第5話

「じゃあ自己紹介しようか。長旅になるし気楽にしてもらっていいよ。改めて、私は国家教育担当調査官のルクス。よろしくね。君たちの名前は?」


 初めて村を出るのがこんな流れになるなんて……全く思ってもみなかった。


「おーい、大丈夫かい?」

「あ……あぁ、はい。すみません」


 目の前で手を振られている事に気づき頭を下げると束の間間があき、奇妙なものを見るような不思議な表情を浮かべられた。


「私はルクスと言うんだけど、自己紹介をお願いしてもいいかな?」


 そう言われて名乗りもせずにここまで来た事に今更気づいた。慌てすぎだった。


「ニーナです」

「そっちは?」

「……フェリク」

「ニーナとフェリクだね。外の真っ黒な奴はカティスだよ。御者役だから気にしないで。長旅になるから楽にしてね」


 羽を意識しているのか馬車の中は結構空間が広くてフェリクと一緒に横並びに座っても窮屈さは感じなかった。


「歳はいくつ?」

「二人とも十七歳前後です」


 前後とつくのは私の父もバルダさんも私達の年齢を正確に覚えていないからだ。

 私が前世を思い出した後、たぶんこのぐらいだろうと推測しそこからは私が歳を数えている。

 父に自分の年齢を聞いた時に「わからん」と言われた時はいくらなんでもそんな事あるかと疑ったが、本当にわからないのだと理解したときは嫌われているのだろうかとだいぶん落ち込んだ。まぁバルダさんも同じ調子でフェリクは一切気にしてないのでこれが鳥族の普通なのかもしれないと持ち直したが。


 そういった事情があるのだが、果たして国の役人相手にこんな曖昧な答えでいいのだろうかと不安になる。


「十七歳ぐらいだね。じゃ十七でいいよ」


 いいらしい。役人なのに大雑把だ。

 あ、でもヒト族の国でも孤児は年齢が分からなくて見た目年齢で決められていたっけ?理由は違うけどわからないなら適当に決めるしかないのが現実か。


「わかりました。十七とします」

「ニーナは文字も読めるんだよね?」

「それは、はい。フェリクもそれは。村長さんに教えてもらったので」

「村長……あのカピバラのお爺さんに?」

「はい」

「どうやって?」

「本があったので、それを読んでもらいました」

「それを大人しく聞いて覚えたんだ?」


 大人しく?

 どうも引っかかる表現があるが、間違ってはいないので頷くと、はーと感心された。


「すごいね、学校に行かない状態でそこまで落ち着いているなんてなかなか無いよ」

「はぁ……」


 褒められているのだろうか……?

 ルクスさんは隣のフェリクへと視線を移し、ずっと窓の外を眺めているフェリクを見て安心したように笑った。


「こっちの態度でも優秀だよ。普通は興味がないなら飛び出すし、興味があっても知りたい事以外聞く耳持たなくて言いたい事だけ言うし……学校に行っていない鳥族は落ち着きがなくて相手するのが大変なんだよ。だから閉じ込めるためにこういう馬車を用意してるんだけど」


 閉じ込めるため?

 不穏な言葉にドアを見れば確かに内側に鍵が無い。


「暴れても壊れないように頑丈に仕上げてるしね」

「頑丈に……」

「君たちには必要なかったけど、本当に小さくても暴れる子は暴れるから安全のための措置なんだ」


 ルクスさん達を見る限り、説明はしているし問答無用ではあったが手荒な様子は一応無かった。

 それが閉じ込める?

 親元を離れたがらないという子供はいて当然だと思うが、それを閉じ込める?

 いくらなんでもそれはやり過ぎではないだろうか。私の疑念を感じたのか、ルクスさんは苦笑した。


「必要な措置なんだよ。

 鳥族は獣人族の中でも特に自由気ままであんまり人の話を聞かないし人の話を覚えない。そういうタイプが多い一族だからね。だからこそ小さいころから他の種族の中でも過ごせるように指導する必要がある。私のような洋鵡ヨウムやカティスのような鴉とか一部の種は比較的その性質が薄いからマシだけど、こうやって無理にでも集めて教育しないとはみ出し者になる確率が高いんだ。

 君たちの反応が例外なんだよ?

 だからこそ君たちなら高等部に行けると考えたんだけどね。幼等は机に座って黙って授業を受ける練習、中等は他の種族と無暗に喧嘩しない練習が主軸だから」


 目が点になった。

 机に座る。黙って授業を受ける。喧嘩しない。――小学生か。


「もちろん文字の読み書きだとか基本的な計算だとか、この国の成り立ちだとか獣人の立ち位置だとかそういう事も勉強するんだけど、まぁあんまり聞いてるわけないからね。ルールを守るって事を理解して実行できるなら高等に上がれるんだよ」


 いくらなんでもそれは、と思ったが父を想像すると無言になってしまう。今でさえマイペースで人の話を聞かない事が多く忘れっぽいのだから、その若かりし頃の度合いは酷いだろうと容易に想像出来たのだ。

 ひょっとして鳥族って獣人族の中で問題児扱いだったりするのだろうか?


「高等からは他種族と一緒になるから、最低限そこだけはしっかり躾けるんだよ。じゃないと獣人国の中でも厄介者扱いされて住む場所を無くし、つがいを作る機会もなくなってしまうからね」

「つがい……」

「そう。高等部は気の合う番探しの場所でもある。まぁニーナはまだ幼鳥だからそんな考えは持てないだろうけど、フェリクは好きにしたらいいよ。あ、でも子供は卒業してからね?」


 さらっと出てきた子供という単語に「こっ」と変な声が出た。

 ちらっと横を見るがフェリクは窓の外を見たまま無反応。反応が無いのはどう捉えていいのかわからないが、私としてはいきなりそっち方面の話をされても反応に困る。

 まさかそのまま生々しい話題に突入するのだろうか?

 冷静に聞く振りは出来ると思うが……


「あの、ようちょうってなんです?」

「ん? 子供の事だよ」

「子供?」

「ニーナはまだ成換羽が来てないでしょ? だからその色の羽だろうし」


 私の生成りのようなぱっとしない色の羽を指さすルクスさん。

 話を逸らせないかなと思って聞いたのだが、本当に聞いた事が無い言葉だったので首を捻る。


「私やフェリクとは根本的に色味が違うでしょ? その色はまだ成換羽がきていない、子供の証みたいなものだよ」

「せい……?」

「成換羽。あの人は教えてないのか……にしても……」


 問題を感じているのか眉間に皺を寄せるルクスさんに、手間を掛けさせているようで申し訳ない気持ちになる。それもこれもあのてきとーな父のせいだ。


「すみません」

「あぁ責めてるわけじゃないよ。気にしないで。

 成換羽は生まれた時の雛鳥の羽から成鳥の羽に生え代わる事を言うんだ。それが大人への第一歩と言われていて、鳥族はそこでやっと種が確定するんだ。親の種族と同じ場合もあれば全く違う場合もあるから、それまでは何の種かは大雑把にしかわからないんだよ。飛べるタイプか飛べないタイプかぐらいにね」


 そうなのか……私は父と同じ鶏だと思ってたのだが、話からするとまだ何の種か不明って事になるのか。

 あ。もしかして私がこの歳になってもまだ第二次性徴らしきものが無い事とかそれが原因だったりするのだろうか?

 今まで鳥族の女性に出会った事がなく、村の女性陣に聞いても首を傾げられるので、鳥族の普通が全くわからなかったのだが……


 そこまで考えて、あれ?とフェリクを見る。


「あの、フェリクは物心つく頃からこの色なんですが」


 バルダさんは艶の無い真っ黒な羽をしているので、フェリクの輝くような羽は母親似なんだろうなと思った記憶がある。私のような冴えない褪せた白ではなかったと断言できるのだが。


「そうなの? まぁ早い子は五歳ぐらいでそうなる事もあるからね。大抵は七歳、遅くても十歳ぐらいで変わるんだけど」


 十って……


 遅くても十という言葉に軽く衝撃を受ける。

 それが本当なら私は軽く七年は過ぎてしまっているのだが、やっぱりこの身体はどこかおかしいのだろうか。

 前世なんてものを思い出す頭なのだから身体だってどこかしら……父さんやフェリクのように風だって操れないのだし……羽だって……


 そう思うと言いようのない不安が膨らんだ。

 フラッシュバックのように当時の視野狭窄に陥るような、自分が自分でなくなるような息苦しくなるようなそんな感覚に囚われる。

 覚えのある症状に咄嗟に息を吐き、ゆっくりと吸って精神を統一する。雑多な事は考えず、魔物や動物を狩る時と同じで一点だけに集中。

 ……大丈夫。私は私だ。鳥族のニーナだ。"里穂"でもレミネアでもない。落ち着いた。


「すみません、ちょっと驚いて」


 時間にして数秒だったと思うが、ルクスさんからは戸惑いが見て取れた。

 それはまぁ向こうにしてみれば他愛もない話をしていたらいきなり様子がおかしくなるのだから戸惑いもするだろう。

 ちょっと前世を思い出した時の混乱が軽いトラウマみたいになっていて、何かのきっかけでさっきみたいに動揺してしまう事があるのだ。最近はほとんど無かったのだが、丁度今日過去の夢を見てしまっていたから意識してしまったのかもしれない。


「気分は?」


 横から手が伸びてきて額に当てられた。そちらを見ればフェリクがこちらを見ていた。その顔が周りが怖くて森に隠れていた私を見つけてくれた時の顔と重なって見えて、表情は薄いけど心配しているのが透けて見えて自然と笑みが出た。


「大丈夫。平気」

「……笑えるなら大丈夫だな。

 あんたも不安にさせるような事を言うな。十を過ぎて成換羽がくることなんてざらにある」

「あ、うん。え、ざら? いやええと、それはまぁあるのは確かなんだけど」


 あれ?私のせいだったの?と首を傾げるルクスさんに違いますと首を振って話の続きを促す。気にしないでいただけるとありがたい。

 でも、出来れば十を過ぎるケースがあるのなら早く言って欲しかった。無駄に動揺してしまったじゃないか。

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