第6話
「えっと話を続けると、だいたいは十歳までに成換羽は終えるんだけど、フェリクの言う通りもっと後になる場合もあってね。そういう子は結構能力が高い傾向があって幻獣種だったりするんだ」
「幻獣種……って」
いやいや、そんな馬鹿な。
幻獣種というのは獣人のなかでもレアな存在で能力が高い種の事をそう呼ぶ。村でもカピバラの幻獣種、
私はというと残念ながら父は知っての通り鶏だし、仮に母親がその幻獣種だったとしてもさすがに無理があるんじゃないかと思う。前述の通り私は父が使う風の魔法のようなものも扱えないし、父がやるように羽を動かして落下を減速させる事も実は出来ない。誰にも言った事は無いが、私は羽を全く動かせないのだ。
おかげさまで身体強化だけしか取り柄がない飛べない鳥というわけだ。フォローのつもりでその話を出してくれたのかもしれないが、これで幻獣種はさすがにあり得ないだろう。
「でね、そうなるとちょっと注意が必要だと思うんだ」
私の何とも言えない気持ちなど気づいた風もなく、こっちが本題とでも言うようにルクスさんは身を乗り出した。
「注意?」
「知ってるとは思うけど、幻獣種って違う種族とも番になれるでしょ?」
………今…なんて?
思わず知ってた?と隣のフェリクを見れば、苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。フェリクは知ってたのか。何か嫌そうだけど。
「といっても鳥族って他の種族からは嫌厭されがちだけどね。気まぐれだから」
可能性を示された矢先に落とされた。だったら言わないで欲しかった。無駄に期待してしまうじゃないか。いや、自分が幻獣種だなんて思ってるわけじゃないけど、多少夢を見るというか……
いやいや、誓ったじゃないか。私は強く強く逞しく、お一人様の道を貫くと。女に二言はない!
「ただ龍族は幻獣至上主義の塊みたいなところがあるから気をつけてほしい」
「幻獣至上主義?」
内心では他人事と思いつつも、聞きなれない単語に首を傾げればすぐにルクスさんは解説してくれた。
「幻獣種を優れた存在として一族を導く主のように崇める事かな? 幻獣種から生まれる子も同じく幻獣種になる確率が高いと思っていて、幻獣種同士の番を作ろうとするんだよ。しかもあの一族って滅多に幻獣種が生まれないからよその一族でもいいから番にしてしまえっていう強硬派もそれなりにいてさ。たまーに他の一族と揉めたりするんだ。
鳥族の生態について他種族はあまり詳しくないからニーナがすぐに狙われる事はないと思うけど、年嵩の奴らの中には知ってる奴もいるだろうからそのうち強引にくる可能性が高いと思う」
指を一本立てて説明するルクスさんに、はぁと相槌を打つが、正直自分が幻獣種だとはカケラも思っていないので気をつけるも何もないのになと思う。
そう思っていると、ルクスさんは考えるように間を空けてから表情から笑みを消した。
「……これはここだけの話にして欲しいんだけど……秘密は守れる?」
「言うなという事であれば言いませんが」
「ね?」とフェリクにも聞けば「まぁ」と答えが帰ってきた。
しばしルクスさんは見極めるようにこちらをじっと見ていたが、やがて納得したのか口を開いた。
「……龍族が番にした鳥族はね、誰一人最後がわからないんだ」
サスペンスな内容だった。
「ここ百年で三人の鳥族の幻獣種が龍族と番になったんだけど、その最後を知る人はいない。世間では子供が生まれたから勝手にどこかへ行ったんだろうと言われてるし、龍族側もある日飛び立って帰ってこないなんて言ってる。けど、十八年前、龍族の幻獣種を産んだ方が居なくなったのはおかしいんだ。少なくとも一年は必ず留まる筈なのに生まれてすぐに姿を消している」
少なくとも一年。
サスペンスな内容とは別に、この言葉には複雑な気持ちになる。
私は父と二人暮らしなのだが、母を見た事は無い。それは鳥族の習性として生まれた子を一年共同で育てた後、どちらかが継続して育てどちらかは次のパートナーを見つけるため離れるからだ。
これは前世の記憶を思い出して暫くした頃、母を見た事がない事に気づいて父に質問してわかった。
母はどうしたのか聞くと「他の奴の子供を作ってるんだろ」とこともなげに言われて、前世の記憶をどうにか整理したばかりだった私は絶句した。
その頃の私は記憶を整理する作業の影響で日本の小説にあった獣人のイメージが強かったのだ。番は生涯でただ一人、それこそ運命の相手でその相手しか愛せず浮気なんてしない、というイメージが。
だからこそ父の言葉が青天の霹靂で衝撃からなかなか抜け出せなかった。考えてみれば、自然界の鳥って毎年相手が同じなんて事がないわけだし、絶対その相手じゃないと駄目とか子孫を作るうえで邪魔でしかない。生物的な戦略としては有り得ないシステムだ。つまり私の先入観が悪かったのだが、あけすけに言う父も父だと少しばかり抗議したい。
まぁ、泣く結果しかない初恋を拗らせずに済んだと思えばトントンかとも思うが。お陰様でお一人様の道を邁進する覚悟もできたわけだし。
「ひょっとして龍族の秘密か何か見てしまって監禁されてるのかな、とか思ったりもしたんだけど……調べようにもガードが硬くて難しくてね」
長い足を組み、憂うような視線を外へと向けるルクスさん。
「だから龍族には気をつけろと。番になるなという事ですか」
ルクスさんの話を要約するとそういう事だろう。
「さすがに幻獣種をどうこうしてるとは思わないけど、鳥族が自由を奪われるのはきついだろう?」
鳥族じゃ無くても監禁は嫌だと思うが。もしかして種族によって感じ方が違ったりするのだろうか?監禁される方が嬉しいとか。……さすがにないか。ないよな?
「私が幻獣種というのは無い気がしますけど、一応龍族には近づかないようにします」
選手宣誓のように胸に手を当て片手を軽く上げて宣言すれば、ルクスさんは憂うような表情で頷いた。
「それが懸命だけど、遅かれ早かれ向こうから興味を持たれてしまうと思う。さっきは気をつけてって言ったけど、結構難しいと思うんだよね。
向こうは今男の幻獣種しかいなくて、しかも若い方が丁度高等部に通っててね。
今の時点でニーナが幻獣種じゃないって言ったところで向こうが幻獣種だから関係を迫る事は可能だし、同意が無ければ番になる事は無いけど……同意ってやり方次第じゃとれちゃうしねぇ」
やり方次第って……長閑な村育ちには恐ろしい。ヒト族でもそんな事をやるのは貴族だとか、もっと犯罪まがいのことをする危ない人達ぐらいだ。いっそ今まで通り村で暮らしていた方が良かったんじゃないだろうか。
「学校には必ず通わなきゃならないから、戻るのは無理だよ」
思った事を言い当てられて頬を押さえる。そんなにわかりやすかっただろうか。
だけどそれならどうしたものか。成換羽とやらが早く来て幻獣種じゃないとわかってもらえればいいんだけど。
「今学園には一人鳥族の幻獣種がいるから、それの家族って事にすればとりあえず直接的な手出しはされないかな」
「その必要はない。これは俺の家族だ」
ルクスさんの提案(?)に反論するように口を挟んだフェリク。
そんなはっきりと家族宣言されたのは初めてでちょっと驚く。もちろん私はフェリクの事を家族同然と考えてはいるが、向こうがどう思っているのかは聞いた事が無かった。
「残念ながら一般種だと相手にされないだろうね。それでいいなら私が立候補するよ」
「わからないのか」
フェリクは何故かルクスさんを鼻で笑うと目を閉じた。その瞬間、ふわりと柔軟剤のような優しい香りが香ったような気がした。
疑問に思っている間にフェリクが目を開けると、いつもの鈍色——ではなく、揺らめくような色合いの白金が現れ………あれ?私この目どこかで見た事があるような……
「君はもしや
隠していたとは……随分と器用な事を。私もカティスも気づかなかったよ」
驚いたと笑うルクスさん。
いやいや、目の色が変わるってそんな笑って済まされるもの?
これって魔法?ヒト族の時には魔法自体あんまり見る事がなかったからよくわからないけど変身の魔法?フェリクってそんなのも使えるの?風だけだと思ってたんだけど……
「君なら十分牽制出来るだろう。
何故か通じ合っている二人の間に手をにゅっと伸ばして会話を断ち切らせていただく。私一人ついていけてないので、確認させて欲しい。
「ちょっといいですか? 今の話の流れだとフェリクが幻獣種だと言ってるように聞こえるんですけど」
「そうだよ。知らなかったのなら戸惑うのも無理はないか。普通は隠せるようなもんじゃないし」
事も無げに肯定するルクスさんに、本当なのかと顔を向ければ、フェリクはバツの悪そうな顔をしていた。本当に幻獣種なのか……。
あ。もしかしてルクスさん達が来た時に森に入ったのは他の鳥族に幻獣種だってことを知られたく無くて逃げてた? あの時どっか行きたいとか言ってたし……でもそうだとしたら何で知られたくないのか。幻獣種って周りからは一目置かれてチヤホヤされると思うんだけど……ひょっとして、
「鳥族は幻獣種だったら何かあるんですか? 何かしなきゃいけないとか」
「いや、何も。他の一族はどうだか知らないけど鳥族は自由主義だから義務みたいなものは何一つ無いよ。まぁ好戦的な奴から好敵手だと認定されて絡まれるぐらいかな?」
それはそれで面倒そうではある。が、そのぐらいの事をフェリクが隠れようとするほど気にするとも思えない。
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