第6話 帰る湊に親はいない娘
◆◇◆
前略 親愛なる一人娘へ
お変わりありませんでしょうか。父です。
テスト、直見なりに頑張ったみたいだね。
手紙も届きました。元気なようで良かったです。
さて、一つご報告があります。
それは、年末年始にそちらへ帰れなくなってしまったことです。
仕事で大きい案件が何件か入ってしまって、対応せざるをえなくなってしまいました。言い訳にもならないね。
本当に申し訳ないです。この前、帰れそうだと報告したのにね。
飛田にも、帰れないことを伝えておいてください。
それでは、良い年末年始を。
草々
2021年12月9日
重岡宗太郎
重岡直見様
◆◇◆
(なんであんなものを、ご丁寧に送ってくるんだか)
先日送られてきた手紙の内容を見た直見は、少しショックを受けた。
(帰れないほど忙しいのなら、いっそ電話でも構わなかったのに)
直見の母は、既に交通事故で他界してしまっている。
「また会えるから」という言葉になんの意味も持たないことは、直見自身よく知っている。宗太郎も知っている、はずだ。
『間もなく終点、
(もう終点か)
直見は今日、『
中野島から南武線で登戸へ、登戸では小田急線から地下鉄千代田線に直通する準急に乗り換え、北千住で一旦下車。
北千住できっぷを購入し、特急〔ときわ〕で勝田に着いたのは10時53分だった。
ちなみに常磐線の特急列車は北千住には停まらず、
だから北千住から柏までは各駅停車で行って特急に乗り換えたのだが、直見が始発駅の
ひたちなか海浜鉄道湊線の
ひたちなか海浜鉄道という名前は2008年から運営している会社で、元は茨城交通という会社の路線だった。不採算で切り離されたらしい。
(でも、切り離された後に乗客はまた増えた。不思議なものだ)
不採算で切り離された湊線は、地元主体の「第三セクター」という方式に切り替えられ、地元ひたちなか市の手厚い支援もあって存続しているという。
列車は30分ほどで終点の阿字ヶ浦に着いた。
国営ひたち海浜公園の最寄り駅だが、最寄りといっても数キロある。
(丁度いい時間のバス、あるかな)
しかし、駅の中で写真を撮っている間に行ってしまったようで、直見はおとなしく駅構内の「鉄道神社」なるものを見ることにした。鉄道車輌がご神体となっており、その車輌は長い間無事故だったらしい。
1本後の上り列車で折り返し、
(近くの漁港にお店が並んでるって聞いたな。食べに行くか)
直見は、徒歩で15分ほどの漁港へ足を運び、そこで昼食にしようと思った。
しかし海鮮系というのはそれなりに値が張る。高校生の身分では少し高い。
(……いや、ここまで来て海鮮丼食べなかったら、多分後悔する)
直見は自分にそう言い聞かせ、一番安いのを注文した。
*****
「上り勝田行きの改札を始めまーす」
那珂湊駅から乗った列車はまた1両だったが、今度は通勤電車でよく見るロングシートだった。
勝田で乗り換え常磐線。
淡々と乗り継ぐだけで面白いのかと問われれば、直見ははっきり「面白い」という自信がある。鉄道は乗るだけでなく、景色や速度も感じられる。そんな理由から未だに旅行を続けている。
直見に言わせれば「友人関係より煩わしくない」。時刻も決まっているし、プロが動かしてくれる。
(自分が何かのプロになる気はないけど。面倒臭いし)
列車はだだっ広い関東平野を颯爽と走っていく。
(しかし、水戸に行かないのに「水戸線」ってのも変だな)
水戸線は栃木県の
『間もなく、
水戸線のワンマン列車は、岩瀬という駅に着いた。
列車の中から駅構内を見ると、意外と広い。
(広いというべきか、ホームが長いというべきか)
さすがは市の代表駅といった風情で、駅舎も堂々と佇んでいる。
(筑波鉄道の面影は見当たらないなぁ)
かつて、この岩瀬駅から常磐線の土浦駅まで、筑波鉄道という路線が走っていた――のだが1987年、国鉄の分割民営化の陰に隠れひっそりと廃止されてしまった。
直見はその痕跡を見つけようとしたが、停車時間も短かったし、どうにも見つけることができなかった。
(まあ、いいや)
ちなみに、かつてあった筑波鉄道の4・5番線がアスファルトに整備されていると直見が知るのは、家に帰り着いた後のことである。
列車は遅れることなく小山に着いた。
ふと東北本線(宇都宮線)のホームを見ると、立ち食い蕎麦屋がある。
直見は那珂湊で海鮮丼を食べてきたので、おそらく立ち寄らないだろう。
(ホームの立ち食いは別腹だ。食う)
前言撤回。
「実はこの店ね、もう閉めるんですよ」
「え、そうなんですか?」
「ええ」
日も傾いてきた時間帯の小山駅上りホームに、人はまばらだった。
「どうにもこうにも、お客が減っちゃってねぇ」
(立ち食い業界って、今は逆風なのかな)
「まあでも、今できることをやるしかないですんでね」
年配と見受けられる蕎麦屋の店主は、穏やかな口調でそう言った。
(今、できること……)
「ごちそうさまでした。容器、返します」
「はーいどうもね」
直見は、少し考えていた。
(一人旅は気楽だけど。今、私にできること……)
年末年始の予定も無くなった、今の直見にできること。
丁度、大宮方面行きの列車がやってきた。
しかし直見はそれに乗らず、携帯電話を取り出した。
通話アプリを開き、発信してみる。
由宇はすぐに出てくれた。
「あ、通津さん?」
『その声は重岡さん? どうしたのかな?』
「うん。突然ごめんね」
『構わないのだな。家にいたところだし』
「ああ、ありがとう。それで、この前言ってた、通津さんのおばあちゃんの家?まで一緒に行くことなんだけど」
『ああ、その話』
「行ってもいいよ。丁度、年末年始の予定がなくなっちゃったんだ」
『……え?』
「え?」
『いいのかな⁉ ホントのホントに⁉』
「行きたくなかったら、今頃断ってるよ」
直見は由宇の反応に苦笑しながら、「行くよ」と念を押した。
ただ、その用件の承諾には、直見なりの意図、というか狙いがあったことも事実である。
(通津さん、おばあちゃんの家、
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