い続ける事になるだろうし」

「あれを仕留めた方が早いな。前やった時と同じでやるか?」

「頼める?」

「あぁいいぞ」


 なんだかんだやっぱりフェリクは話が早い。

 軽く握った拳を合わせ、また後でと言葉を残し空に飛び立つ姿は頼もしく、さっきまでどうにかしないとと、一人気張っていた気持ちが落ち着いた。


「さて、こちらもそろそろぶつかります。先に出るのはどなたですか?」


 動かない周りに声を張り上げれば、ガラナさんが頭を掻きむしった後、考えることを止める宣言をしてバリケードの外に出た。続けて後で詳しく聞かせてよとセアノスさんが、最後にノエル様のとこの班員、狼族のヴァチェスさんが外へと出た。

 私も必要なら援護しようとバリケードの上に飛び乗ると、照明のように誰かが光の魔法を幾つか使ってくれて、辺りが照らし出された。

 ここまでくるともう森の奥がざわめいているのが肌で感じられる。


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