第4話

 とりあえず「失礼します」と断ってから木片を取らせてもらう。気づいてなかったらしい白い男性はちょっと意外そうな顔をして、面白がるような笑みを浮かべた。

 その笑みの意図が読み取れず、首を傾げれば何でもないと小さく首を振られてしまった。

 まあ何でもないならいい。今はそれよりも、だ。


「学校に行かなければならないという事は理解しました。その……父もバルダさんもいろいろと忘れやすいので……一応、悪気は無いと思うのですがご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


 全く悪びれてない父に変わり頭を下げれば「いいよいいよ」と手を振られた。


「遅れる者は大抵親が忘れている場合だ。子供が気にする事では無い」


 黒い男性も無表情ながら責めるような素振りはなく、それにほっとする。

 国の取り決めに従わないとか、ヒト族の国なら少なからず罰則がある。獣人国が緩くて本当に良かった。

 あ、でもマーク使っただけで五十年。厳しいのか緩いのかわからないな……


「そっちの君もいいかな?」


 白い男性が私の後ろにいるフェリクに確認を取った。フェリクは眉間に皺を寄せていたが無言のまま頷いた。それ以外に無いもんな。


「フェリク、小父さんに知らせて来なよ」

「……わかった」


 フェリクは迷うような素振りを見せたが、父が行けと手を振ると息を吐いて踵を返していった。

 戸を閉めて向き直る。今後の事を確認しなければ。準備とかもあるだろうし。


「学校へはいつ行く事になるんですか?」

「今だよ」

「……今?」

「話が通ったからすぐにでも。さっきの子のとこにも行かないといけないから、厳密にはあと少しかな?」


 にこにこしたままとんでもない事を言われた。


「いやいやちょっと待ってください。準備しないといけないものとか——」

「ないよ。鳥族はリストを渡しても高確率で忘れるからね。最初から準備するものなんて無いんだ。身一つでいいんだよ」


 迷いのない言葉に咄嗟に黒い男性にも目を向ければ、肯定するように頷かれた。


「さ、行こうか」

「あ、え? え? ちょ」


 私の腕を取って家を出ようとする白い男性に、慌てて足を踏ん張って抵抗する。


「さすがに着替えとか、身の回りのものぐらいは持っていきたいんですけど!?」

「大丈夫大丈夫、その辺も全部公費で賄うから」

「いやいやいや、そんな身の回りのものまで全部とか公費の無駄使いですよ、すぐに準備するので!」


 強化し踏ん張っている私を父はにやにやして見ている。口添えをしてくれる気はないらしい。我が父ながら何を考えてるのかさっぱりわからない。わかるのは今この時、父はアテにならないという事ぐらいだ。


「力強いねー、さすがその歳でその姿なだけある」

「は? いや、えっと半刻、半刻待って貰えますか? そしたらちゃんと行きますから!」

「逃げない?」

「逃げませんよ! 逃げても無駄だと言ったのはそちらじゃないですか!」

「まぁ仄めかしたけど、そこまで理解してるなら」


 ぱっと手を離されて、礼もそこそこにすぐに家を出る。先にフェリクにすぐ出立してしまう事を教えて、次にニック達だ。ククルのジュースを作ると約束したが、こんな状況ではどう頑張っても間に合わない。何も言えずこのまま行く事になったら怒るだろうし、嫌われたら……ちょっとどころでなく凹む。

 近くにあるフェリクの家へと急いで向かい戸を叩けば、すぐに開いて黒い羽と真っ青な髪のバルダさんが現れた。こちらも父同様水浴びの後なのか、厚い筋肉質な上半身が晒されていて少々目のやり場に困る。いや、気にしてる場合じゃない。


「あの、フェリクは」

「何かあったのか」


 バルダさんを押しのけるようにして出てきたフェリクに掻い摘んで事情を説明すれば、すぐにフェリクは手を振った。


「わかった。お前は早く行ってこい」

「うん」


 ニック達の事は言ってないが、私が約束の事を気にしているとわかったのだろう。促されて身を翻し広場へと走る。

 三人は広場で以前私が作ったボールを蹴って遊んでいた。


「ニック、トト、アルマ!」

「ちぃ姉ちゃん?」


 走ってきた私に気づくとボールを追いかけるのをやめて来てくれた。


「どうしたの?」

「あのね……いきなりなんだけど、私とフェリクはこの村を出なくちゃいけなくなったの」


 申し訳なさに地面に落ちそうになる視線を堪えて、しゃがんで目を合わせる。


「だからさっき約束していたジュースは作れなくて」

「出るって、どういう事だよ……ちぃ姉ちゃん外に出て行くのは冬が終わった後だって言ってただろ!?」


 声を荒げるニックに、そうだったんだけどと言葉を探す。

 確かに今年の冬が終わり春になったら村を出ようと思っていた。そのつもりであったし、急な来訪者がなければその筈だった。


「なんだよそれ……村に来た奴のせいなのか?」

「あ、うー……ん、まぁそう、なるね」

「俺達には会うなって言ったくせに!」

「や、やめなよニック」

「そうだよ、ちぃ姉が約束破った事なんて無かったでしょ。理由があるんだよ」


 遠慮がちに止めるトトと、私を擁護するように言ってくれるアルマ。だけど益々ニックは肩を怒らせて睨みつけてきた。


「そんなのっ……間に合わないだろ!」

「間に合わない?」


 あっという顔をして口を塞ぎ、ニックはおろおろと視線を彷徨わせると、顔をじわじわと赤くしキッと先程にも増して睨みつけて来た。


「うっさい! ちぃ姉ちゃんなんかさっさと行っちまえ!」

「あっ」

「もう! ニック!」

「待って、ニック」


 真っ赤な顔で涙目で叫んで駆け出すニックをアルマとトトが追いかけていった。

 私は伸ばした手をそのまま落とした。

 追いかけようと思えばすぐに追いつけるが……追いかけられなかった。


「嫌われた……」


 自分で言ってダメージを受ける。

 これならば何も言わずに出た方が良かっただろうか。そうすれば話す暇も無かったのだと後で言い訳が出来たのでは。と、そんな卑怯な事が浮かび、それは無いなと首を振る。そんな不誠実な事をあの子達にしたくないし、そんな事をする自分では会えない。だけど話しても嫌われるのでは一体どうしたら良かったのか。二人分も余計に記憶があるくせにこういう時全く役に立たない己が情けない。


「おい」


 ぽん、と頭に何かが乗っかり我に返ると目の前にフェリクの顔があった。


「大方村を出るって言って、ニックに詰られたんだろ」

「う……」


 なんでわかるのだろう。


「あいつは別にお前が嫌いになって言ったわけじゃ無いと思うぞ」

「ほんとに? ほんとにそう思う?」


 反射的に襟元引っ掴んで尋ねれば、呆れた顔で宥めるように肩を叩かれた。


「思う思う」

「言い方! 思って無いよね?!」

「それよりぼけっとしてないで荷物を纏めろ。こっちを優先させてやってないだろ」

「やってないけどさぁ!」


 両腕を掴まれ引っ張り立たされる。


「あいつらなら大丈夫だから。俺が保証するから行くぞ」

「保証するって言っても」

「いいから早く来い、じゃないと本当に手ぶらで行く事になるぞ」

「うう……」


 それは嫌なので引っ張られるまま戻り、そろそろ行くよと声をかけてくる白い男性を押しとどめて急いで袋に最低限のものを入れた。

 そうして村長さんの家の裏手に停められていた馬車に押し込められ、あっさりと生まれ育った村を離れる事になった。

 あまりにも慌ただしい出立に、ニックの反応も相まって私はしばし放心していた。

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