第7話

「……怒ってるか」

「え?」

「秘密にしていて」

「いや全然。何か理由があるんでしょ?」


 むしろルクスさんに知られて良かったのだろうか?そっちの方が気になるが。

 どこか引け目を感じたような顔をしながら聞いてくるフェリクに首を振れば、フェリクはほっとしたように表情を緩めた。かと思えばお前はそういう奴だよなと笑って頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜてきた。まて、鳥の巣になる。細くて絡まりやすいんだよこの髪は。両手はやめろ、やめてくれ。


「仲がいいねぇ君たち」


 にやにやというのが適当な声音がして、慌ててフェリクの手を掴んで押し留める。

 見れば本当ににやにやした顔のルクスさんがいて、じわっと顔に血が昇る感覚がした。

 二人して幼児のような事をしていると思われたのだろう。恥ずかしい。


「あ、あー、えー、そう! 話は変わるんですけどいいですか?」

「いいよ。なにかな?」


 にやにやしたまま余裕の様子で促すルクスさんを振り切るように話題を変える。


「私の父、行方不明がどうのって言われてましたけど何かやったんですか?」

「え? あ、あー………」


 それまでぺらぺらと滑らかに話していたルクスさんがいきなり口ごもった。


「もしかして聞かない方が良かったですか? あちこちで問題を起こしたとか」

「いやいや、そうじゃ……なくもないけど」


 なくもないのか。まぁあの父を考えれば何ら不思議ではないが。いろいろあって住んでいたあの家も通算十二回建て直している。年一ぐらいでやらかすので私も大工仕事に随分慣れてしまった。冬場だけは止めて欲しかったけど、父はそういう事を気にせず思ったままに動くのでしょうがない。それでもさすがに真冬にやらかしたあの時は私もブチ切れて全身全霊で父に歯向かったが、それでも父には勝てなかったしなぁ……


「ええと……あの方は私達の中でもちょっと特殊な存在でね? 動向を把握しておきたい人なんだよ。風の吹くまま気の向くまま、しょっちゅう居場所がわからなくなる常習犯で、別に悪い事をしているってわけじゃあないんだけど」

「悪い事をしてないならどうして監視するような事を?」

「あ……あー確かに。やってる事は監視だよねぇ……参ったな。あの方の事は私は何も言えないんだ」

「娘の私にもですか?」

「そうだよ。どうしても内緒にしておいた方がいい事なんだ」


 内緒。なんともあの父には似合わない言葉だ。


「……一応聞きますけど、知られると父に危険があったりするんですか?」

「危険という事ではないんだけど、面倒な事にならないようにって言う方が正しいかな?」


 面倒?

 面倒……ってなんだろう。


「父の名は他所で出さない方がいいですか?」

「名前ぐらいは……いや、うん。そうだね。出さない方がいいかな。バルダさんの名前も出さない方がいい」

「バルダさんも?」

「ハルヤートさんがバルダさんを誘って軍を抜けさせたのは有名な話だからね」

「軍!?」

「鳥族は四分の一ぐらいは軍にいるよ。他の種族より本能が強いから危険回避が上手くて伝達と物資輸送と遊撃部隊に回されるんだ。かくいう私とカティスも実は半分休暇みたいな扱いで今の役職に割り振られてるけど、本当は遊撃部隊の所属だよ。あちこちに出没する魔物を狩るのが本来の仕事」

「そうなんですか……」


 父に負けず劣らず大雑把なバルダさんが規律が厳しそうな軍に所属していたとは……驚きである。


「さて、それじゃあ試験勉強しようかな」

「試験ってさっき必要ないような事を言われてませんでした?」


 あからさまに話を変えてきたルクスさんに指摘すると、ルクスさんは人差し指をちっちっちと振った。


「それはそれ、これはこれ。試験は必須。それに基礎知識だから君たちの損にはならないと思うよ。うまくいけば在学年数も短縮出来るし」


 在学年数を短縮できるというのは願っても無い。二年程と言われても短いに越したことはない。

 父の話を続けたところで話す気がないなら大した情報は得られないだろうとさっさと切り替える事にした。


「なるほど……じゃあよろしくお願いします」

「こんなに礼儀正しい生徒がいるなんて同じ鳥族ながら涙がでるね」


 と言いながら涙一つ出ていないルクスさん。笑っているので面白がっているのだろうな。そんな様子を見ると学校に行っていない鳥族の相手が大変だと言うのもちょつと誇張されているような気がしてきた。


「フェリクもいいかな?」

「好きにしろ」


 適当に言っているように聞こえるが、興味がなければ返答が無いのでこれは聞くつもりがあるらしい。


「じゃあ日常生活から確認していこうか。質問があればその都度言ってね。お金は知ってる?」

「行商が来てましたからそれは。物々交換が基本ですけど貨幣の存在はちゃんと知ってます」

「おおえらいえらい。どんな種類があるのかはわかるかな?」


 本当に基礎から確認するのかと苦笑いが出るが、大人しくその質問に答える。


「金貨、銀貨、銅貨、銭貨です」

「それぞれの価値はわかる? 例えば、銅貨一枚が銭貨だと何枚かとか」

「銭貨十枚で銅貨一枚、銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚になります。硬貨の名はルクセン硬貨で、この獣人国の中だけで使用可能だという事も行商の方に聞きました」


 ルクスさんはぽかんと口を開けて、ぽんとその口を手で抑えた。


「驚いた。そこまで把握してるんだね。じゃあこの獣人国以外ではどうなっているか知ってる?」

「いえ、行商の方もそこまではご存知ないようでしたから。でも多分、別の貨幣があるのだろうと思いますが」


 思いますというか、あるのを知っている。むしろ今に比べてそちらの方が触れる機会が多かったから馴染み深い。辺境の村では物々交換が基本なのだ。


「うん、そうだね。この国の硬貨は他の国ではそのままでは使えない。それぞれの国で流通しているお金に変える必要があるんだけど、その場合は金から銅までその時の変換率レートで両替してもらえるんだよ。銭貨だけは対象外だけどね」

「なるほど」


 そこは前世の知識そのままなので疑問はない。


「お金に関しては問題なさそうだね。次は……獣人国の興りとかはどうかな? 何か聞いた事はある?」

「ありますが、どちらかというと昔話に近いものだと思います。子供に聞かせる寝物語のような」

「じゃあそれを聞かせてくれる?」

「昔話でいいんですか?」

「とりあえず聞いてみてからだよ」


 なるほど。とりあえずか。


「私達が聞いたのは、獣人は神獣と呼ばれる神の如き獣から分たれた種族だという昔話です」

「うん、続けて」

「神獣には四足獣族の祖と言われている金鬣獣アテロシウレス様、鱗族たちの祖と言われている黒鱗エオラウト様、鳥族たちの祖と言われている焔羽アウロニス様がおられました。

 かの神獣が姿を消した後も獣人の中に残されたその血が一族の危機に反応して現れ、魔族によって獣人達が蹂躙された時に我らを救ってくださった。その方こそがこの獣人国を建国した龍族のファランギ様で、力ある獣人幻獣種の上位、神獣種として唯一覚醒された神のような御方である。という話です」


 ちなみに幻獣種よりも強いのが神獣種と言われているだけなので、本当にファランギ様が神獣なのかは謎だ。そもそも神獣という存在がいたのかも私には疑わしく……ただ、そんな事を口にしたらさすがにまずいので黙っている。

 うんうんとルクスさんは頷いた。


「その内容で誤りはないよ。よく聞いてたね。じゃあ今は獣人国が建国してから何年かな?」

「今年で九百二十一年です」


 建国時に初めて獣暦という暦が始められたので、この辺は数えやすい。日本の場合だと幕府を開いたのが実は〇〇年で、違いましたとか後になってから教科書が改訂されたりするからややこしかった。


「統治組織はわかる?」

「七大種長会議の事ですか?」

「そうそう」

「それについてはあまり詳しくないです。龍族、獅子族、虎族、狼族、猿族、兎族、狐族の長達が集まって国の方針を決めているという事ぐらいしか」

「じゃあその辺りを話そうか」


 そうだなぁとルクスさんは視線を上にあげた。


「うちの国の最終的な意思決定が行われるのは七大種長会議なんだけど、それだけじゃ国って回らないから実行組織があるんだ。それが行政府、通称"メティス"と国防軍、通称"アイギス"」


 "メティス"と"アイギス"。

 どことなくその響きに聞き覚えがあるような懐かしいような感覚がした。


「"メティス"は法務、財務、外務、典務、総務で構成されていて、役人と言ったらここに属してる者のことを言う。"アイギス"は討伐軍と警備軍で構成されててこっちは軍人だね。どこの部署も国が指定する学校を卒業した者に門戸を開いているんだ。だから七大種長会議と聞くとその種族だけが実権を握っているように聞こえるかもしれないけど、それ以外の種族も国政に深く関わっているのが実際で、訴状も広く受け付けてるから実質種族間の調整役って言った方が正しいかな」


 何かが記憶を掠めたような気がしたが、今は話を聞くのが先かと耳を傾けていると、思っていたよりも民主的に感じた。


「力の強い方が采配していると思っていましたけど、そうでは無いんですね」

「いや種長達は強いからそうとも言えるよ。特に龍族の種長サファリス様は別格の強さでね。この体制を作り上げた人でもあるからみんな頭は上がらないかな。人格者でもあるし頭もいいからサファリス様が出てくれば大体の事は収まるって有名だね」

「なんだかさっき龍族を警戒するように言われた事とは真逆のような方ですね」

「あぁ、龍族って長命種でしょ?」

「確か三百年程でしたっけ。寿命」


 ヒト族の時にそんな話を聞いた事がある。獣人の中でも一際強くて長生きで、噂ではその血に不老長寿の力があるとかないとか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る