第8話 二人きりの事務所

京子が新しい職場にも慣れ始めた頃だった。


この日の夕方社内に残っていたのは京子と上司の原田純だけだった。


こんな日は京子が入社してから今まで一度もなかった。


原田との微妙な空気、夕方の沈黙は京子の白く長い白魚のような指が冷たく冷え切るほど緊張していた。



「今日飲みに行かない?」


「はい!行きましょう!」


原田からの急な誘いに京子は驚きながら大きな声で返事をしていた。


しかし原田の顔はキョトンとしていた。


「行きましょう?って何?笑」


「え、原田さん今、飲みに行かない?って」


「言ってないよ!笑そんなこと。」

「でも、いいよ。二人しかいないし行こっか。」と


京子は赤面していた。


完全に原田に誘われたものだと思っていたがただの聞き間違えだったのだ。


聞き間違えではあったが京子はどこか嬉しかった。


二人きりの飲み会。

会社の上司であり既婚者だ。


居酒屋に向かう途中


「これって、奥さんに飲み会行くっていいましたよね?大丈夫ですか。急でしたしご飯の準備とか。」



「大丈夫大丈夫!でも、松下さんと二人きりとは言ってない。」


「内緒にしちゃった。笑」


この人、こんな事言う人だったんだ。

この時は原田の別の顔を見れた驚き、ただそれだけだった。


居酒屋では上司と部下のよくある会社の愚痴話や、最近観た映画、趣味の話をしていた。


「俺もそうそう、うちの会社ってさ…」


「分かります!むかつきます!笑」


お酒を飲みながら話している間に二人の微妙な空気、距離感はこの頃には無くなっていた。


「いつでもなんでも聞いてよ。」

「俺、松下さんの味方だからさ。」


「ありがとうございます。」


「いつも二人で飲みに行くのは難しいかも知らないだけどシーズン飲みと題して季節ごとには二人で飲みに行こうよ。」


原田からの誘いだった。


京子は嬉しかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る